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第51話 【断魄萬毒経】と困ったときのシショウペディア

◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 天魔仙跡:白蛇(はくじゃ)原始樹海(げんしじゅかい) 第六公子 白眉剣龍(はくびけんりゅう) 日月慶雲(じつげつけいうん) ◇◆◇



 瑞麟(ずいりん)の【宝鑑(ほうかん)天瞳(てんどう)】の光の道は湖の深層へと向かって進み、おおよそ十分ほどで消えて見えなくなった。

 その後すぐに腕輪へと戻った瑞麟の行動から推察するに一時的に力が枯渇したのだろう。いくら神獣とは言っても、未だ生まれて四年ほどであり、しかも今回のように神通や天賦を連続して使うのはおそらく初めてのことだと思われる。力尽きたとしても致し方ない。


 しかし問題はそれからである。


「それで童よ。どうするのじゃ? この湖……【万重(ばんじゅう)轟毒湖(ごうどくこ)】じゃったか? ここの陰気と邪気は払われたとはいえ、『重水』と毒性まで消え去ったわけでは無いぞ。今の其方では『最下層』はおろか、中で霊物に襲われる可能性を思えば『下層』すら難しかろう。千毒が『千重水』の圧力でもって体内に入るとなれば、【千毒不侵】すら完璧とは言えまい?」


「そうよな……せっかく瑞麟が頑張ってくれたのだ。あの白い蛇を追いたいのは山々であるが、そこが問題よ」


 【乾坤(けんこん)鎮域(ちんいき)】の能力は、一定領域の天地を鎮め災厄を抑制することにある。

 しかしこの場合の『鎮める』という作用は、いわゆる『浄化』という現象とは少し違った意味を持つ。


 例えば今回の場合、行われたのが『浄化』であれば悪しきものとされる毒はすべて消え去り、この湖は唯の『重水』の霊湖となっていたことだろう。

 しかし【乾坤鎮域】は『生命』に対する『死気』を邪として払う麒麟の独門神通。ゆえに、毒物にとって生命の一部とも言える毒性は排除されず、当然『重水』にも変化がないままなのである。

 つまり、本座の侵入が困難であるという点は何も変わっていない。


「だが師匠には悪いが諦めるという選択はない。光の道は湖の底へと通じていたし、念のため湖の淵を一周してみたが、他に繋がっているような場所はなかった。すなわちあの白蛇の巣穴は湖の中だ」


「ホホホッ、まあそうじゃろうな。中に横穴でもあるのじゃろう」


 師匠の眼からさえ逃れる蛇が当然凡物であるはずがないし、先の採取捕獲ツアー中、この仙跡中をあちこち探しまわっても見つからなかった蛇の霊物を、本座が諦めるわけもない。

 しかし、暗にこの湖には長く滞在すると言ってみても、先ほどとは打って変わって師匠の反応に特に反対の気配はなかった。

 念のため、一応師匠には悪いとは言ってみたものの、実際のところ、既に邪気が払われたこの場所への拒否感はそれほど強くないのだろう。


「とはいえ本座もそこまで無謀ではないぞ? そもそも巣穴が水中にあるということも仮定の話であるし、仮にあったとしてもどの程度の深さにあるのかも分からぬ。いきなり山勘で潜るつもりもなければ、おそらく耐えられるという希望的観測で潜るつもりもない。最悪湖の中で戦うことにもなりかねぬゆえな」


「……」


 本座が『流石に『重水』という特殊な水の中で戦うことは避けたい』という思いを滲ませながら言うと、師匠は急に気まずげな顔をして押し黙まった。

 ……もしかしてノリと勢いで湖に飛び込むとでも思われていたのだろうか?


「――故に新たに毒功を身につけ、まずは【萬毒不侵】の境地に至ること、加えてここの『重水』で【覇体恒星身】を十二成まで上げることを目的としようと思うのだがどうであろうか?」


 残念ながら師匠の期待(?)を裏切ることになるが、本座の出した結論は堅実そのもの。

 急がば回れ……いや、ここでは『欲速則不達』か? とにかく一歩一歩段階を踏んで、境地を踏みしだいて上へと昇る所存である。

 

「……そうじゃの。それが良かろう」


 本座が話しかけたことでやっと会話へと意識を戻した師匠。

 本座が堅実に進むことがそこまで意外だったのだろうか? だとしたら遺憾の意を表する他ない。……例えこれまでの本座の無茶な行動(教官八十人抜きや階主三人抜き、化境(仮)とのタイマンなど)がその印象に影響していたとしても、本座は遺憾の意を表すしかないのである。


 とはいえ師匠の合意も得られたとなれば是非もない。早速【蓬莱商店】の方で毒功の選別を始めるとしよう。時間が勿体ないわ。


「――そうじゃ、最後に一つ。……ようやく見つけた蛇の霊物じゃと言うのは分かる。しかしそれを差し置いても、童はあの白蛇にこだわっておるように思うのじゃが……妾の勘違いかの?」


 さっさとシステム画面を開き、毒功の選別にかかった本座に師匠が問う。


 ……なるほど、確かに本座自身も少し執着が過ぎると思っていた。しかし【万重轟毒湖】は捜索のみならず修行面でも効率が良くて一石二鳥という理性的な説明も、瑞麟が頑張ったからには本座も頑張らねばという感情的な説明も、どちらもその問いの答えとするには本質から少々離れているように感じる。

 なればこその第六感、あるいはただの勘。


「――運命の出会いゆえ、な」


 満更間違いでもないが、少しふざけるくらいは良かろう?



◇◆◇



蛇蝎(だかつ)毒砂功(どくさこう)……鬼毒(きどく)壊血気(かいけつき)……十毒(じゅうどく)双元功(そうげんこう)……。何が良いかな……?」


 無事師匠の説得も終わった本座は悩んでいた。

 【蓬莱商店】の毒功一覧には、上は萬毒を支配する神功絶学から下は扱える毒の種類が五種にも満たぬ三流武功まで、数々の毒功が表示されており、『鑑定』で概要と効果を確認するだけでも一日が終わりそうなほどである。


 あるいは諸君らは、単純に最も高価な神功絶学を購入すればよいとでも思うのかもしれないが、今回の場合は少し違う。

 今回の目的は【萬毒不侵】の境地に至ることであり、それにはより高い武功境地を目指せる神功絶学よりも単に毒耐性を身に着けることを目的とした三流武功の方が長けている可能性があるのである。

 そして値段で探す場合であれば、この【商店】は希少性を基に価格を設定している節があるらしく、どうにもならないような三流武功が他のマシな三流武功より高値で売られていたということもある。おそらく今はもう手に入らない失伝した武功という、ある意味希少性の高いだったのだろうが、値段があてにならない一例としては申し分ない。


 そしていつしか調べることにダレてきていた本座に、本座の背中越しにシステム画面を見ていた師匠が口を挟んで来た。


「ホホッ、色々あるのう。蛇蝎毒砂功に鬼毒壊血気、そして十毒双元功か。たしか五百を優に超えると言っておったかの?」


「ん……ああ、しかも此度は単に優れた武功を選べばよいというものでもないからな。なんとも悩ましいばかりだ」


「うむ、そうじゃの。蛇蝎毒砂功は塞外(さいがい)のゴビ砂漠にある蛇蝎門の武功じゃが、蛇と蠍以外の毒には適しておらぬ。鬼毒壊血気は浙江(せっこう)の邪派幇派である鬼毒幇の武功じゃが、毒耐性を上げるにはそれほど優れた武功ではない。十毒双元功は四川唐家の基本功の一つじゃ。じゃがまあ、あくまで基本功じゃな」


 ………………は?

 ……お、おお、流石に詳しいな。いや、年の功などと言ってしまうと怒られるかもしれぬが、流石は師匠である。……この調子でほかのも聞いてみるか。


「……五毒(ごどく)転輪訣(てんりんけつ)は」


「これも塞外じゃの。大越国(だいえつこく)五毒門(ごどくもん)の武功じゃ。五毒門自体はすでに滅門したとは聞くが……まあ武功はそう悪い物でもないの」


「……薬毒(やくどく)陰陽功(いんようこう)


「おおっ、これは薬王閣(やくおうかく)の武功じゃ。武人にとっては絶頂武功程度じゃが、医術を学ぶ者にとっては神功絶学に値する物じゃぞ。じゃが毒耐性と言うよりは、体内で薬を作ることに重きを置いておる毒功じゃな」


 一応『鑑定』をかけて結果を確認しながら進んではいるのだが、実際は即座に語られる師匠の説明により、この行為はほとんど意味を為していないような状態である。

 桃琳ペディア……師匠ペディア……いや、『シショウペディア』だ。


「……ん? これはやけに高価な神功絶学だな。……断魄(だんぱく)萬毒経(ばんどくきょう)?」


「!? ホホホホッ! それは凄いのう! かつての天下十大達人・真殺(しんさつ)毒皇(どくこう)の独門武功じゃ! 同じ天下十大達人であった真明真人という玄境の達人すら殺したという至毒の功法! とうの昔に失伝して名と逸話だけが残っておるような伝説的な代物じゃぞ!」


 あの師匠をしてそれなりに驚かせるほどの代物であるらしい【断魄萬毒経】。

 正直なところ武器術として有利な毒功を求めているわけでは無いのだが、それでも師匠が絶賛するほどの物であればと心が揺らいでしまう。

 ……ふむ、しかし本当にこれで良いのかな?


「どうするのじゃ童よ。確かにこれは毒耐性よりも毒を用いた攻撃の方が主体の功法のはずじゃが、それでも【萬毒肢体】へと至らせる武功じゃ。当然【萬毒不侵】の境地に至ることもその過程にあるぞ?」


「ふむ、そうか? ……しかしな」


「ん、なんじゃ? 何か気に入らぬことでもあるのかの?」


 ……気に入らぬこと、か。まあ無いわけではないが、一番の判断材料となっているのは本座の直観だ。

 先ほどもそうであるが、何故か今日に限って本座の直観がうなりを上げて吠えたてる。もしかすればこれも瑞獣である瑞麟のおかげかもしれない。

 そしてその直感が囁くには【断魄萬毒経】は本座の得るべき答えではないということ。


「まあ申し分のない功法であるのは間違いない。どうしたものか……。――ん?」


 音にすれば、『ピコン♪』だろうか?

 ちょうど今まさに【蓬莱商店】の方に通知が来て、一押し商品の特別セールが始まったようである。

 その内容は『【一押し商品!】 大出血特別サービス! 【毒仙(どくせん)龍魂(りゅうこん)道典(どうてん)】&【四海(しかい)覇皇(はこう)道典(どうてん)】! 合わせて600万混元値! 大特価セール!』。


「…………」


 問いたいことは山ほどあるが、今確実に言えることは三つ。

 【毒仙龍魂道典】と【四海覇皇道典】なる名称は初めて聞いたということと、少なくともこれまで【商店】のオススメを買って失敗したことは一度もないということ。そして毒功一覧を確認し続けた本座の三時間は無駄になったということだ。


 ……システムよ。腹案があるのなら、もうちょっと早く出してくれ。


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