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怪人に青春は出来ない!  作者: タケノコ
第1章 生徒会臨時雑用係
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第11話 体育館の戦い

 体育館の中は、すでに地獄絵図と化していた。

 割れるガラス、ひっくり返る机、響き渡る絶叫。耳をつんざく騒音の奔流に、私は思わず足を止める。


 その混乱の中心に立つのは――黒い翼を背中に広げた異形。

 煤で汚れたように黒ずんだ皮膚。裂けた顔から覗く鋭い牙。尖った耳に、闇を射抜くように赤く光る双眸。

 まるで、人の形をしたコウモリだった。


 「な、なんだ……これは……!」


 喉が勝手に震える。頭が理解を拒む。


 怪物は甲高い咆哮を上げると、その翼を大きくはためかせ、宙を滑るように舞い上がった。机も飾り付けも、容易く爪の一振りで薙ぎ払われていく。

 逃げ惑う生徒たち。

 床に転んだ女子生徒へ鉤爪が振り下ろされ――体育館全体が、絶望に凍りついた。


 私は呆然と立ち尽くし、ただ視線を怪物に釘付けにしていた。

 その時、不意に肩を叩かれる。


 「先生!? しっかりしてください!」


 隣にいた東雲だ。いつもの飄々とした笑みは消え、真剣そのものの表情。だが、その瞳の奥に、確かに恐怖が揺れていた。


 ――当然だ。

 この状況で平静でいられる人間などいない。


 「す、すまない」


 自分でも情けないと思いながら答える。だが、震える心を叱咤し、胸の奥に言い聞かせる。


 ――私が、何とかしなくては。


 「とにかく、あの怪物を止める。東雲は警察を呼べ!」


 「は、はい!」


 東雲はすぐさま携帯を取り出し、通報を始める。その姿を横目で確認しながら、私は防犯用の刺股が置かれている場所へと走った。

 正直、どこまで役立つかは分からない。それでも、素手よりはましだ。


 刺股に手を伸ばした、その瞬間――視界の端を黒い影が横切った。


 「先生!!」


 東雲の悲痛な叫びが耳を突く。反射的に振り返った瞬間、凄まじい衝撃が全身を打ち抜いた。


 「ぐっ……!」


 何とか刺股で受け止めたものの、その鉄製の柄はぐにゃりと歪み、まともに機能を失っている。

 脇腹には焼け付くような痛み。呼吸をするたびに鋭い痛みが走り、膝が勝手に折れそうになる。


 「先生!」


 駆け寄ってくる東雲を見て、私は歯を食いしばりながら怒鳴った。


 「東雲、何をしている! 早く逃げろ!」


 だが、彼女は首を振る。その目は、怯えながらも揺るぎなかった。


 「警察は呼びました。すぐに来てくれるはずです」


 そう言って、東雲は私の体を抱き起こす。細い腕なのに、その力強さに驚かされる。


 「私はいい! だから君だけでも逃げろ!」


 「恩師を見捨てるほど、私は薄情じゃありませんので」


 彼女の言葉に、思わず胸が熱くなる。教師として、これほど報われることはない。だが――。


 「それは教師冥利に尽きる、というものだが……今はそんなことを言っている場合じゃ……!」


 言葉を続けようとした、その刹那――。

 怪物の影が覆いかぶさり、真紅の瞳と鉤爪が振り下ろされる。


 「先生っ!」


 東雲が庇おうと身を寄せた瞬間、私は咄嗟に彼女を抱きかかえ、背でその爪を受ける形になった。

 空気が裂ける音とともに、恐怖が全身を貫く。


 ――次の瞬間、衝撃は来なかった。


 「……っ!?」


 目を開けると、眼前に立ちはだかる異形の影。

 鋭い鉤爪を受け止め、コウモリの怪物と拮抗している。


 新たに現れた怪物は、人のような体躯を持ちながらも、漆黒の装甲を纏ったかのような異形だった。

 次の瞬間、低い唸り声とともに拳が振り抜かれた。

 鋼鉄を叩き割るような轟音――コウモリの怪物は悲鳴を上げ、宙を舞って壁へ叩きつけられる。

 

 「なんだお前、誰だよ!!」


 コウモリ怪人は床で呻きながら荒げた声は、怒りと恐怖の入り混じったものだった。


 「それはこっちのセリフだ。学校まで現れやがって……」


 漆黒の怪人が低く返す。その声音は妙に人間味を帯びていて、不気味さ以上に不可解だ。


 「うるさい! 俺を落とした学校なんて、無くなればいい!」


 「……あっ? お前、ここの新入生でもないのか」


 呆れたように吐き捨てると、漆黒の怪人はちらりとこちらを振り向いた。


 「先生、もっとセキュリティ対策したほうがいいよ。……で、大丈夫?」


 小言を漏らしながらも、心配そうに声をかけてくる。

 だが――なぜだ。この声、どこかで……。


 「まあ、いいや。会長、動けるなら先生連れてサッサと退避して」


 「えっ!?」


 不意に話しかけられた東雲は、素っ頓狂な声をあげる。


 「ほら、早く!」


 「は、はい!」


 彼女は慌てて私を支え、出口へ向かおうとする。


 「……あの黒い奴は、君の知り合いなのか?」


 「そんなわけないでしょう!?」


 だが、漆黒の怪人は何処か私達を知っているような雰囲気だった。

 それにあの声ーーあと少しで思い出せそうな気がするのだが...


 するとコウモリ怪人は、床に血を垂らしながらも立ち上がった。

 その胸が大きく上下し、荒い呼吸の合間に低いうなり声が漏れる。


 「てめぇ……邪魔するなぁぁぁ!!」


 怒号とともに大きく翼を広げ、音速めいた風を巻き起こす。

 その風圧だけで、残っていた机や椅子が次々と吹き飛んでいった。


 「ったく……」


 漆黒の怪人は吐き捨てるように呟いた。

 その声には苛立ちが滲んでいる。


 「さっきの奴らといい、次はコウモリかよ……。ほんとツイてない」


 不満をぶつぶつと零しながらも、拳を構える。

 その動きは鈍るどころか、逆に研ぎ澄まされている。


 「……鬱憤晴らしにはちょうどいいかもな!」


 叫ぶと同時に、姿が消えた。

 次の瞬間、耳を裂く衝撃音。

 コウモリ怪人の腹部に拳がめり込み、その巨体が再び吹き飛ぶ。


 「がっ、はぁぁぁぁっ!!」


 壁を砕いて転がるコウモリ怪人。血飛沫が床を汚す。

 だが、すぐに立ち上がり、怒りに任せて鉤爪を振るった。


 「死ねぇぇぇ!!」


 東雲は思わず悲鳴を上げ、私を抱き寄せる。だが漆黒の怪人は動じない。

 片腕で爪を受け止めると、逆の拳で顎を跳ね上げた。


 「うるせぇんだよ、コウモリ野郎!」


 殴り飛ばされた衝撃で、コウモリ怪人の赤い眼が一瞬泳ぐ。

 だが、すぐに立ち上がろうとしたその時――


 「――これで終わりだ!」


 コウモリ怪人が再び翼を広げて跳び上がろうとした瞬間、拳が正確に顔面を捉える。

 衝撃で怪人の翼が軋み、床に崩れ落ちる。次の瞬間にはコウモリ怪人は黒い灰となって崩れていた。


 漆黒の怪人は深く息を吐き、ゆっくりと拳を下ろす。

 汗と血が混じった顔には疲労と安堵が入り混じっているようには見えた。

 その怪人は黒い灰の中から何かを拾い上げると”カシッ”と言う音とともに握りつぶした。


 静まり返った体育館。

 だが耳を澄ますと、遠くからサイレンの音が近づいてくるのが分かる。


 「……警察」


 東雲が小さく呟き、私を支える腕に力を込めた。

 怪人は振り返ることなく、ただ小さく息を吐くと、闇の中へ姿を消していった。


 こうして、惨劇の夜はひとまず終わりを告げたのだった。

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