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第80話 幕間:【鳳姫】の激動人生<仙界編・陸>

◇◆◇ 長生界 長生樹派 丹極(たんきょく)鳳姫(ほうき) 麻(ま)夢蝶(むちょう)/無聴(むちょう) ◇◆◇


「――それじゃあ、師妹。今日はお疲れ様」


「……(カチン)」


 カチンと音を立て、玉藻師姉の持つ酒杯とわたくしの持つ湯呑が軽くぶつかります。


 その後、面倒事を避けるために急いで宿へ戻ったわたくしと師姉は、とりあえず予選通過おめでとうと言うことで、軽く祝杯を挙げていました。といっても師姉は般若湯(お酒)ですが、わたくしはお茶です。

 もちろん、ただのお酒やお茶ではなく、今日使った魂力を回復させるための【霊酒】と【霊茶】を飲んでいます。


「それにしても……流石は術錬師組合主催の【術錬大会】ね。魂力第七位階はごろごろいるし、第八位階も三人いたわね」


「……(ポクポク)」


 いつも通り木魚を二回打ち、同時に首を縦に振ることで師姉への同意を示します。


 赤光宗の【赤幻陣師】、蒼涯宗の【蒼霊酒工】、四方門の【鬼奇棋士】。

 この三人こそ、今大会の参加者の中でも頭一つ抜けた実力を誇る、魂力第八位階の術錬師です。霊石精錬の課題では手加減していたようですが、それでも上位十位以内に入っています。


 さらに明日の錬丹術の決勝では百合丹宗が誇る二花、【百丹双玉】の『林姉妹』も侮れません。

 というのも、この二人は魂力こそ第七位階に留まるものの、錬丹術で名高い丹道門派・百合丹宗が誇る、次代の丹道宗師なのです。

 ……ちなみにですが、この『林姉妹』は血のつながった姉妹などではなく、女性のみの門派である百合丹宗では、同じ女性を伴侶として姉や妹と呼び合っているのだそうです。


 そして、もちろんほかにも侮れない実力を持つ者は多く、その全員が将来を嘱望される若者たちでした。

 ……もちろん若者と言っても、その大半は四十代後半から五十歳ですが、それはもともとわたくしたちが若すぎるだけの話です。ポクポク。


「――それに流石と言えば清桜もだわ。まさか師妹はともかく、他の人に負けるなんて……【仙樹錬姫】の号は伊達じゃないってことかしらね」


 師姉はそう独り言ちてから、酒杯をあおります。

 確かに幽清桜……清桜もまだまだ余裕があるようでしたが、それはわたくしや師姉も同じことです。わたくしたちは個々の【錬成手法】を使わず、【基礎錬成手法】のみで霊石を精錬したのですから。


「……(ポクポク)!」


「ふふっ、わかっているわ。でもね師妹、わたしもたまたま見えちゃったんだけど、あの清桜も【基礎錬成手法】で精錬してたのよ……。あと、それ以上にね。多分、清桜はまだまだ力を隠してると思うの」


 そう語る師姉は、三度酒杯を傾けて中身を空にしました。

 その眼にはどこか諦観めいた色が浮かんでいました。


「……(ポク……ポク……)」


 今の師姉は二十五歳。対してわたくしと清桜は十五歳。

 全員が武道境地で合体境にあり、魂力位階では第七位階にあります。


 わたくしや清桜と比べれば見劣りするように思えるかもしれませんが、師姉も金蝉寺の直伝弟子の中で五本の指に入るほどの天才です。


「……」


 しかし、そんな師姉でさえ、清桜に対しては説明できないほどの壁を感じている……これは本当の意味でもわたくしの『らいばる』足りえる存在なのかもしれません。


 ますます明日が楽しみになりました。



◇◆◇



 清桜がわたくしの『らいばる』になりえるという期待に胸を躍らせた夜が明け、今日は錬丹術の部の決勝戦です。

 昨日の【霊茶】と師姉から頂いた【霊香蝋】、なにより質の良い睡眠のおかげで、消耗した魂力も完全に回復しました。

 それでは今日も張り切っていきましょう! ポクポク!


「――皆様大変お待たせ致しました! これより【無窮星域・術錬大会】錬丹術の部、決勝戦を行います!」


「オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 ――うるさい。

 うーん……確かにわたくしも気合は入っていますが、流石にこれはうるさいですね。


 用意された観客席では、埋め尽くさんばかりの観客たちが歓声ならぬ奇声を上げています。

 その多くは人族の姿をしていますが、大まかな気質を見るに人族に変化した樹妖族や獣妖族が多いように感じられます。見た目でいろんな種族がいると感じ取れないのがもったいないほどです。


「――静粛に、静粛に。皆さま静粛に願います!」


 昨日と同じ司会進行役が何度も呼びかけ、観客はようやく静けさを取り戻しました。苦労しているようですが、そもそもこの熱狂を煽った張本人でもあるため、自業自得と言えるでしょう。


 しかしこの熱狂を生み出した真の要因は、昨日行われた錬丹術予選が大いに盛り上がったことにあります。


 今大会最初の課題『霊石精錬』が終わり、脱落者たちが退場すると、舞台は錬丹術の第二回戦へと移りました。

 そこで行われた課題は、魂力第七位階の幻術が掛けられた箱に入れられた100粒の丹薬の中から、第六位階丹薬・【紫気(しき)魂念丹(こんねんたん)】(第四十二話 初出)を探し出すというものです。


 【紫気魂念丹】とは、魂力を回復させるとともに魂力自体を成長させる効果も持つ丹薬で、魂力第六位階に達しているような術錬師であれば、誰もが一度は見たことのあるような、広く知られた代物です。

 わたくしであれば【太古天眼】で、師姉であれば【天香金狐】としての鋭い嗅覚で見つけられます。俗界にいる慶雲お兄さまも、以前それを食べているところを見たことがあります。おそらくあの龍の眼であれば、今の魂力位階でも見つけられたことでしょう。

 しかし、この課題によって第六位階以下の術錬師は、そのほとんどが脱落することとなりました。


 そしてその次。

 予選第三回戦は事実上の準決勝となり、第二回戦を突破した四十六名が決勝戦の残り十枠を巡って競うことになりました。


 その課題とは、第七位階丹薬・【太乙玄丹】の錬丹。

 場に残った術錬師のほとんどは第七位階に達しており、その彼らが第七位階丹薬を錬成するとなれば、繰り出される錬成手法も並の武功よりよほど派手なものになります。


 見るも鮮やかな錬成手法の数々と、その成果を競い合う術錬師たちの大熱戦。

 これこそが今日の観客たちの熱狂の理由でした。


 ……余談ですし、今更なのですが、丹薬の位階というのは丹薬を作成する際に必要とされる魂力や素材に対応して与えられるものです。

 俗界でも一応知られている基準のはずですが、入手できる素材の関係上、第三位階の丹薬よりも第一位階の丹薬の方が希少になるという事例もあり、あまり重視されていない基準だとも聞いています。

 特に位階の低い丹薬では、魂力を用いない錬丹方法もあるらしく、そこらへんも影響して……まあ画一的な基準を作るのは難しいものですね。ポクポク。


「――それでは決勝戦の課題を発表いたします!」 


 ――おっと、そろそろ始まりますね。この課題の内容こそが勝負の分かれ目です。

 とはいえ、予選第三回戦、つまり準決勝の課題が第七位階丹薬の錬成だった以上、決勝では第八位階丹薬の錬成が課されるに違いありません。

 未だ第七位階術錬師のわたくしですが、一応いくつかの第八位階丹薬を錬成した経験はあります。勿論、すべての第八位階丹薬を作れるわけではありませんので、わたくしと相性の良い丹薬が課題となってくれればなんとか……と言ったところでしょうね。ポクポク。


「決勝戦の課題は『自由課題』! 各々の持てる天賦・神通・魂力・錬成手法の限りを尽くして、最高位階かつ最高品質の丹薬を錬成していただきます!」


「「「オォ……!!」」」


 静かになったはずの観客席からは、重なり合うようにどよめきの声が聞こえてきます。


 うーん……『自由課題』などと言ってはいますが、例の三人の第八位階術錬師がいる以上、優勝争いに食い込むには第八位階丹薬が最低条件でしょう。

 まあ、相性の悪い丹薬が課題とされて手も足も出ないよりはよっぽどましな条件ではあります。全員が正々堂々の正面突破ということですからね。ポクポク!


「皆様の錬丹機会はそれぞれ三回で、時間制限は三時間! 三回の錬丹機会をすべて失敗した方、および時間制限を過ぎても完成品の提出が無い方につきましては、その時点で失格となりますのでくれぐれもお気を付けください!」


 ……はい、これも標準的な条件です。わたくしも宗派内で行われる錬丹大会には何度か参加していますので、こういった基本条件にはもう慣れっこです。


「この課題における錬丹素材につきましては、今大会のため術錬師組合が用意した物をお使いいただくか、あるいは個々人で持ち込まれた素材をお使いいただいてもかまいません! ――皆さま舞台の中央をご覧ください!」


「「「オオオオオ……ッ!!!」」」


 司会進行役の声に合わせるように、どこからともなく大量の錬丹素材が現れました。

 その素材の種類、量、希少性、そのどれをとっても並大抵の門派では集めることすら難しく、流石は術錬師組合と思わざるを得ません。

 今回は観客のみならず、舞台上に立つ出場者たちの間からも歓声が漏れ出ています。もちろんわたくしは黙ったままですが……。


「……(ポクポク)」


 ――いえ、そんなことよりも大事なことがありますね。

 つまりこの決勝では、第八位階丹薬に使うような希少素材を術錬師組合が負担してくれる上で、わたくしは自身の限界へと挑めるということでしょう。

 それはなんとも心躍るお話ですね。ポクポク。



◇◆◇



「――用意した素材は『霊石精錬』の試練の順位に従って先にお取りいただき、その後錬丹術予選を勝ち抜いた方々にお取りいただきます!」


 …………。

 ……あ、わたくしからということですね。見たことも無い錬丹素材に目を奪われて、また話を聞き流すところでした。


 しかし少し見ただけでも【千鳥紅蓮草】に【千紫万紅苔】、【八荒仙鯉】の内丹など、わたくしが得意とする熱陽系の丹薬の素材も事欠きませんね。

 優勝を狙えるような第八位階丹薬……何を作れば良いのでしょうか?


「すべての方にお選びいただきましたところで決勝の開始とさせていただきます! それでは『霊石精錬』第一位、金蝉寺所属【丹極鳳姫】無聴様。素材をお選びください!」


「……」


 うーん、先程わたくしが名を挙げた素材の他にも、【龍蛇焚炎角】や【赤座龍鯨血】、さらに【天玄陽金粉】まであります。

 となれば第八位階丹薬・【八龍至陽丹】が最も良いかもしれません。

 他の方も待っていることですし、さっさと選ばせていただきましょう。


「……(パンッ)!」


 あちこちから興味深げな視線を向けられていますが、わたくしは気にすることなく一つ柏手を打ちます。

 すると音と共に【虚空之力】を発動し、次の瞬間には錬丹素材が目の前にありました。


「…………」


「「「…………」」」


 ……おや、司会進行も観客たちも黙ったままですね。そんなに驚くことですか?


「……はっ!? つ、次に『霊石精錬』第二位、長生樹派所属【仙樹錬姫】幽清桜様。素材をお選びくだ――」


 ――パチンッ!


「――さい!」


 あれ? 今、司会の言葉が終わらぬうちに『パチンッ』と聞こえてきたような……?


 音の方に振り向くと、そこには既に素材を選び終えた清桜がいます。

 あの弾けるような音と残っている火花からして、またあの【化雷霊身】で移動したのでしょう。ふわふわとした雰囲気の人なのに、相変わらず素早いです。


「――えー、次に『霊石精錬』第三位、金蝉寺所属【天香金狐】玉藻様。素材をお選びください!」


「まったく……師妹も清桜もはしゃぎすぎよ」


 師姉はやれやれとでも言いたげに首を振り、ごく普通に魂力を操って素材を集めました。

 ふと気づくと、各宗派の年長者たちもわたくしと清桜のことをどこか生暖かい視線で見ています。


 ……確かに普通に魂力で集めればよかったのです。わたくしはなぜわざわざ【虚空之力】を使ったのでしょう?

 これでは、ちゃんとした道があるのに、わざわざ木の上を走るようなものです。血気盛んな若者らしい振る舞いと言えるでしょう。

 なんともお恥ずかしい……師姉に『はしゃぎすぎ』と言われるのもごもっともでした。


「~~様。素材をお選びください!」


 ――おっと、そうこうしている間にもう二十人目です。

 いつまでも恥ずかしがっているわけにはいきません。そろそろ始まりますね。


「それでは……始め!」


「……(ポクポク)!」



◇◆◇



 ついに始まった【無窮星域・術錬大会】錬丹の部、決勝戦。

 二十名の術錬師たちが各々の【錬成手法】を繰り出す中、まず初めに観客の目を引いたのは清桜の動きでした。


「♪~~♪~~♪」


 以前見た、肩に載せて弾く馬頭琴もどき(?)をそのまま大きくしたような楽器を取り出し、それを楽しそうに奏でています。

 楽器は清桜の身の丈を超えるほど大きく、今回は弦を鳴らす弓を使わず、右手で直接弦を弾いているようです。


「――あら、素敵な音ね。清桜。でもわたしは前の楽器も好きだったのだけれど、今回は聴かせてくれないのかしら?」


 周囲の様子を窺うためか、まだ材料の精錬も始めていなかった玉藻師姉が楽しそうに清桜に話しかけます。

 前の楽器も今の楽器も、どちらも美しい音には変わりないのですが、しかし今回の音は前の音よりもだいぶ低くて、旋律がお腹に響くような感じがしています。

 ……この美しい音色の前に馬頭琴もどきと呼び続けるのはあまりにも失礼ですね。そろそろ何という楽器なのか名前を知りたいところです。


「んふふ~、ぎょくちゃんに褒められるとテレちゃうわね。……そうね、前の楽器は『ヴァイオリン』で、今回のこれは『コントラバス』。どっちもきれいでしょ~?」


 『ばいおりん』と『こんとらばす』、ですか?

 寡聞にして知りませんが、どうにも語感が慶雲お兄さまから聞く外来語に似ている気がします。


「……まあ今弾いてるのは『ジャズ』だから、『ウッドベース』って呼んでもいいのだけどね~」


 ……もしかしたら清桜も転生者なのかもしれません。

 わたくしや慶雲お兄さまがそうであるように、この諸天万界では転生者など珍しくもありませんから。


「♪~♪~~♪~~~」


 ところで結局、なんのために楽器を奏でているのでしょう?

 力の入りようからして、そろそろ『くらいまっくす』に入ってきているようですが、その意図は杳として知れません。


「♪~~~♪~~~♪~~♪! ――♪!」


「――えっ!?」


「――ッ!?」


 なんということでしょう。

 奏でられていた曲が終わると同時に、清桜の選んだ錬丹素材が急に輝き始めました。


 生物に由来する素材は恐ろしいほどの活力を放ち、鉱物系の素材もまた、丁寧に磨かれた瑠璃のごとく、目が眩むほどの光を放っています。

 まるで自ら清桜に使われることを望むような、自らの身を捧げることこそが最大の喜びであるような、そんな輝き方です。


「んふふ~。わたしは【仙樹錬姫】の幽清桜でもあるし、【神韻楽姫】の幽清桜でもあるの。そして天賦の一つは【天材之姫】。すべての天材地宝はわたしに力を貸してくれるのよ~」


「「「――ッ!?」」」


「……(ポクポク)!」


 ……素晴らしい。本当に素晴らしい才能です。

 この場にいる全員が悟りました。素材選びの段階で、清桜がわたくしたちに大きな差をつけたのだと。

 もちろん、清桜の手札がこれで終わりなわけもないですし、その伏せられた札次第では、例え第八位階術錬師であっても安穏とはしていられません。


「――ふふっ、いいわね! 流石は清桜だわ! 神通展開・【天狐妖火】! 神通展開・【転輪仏火蓮】!」


 ――おっと、ここでとうとう師姉も錬丹を始めました。しかも神通を二つも展開させるということは、わたくしも滅多に見れない師姉の本気というわけですね。


 【天狐妖火】とは師姉の【天狐神脈】に宿る【血脈神通】。

 そして【転輪仏火蓮】の方は師姉が生まれ持った【蓮華仏骨】に宿る【道骨神通】です。


 どちらも火系の【神通】だからでしょうか。ただでさえ操作が難しいはずの【神通】を同時に扱えるほど相性が良いらしく、さらに激しく燃え盛る赤紫の妖火が師姉の金色の毛並みに映えて、とても幻想的でかっこいいのです。モフモフ!


「【狐焔創操舞】、開!」


 さらにこの【狐焔創操舞】こそが、師姉の一族に伝わる【独門錬成手法】であり、【天狐妖火】の御火訣です。


 人差し指と小指を立て、中指と薬指の腹を親指の腹に合わせて狐の形を作る、独特の手印。

 そしてそれを保ったまま艶やかに舞うこの錬成手法は、先ほどの幻想的なかっこよさとは対照的で、とても艶めかしいのにとてもかわいいのです。

 ……『きつねだんす』? ちょっと何を言っているのかわかりませんね。


「――あら~、たまちゃんもとってもかわいいわ。やっぱり私も出し惜しみはだめよねぇ」


 師姉の動きに見惚れていると、またしても横の方から清桜の声が聞こえてきます。

 ……というか、そろそろわたくしも集中した方が良いはずなのですが、見たことも無い【神通】や【錬成手法】を見せられると、どうしても気がそぞろになってしまいます。ポクポク。


「ん~~、ほいっ!」


 えーっと、なんでしょうこれは? 何と表現すればよいのでしょうか?


 清桜が取り出したそれの外見だけを述べるのなら、奇怪な形をした木の枝と、その枝の洞で燃え盛る桜色の炎です。

 しかしそれだけならばわたくしや師姉と同じように、ただ隠していた特殊な火を出しただけにも思えるのですが、なぜかその桜色の炎からは【宝器】の気配が……もっというと【鼎】の気配がします。

 わたくしの感覚としては【炎】と【鼎】が融合している……と言ったらいいのでしょうか?


「か、【霞映満天(かえいまんてん)】……ッ!?」


 振り返れば師姉ではない他の女性の人が悲鳴のような声を上げていました。師姉はもうすでに錬丹に集中していますからね。

 えー、ところであれは誰でしたっけ? ……まあどこかの誰かです。


「んふふっ、ざーんねん。【霞映満天】は【長生樹派】の直系に伝わる頂点霊宝よ。私が持てるわけがないでしょ~?」


 ふむ、【霞映満天】は【長生樹派】の頂点霊宝、と。

 ……ところでさっきの人は何処に行ったのでしょう? 名前を教えてくださったのは助かりましたが、どうせならその【霞映満天】なる霊宝についても説明してくれればよかったのに……。ポクポク。


「わたしのこれは【桜花満天】。【霞映満天】の模造品で玄級下品の霊宝。もちろん本物よりは劣るけれど、【炎】と【鼎】が融合しているところなんかは一緒なのよ~?」


 あ、わたくしの最初の感覚は間違っていなかったようですね。それは良かったです。

 ……それにしても玄級下品の【宝鼎】ですか。わたくしと師姉が使う【宝鼎】は宗門内の錬丹大会で得た賞品で、霊宝としての格は黄級中品の代物です。

 なのであの【桜花満天】という鼎には到底及ばないのですが、とはいえそれほどの高位の霊宝となると、いかに清桜であっても完全に扱えるとは思いません。


 つまり、【桜花満天】が持つ【炎】と【鼎】の格を考慮しても、わたくしの【鳳凰真火】には及ばないということです。これなら、順当にいけば清桜に勝つことも難しくはないはずです。

 さて、それではそろそろ集中して錬丹を――


「ん~、むーちゃんに勝つためにはもう少し足りないかしら~。んふふっ、せっかくの機会だものね。――それじゃあおまけに神通展開!」


 ――え?


「【仙祝領域】!」


 舞台上に声が響くと同時に、何とも言えない圧迫感がわたくしたちを襲いました。

 清桜を中心に奇妙な空間が形成され、その中では、それまで大人しかった【桜花満天】の炎が今を盛りとばかりに燃え盛っています。

 それはまるですべての制約から脱してしまったかのような……そういえば元々輝いていた錬丹素材もそうです。先ほどよりも、さらに激しく活力と輝きを放ち続けています。

 いったい何ごとでしょうか……?


「……」


 あれ? そういえば清桜は先ほど【仙祝領域】と言いましたか?

 確か【仙祝領域】は【道骨神通】の一つで、その神通が宿る道骨の名は【仙霊祝骨】。

 確かわたくしの【涅槃道骨】と並ぶ、十大至尊道骨の一つで……っ!?


「――ッ!」


 ひやりとしたものが背筋を滑り落ちます。

 今わたくしの目の前には、真の意味でわたくしに匹敵する天才がいるのです。


 わたくしが生まれ落ちた俗界は元より、仙界の宗門である金蝉寺であってもわたくしに匹敵するほどの才の持ち主はいませんでした。

 例えば金蝉寺で五本の指に入るほどの天才である師姉であっても、【降魔真言】で天賦の一部を封じられたわたくしと多少は比べられる程度で、到底及びません。


 だからこそこの【術錬大会】でも同じでした。

 【桜花満天】は確かにすごかったですし、【鼎】では自身の方が劣っていたと思いますが、それでも【鳳凰真火】さえあれば逆転するのは難しくないと思っていました。

 さらに清桜が『こんとらばす』の音律とともに見せた【天賦・天材之姫】は確かにすごかったですが、こと錬丹術においてはわたくしの【天賦・神丹化身】の方が勝ると思っていました。


「……」


 しかし【仙祝領域】が発動した今、わたくしの優位はことごとくが消し飛んでしまいました。

 その名の通り、仙気に祝福された領域を作り出すこの神通は、領域内に限り、霊宝に限界を超えた性能を発揮させ、自身には身に余るほどの力を制御する術を授けます。


「……(ポク……ポク……)」


 これに勝つにはわたくしの【涅槃道骨】に宿る【道骨神通】、【涅槃法身】を発動させるほかありません。


 ただし、わたくしの【血脈神通】である【鳳凰真火】と【涅槃法身】は、別に相性がいい【神通】というわけではありません。同時に展開すれば恐ろしいことになってしまいますので、仮に展開するとしても【涅槃法身】のごく一部に留める必要があります。


 つまり、三面六臂の【涅槃法身】の三対の腕だけを展開し、その手に錬成手印を組ませて、錬丹術の『凝結段階』の速度で上回ろうという魂胆です。


 他にも【神鳳霊体】で【鳳凰真火】の限界を超えて――

 他にも【法術・金剛界曼荼羅】で【仙祝領域】に影響されない自身の領域を作って――


「…………」


 ああ、ああ、やはりわたくしは魔の系譜。

 強い方、同格の方との競い合いは楽しすぎますね。なかなか終わらせたくありませんが、仕方ありません。


「……(ポクポク)!」


 【天賦・神鳳霊体】!

 【天賦・神丹化身】!

 【規則・火極之力】!

 【法術・金剛界曼荼羅】! 


 神通展開・【鳳凰真火】!

 神通展開・【涅槃法身】!


 【神鳳錬天造化訣】! 開!



◇◆◇



「「――かんぱ~い!!」」


「……(カチン、カチン)」


 いつまでも続けたかった錬(・)丹(・)術(・)の決勝はとうに終わり、今は錬(・)器(・)術(・)の決勝を終えた夜。

 つまり今回の【術錬大会】は先ほど終わりを迎えました。


「も~、むーちゃんこっち向いて! いつまでも暗くちゃだめよ!」


 結局あの後は、錬丹術の分野でわたくしが優勝し、錬器術の分野では清桜が優勝しました。つまりは一勝一敗です。


 どちらの分野でも主席と次席をわたくしと清桜で独占したわけですが、錬器術で清桜に敗れたわたくしは、強い衝撃を受けていました。同世代に敗北を喫したのは、生まれて初めてのことです。

 確かに錬器術は清桜の方が有利でしたが、まさかわたくしが負けるなんて……『しょっく』です。


「はい! むーちゃんもう一回叩いて! さあ早く!」


「……(ドン! パン! ドン! パン!)」


「もっと! もっとはげしく! 思いの丈を吐き出すのよ!」


「……(ドドム! ドドム! タタタタタタタタタッ! ドン! シャーンッ!)」


「そう! 素晴らしいわ!」


「……(タタンッ)」


 えー、当然ですが今わたくしが叩いているのは木魚ではありません。


 どうやらわたくしが木魚を叩く度に、音の表現が乏しいことを気にしていたらしい清桜。

 実に【神韻楽姫】らしい意見ですが、清桜はただ気にするだけではとどまらず、木魚の代わりにとわざわざ送ってくれたのが、今わたくしが叩いている楽器です。


 音の異なる複数の太鼓と金属板で構成されたこの楽器は、『どらむせっと』というそうです。

 ちなみにそれぞれの太鼓には名前があるらしく、清桜は『ばすどらむ』とか『すねあどらむ』とか『たむ』とか色々と説明してくれました。……まあ音が派手すぎて『弁財界』では使うことは無いでしょうが……頑張って覚えますよ。ええ。


「――ん~、せっかく女の子が集まったんだし、恋愛のお話とかもしてみたかったんだけど……。たまちゃんもむーちゃんも道侶はいないのよね?」


 ようやく落ち着いたらしい清桜は、まったりとお茶をすすりながら問いかけてきました。

 このお茶は【万古長生樹】の葉を発酵させて作られた【霊茶】で、その銘をそのまま『万古長生』というのだそうです。効能もさることながら、味も絶品で、これまで飲んできたお茶のことを忘れてしまいそうなほどです。

 今回のこれは清桜が用意してくれたものですが、大会の副賞としてもいただきましたので、宗門に帰ってからも楽しめます。……師姉に取られないように仕舞っておかなければいけませんが。


「まあそうね。金蝉寺は仏門だもの。結婚が禁じられているわけではないけれど、あまり推奨されているものでもないわ。……特にわたしたちのような若者はね」


「……(ドン! パン!)」


 いつも通り師姉が応えて、わたくしも木魚を……いえ、『すねあどらむ』を叩きながら頷きます。使わないと清桜が拗ねてしまいますからね。

 それにそういう結婚みたいな話はわたくしたちより――


「むしろ清桜、あなたの方こそ縁談が絶えないのではなくて? わたしたちは宗門だけれど、あなたは一族の姫なんだから」


 ――うん、そうですよね。


「ん~、わたしはね。そういう縁談みたいなのには興味がないの。わたしの運命の人は決まっているもの!」


「え? あ、そ、そう……」


 そう語る清桜の瞳は、いつになく輝いていました。その瞳に映る相手を誰よりも大事にしていることが、ひしひしと伝わってきます。なにやら師姉が引いているような気がしますが、わたくしとしては清桜に賛成です。

 そう、運命の人は決まっているのです。ポクポクポク。


「……(ドドム!)?」


「あら、むーちゃんも気になるかしら? んふふ~、わたしの『しーくん』はね、最高の音を出す人よ♪」


 『しーくん』?


「こっちに来た時に離れ離れになっちゃったけど……でもわたしは諦めないわ。だって運命の人だもんね~」


「……ッ!!!」


 ……もはや言葉は必要ありません。いばらの道を行くわたくしたちは同志です。

 わたくしは清桜を強く抱きしめ、心の中で誓いを立てました。


 必ずや慶雲お兄さまと添い遂げて見せると!



◇◆◇



「……え、これはどういう状況?」


 師姉の戸惑う声が聞こえますが、そんなことでわたくしたちの紐帯が切れることはありません。


「……」


 ……ゆさっ、たゆんたゆん。

 あ、すみません。少し離れますね。


「~~~?」


 いえ、他意はありませんよ。ただ抱きしめたら顔が埋もれて息苦しくなってきただけです。『完全敗北』とも思っていませんよ。


「~~。~~?」


 いえ、本当に他意はありませんってば。

 憎しみの籠った目で胸を睨まないでと言われても……何のことだかわかりませんね?


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