秘密目標
*Thema:成田空港(帰り)
Side:リョウ
「んー……っ、あぁ、よく寝たぁ」
「顔むくんでるけど」
「え?! やだ、本当?」
指摘した瞬間、ショックを受けたように顔を引き攣らせたカナを見て、思わず口元が緩んだ。
おろおろしたって、何も解決するわけじゃないのに……本当に、普段はバカっぽいよなコイツ。
「ほら、寄越せ」
「ありがとう」
一週間分の荷物が詰まったスーツケースを、カナの分も加えて2つ引っ張ってやることは出来ないけれど、その中に入れられなかった手荷物くらいは持ってやれる。
俺が手を伸ばして促せば、カナはにこりと微笑み、持ちやすいように荷物を一つにまとめてくれた。
こういう、何気ない気遣いが好きだったりする。
カナと付き合うまでは、俺の周りにいた女は基本、荷物は持ってもらえるのが当たり前、むしろ持たせた方が男を立てられる、それに加えて自分が俺の彼女だと周りにアピール出来る……という思考の持ち主ばかりだった。
まぁ女から預かる荷物なんて大して重くないワケだし、どうでも良いと思って合わせていたけれど。
カナはそういう部分が変に謙虚で、ほっとくと俺がいても5キロの米を自分で抱きかかえて持って帰ろうとするタイプだった。
力があるわけでも、体格が良いわけでもないくせに。
当然見てるだけでも危なっかしいから、俺は気付いた段階でその危険性を排除するようにしている。
自分でも、かなりの変化だと思うんだけど。
自ら進んで、マメに「寄越せ」とか言う日が来るとは、思ってもみなかった。
「あぁ……帰ってきちゃったね。ただいま日本……」
「何落ち込んでんだよ」
「帰り道って、何でこんなに切ないんだろう」
そう言って、心底残念そうに項垂れたカナ。
コイツといると時々、本当にガキと一緒にいる気分になってくる。
まぁ、純粋って意味でなんだけど。
「あーあ、家帰りたくないなぁ。あのままハワイに住みたかった」
「なら俺とはサヨナラだな。遠恋とか無理だし」
「えー?! そこは将来一緒に住もうなってカッコ付けるところだよリョウ!」
「どこの優男だよそれ。そういうのに限って、すぐ別れんだって」
「もうー夢がないー!」
膨れるカナを無視して、ガラガラとスーツケースを引いていく。
まぁ実際は……カナみたいに落ち込む程では無いけれど、多少淋しさは感じていたりして。
調子に乗るから、本人には絶対言わねぇけど。
「ね、リョウ」
「何」
「また行こうね、海外旅行」
「……」
「今度はヨーロッパがいいかなぁ。それとも趣向を変えて、ニューヨークとか?」
さっきまでヘコんでたくせに、次の瞬間には先の旅行計画。
ホント女ってやつは、気分屋だ。
「10年パスポートかぁ……」
「……は? 何?」
「ううん。この期限が切れるまでに、リョウと何回海外行けるかなぁって」
そう言いながらカナが手を添えたバッグの中には、今回の旅行をキッカケに作ったカナのパスポートが入っている。
俺は既に持っていたんだけれど、カナは幼少の頃に一度海外旅行に行ったっきりだったから、期限が切れていたらしい。
「楽しかったなぁ……」
そう言って頬に掛かった髪を払うカナを見ながら、心の中で俺も楽しかったと呟いた。
俺にとって、カナ以上の癒しは無いワケで……この一週間は毎日カナとずっと一緒にいて、振り返れば必ず笑顔が見られた。
それは旅行前に想像していたよりも、満たされた日々で――
(……あぁ、何で年下なんだよ俺)
あと5年、いやせめて同い年だったら、もっと前に立って手を引っ張ってやれたのに。
まだ俺は学生で……社会的に自立した立場じゃ無くて。
しかも社会に出てからも家柄上、何年かは仕事に集中しなきゃいけないと言われている。
だから少なくとも、今回の旅行の様にカナの隣を独占するまでには……
……プロポーズまでには、もう何年か時間を要するのだ。
「リョウ、どうしたの? 難しい顔して」
「何でも無い」
「あ、わかった! リョウも淋しくなっちゃったんでしょ?」
「違ぇよバカじゃねーの」
「ちょっと! 酷いよリョウー!」
眉を寄せたカナにハイハイと適当に返事を返しながら、成田空港内を進んで行く。
ここを出たら、また日常が戻ってくるんだ。
俺が必死になって、既に社会に出ているカナを捕まえておかなきゃならない日常に。
「……カナ」
「なぁに?」
「次行きたいところ、考えとけよ」
「え……」
「俺も……まぁ、楽しかったし」
「……うん」
照れくさくて、前を見たままそう言えば。
カナは優しい声で、俺をからかう事なく頷いた。
海外移住しようかなんて言える程、お前を独占出来る日はまだ遠いけれど。
その日がいつか、ちゃんと来るように……俺はまた明日から、頑張ろうと思う。
fin.




