第44話 【剣糸】と【超絶頂】
◇◆◇ 天魔神教 天魔仙跡:白蛇原始樹海 第六公子 白眉剣龍 日月慶雲 ◇◆◇
「フハハッ! ハハハハハハハッ!」
呵々と笑い声をあげ、喜び勇んで【剣陣】の中に突っ込んでいく本座と、少し焦りを滲ませながらも的確に陣形を変えて対処する三人の巨魔たち。
流石というべきか、やはりこの『強者尊』の天魔神教で巨魔にまで上り詰めただけあって、焦りを滲ませる顔とは裏腹にその動きには一欠けらも迷いがない。
「ハッ、いやはや見事よ。流石は巨魔にまで至った武人たちだ。ここは中々やると褒めてやるべきか?」
「っ! 続け!」
「「はっ!」」
本座の見下すような物言いにさらなる挑発の意図を感じ取ったのか、さらに表情を硬くして今一度号令を下す最年長の男。
連鎖するように襲い来る巨魔たちを前に、本座はしばらくの間回避に専念して展開される武功の解析を行うことにした。勿論、【鑑定】してしまえばすぐにでも判別できるのだが、それではいささか勿体ない。他者の繰り出す招式から武功を推察するのは良い経験になるし、イントロクイズのような面白みがあってなかなか楽しめるのである。
「……【五雷虎劫剣法】に【天狼九究剣】、そちら刀手は【地鬼血熊刀法】か? 全員が『身剣合一』の境地とは恐れ入る」
「「「っ!?」」」
わずかに身を固くした巨魔たちが図ったように同時に距離をとる。
正確には全員が『身剣合一』でない。最初、この三人の陣形を【剣陣】とは称したものの、実際には剣を持っているのは二人だけで、残りの一人は刀の使い手である。正しくは二人が『身剣合一』で、残り一人は『身刀合一』だ。
「二兄殿……いや、焔牙魔君か? なかなかどうして奮発するではないか」
「「「……」」」
距離をとった巨魔たちはこちらの問いには答えず視線を交わし合い、またしても本座へと襲い掛かってくる。
三人の中で唯一超絶頂の極に至っている指揮官の男が【天狼九究剣】、先ほどの広場で嘲りを含んだ笑みを浮かべていた比較的若い男が【五雷虎劫剣法】、そして野卑に満ちた髭面の中年男が【地鬼血熊刀法】である。
今後はそれぞれを『天狼剣』・『雷虎剣』・『血熊刀』と呼ぶことにしよう。
「ハッ!」
「ガァッ!!」
「――シッ!」
「――ハッ! 良いぞ、もっと楽しませろ!」
三人が繰り出す武功はそれぞれ惜しみなく内功が使われており、短期決戦を目論んでいることに間違いはない。あるいは焔牙魔君が後詰めに来るようなことがあれば逃げるしかないとも思っていたが、そちらの心配はしなくてもよさそうである。
「【剣糸】に【刀糸】、『剣雷』、『剣影』、『刀雨』。そして『剣膜』と『刀壁』か……。ハハハハハハッ! より取り見取りであるな!」
「……っ。抜かせ若造が!」
徐々に激しさを増す三人の攻撃は周囲の木々を切り倒し、ここ【白蛇原始樹海】の一角には、かつてないほど日差し降り注ぐ大きな空き地が広がりつつあった。
◇◆◇
天魔神教における【巨魔】の位階。
それすなわち、凡夫とは一線を画す才能の持ち主である証明であり、術錬師であれば魂力第三位階、武人であれば超絶頂の境地にあることを意味する。
江湖においては中小門派の門主として恥ずかしくないほどの実力であり、この天魔神教においても一騎当千の存在として認められる、まさに選ばれし者しかたどり着けない領域の存在である。
そして超絶頂の境地に至った証、それが【剣糸】である。
【剣糸】とは【剣気】がより束ねられ、糸のような形状に具現化されたものであり、同様に【刀気】や【槍気】などの発展形である【刀糸】や【槍糸】と合わせて『鋭気』と呼ばれることもある。
内功がより圧縮されたことで『以気有形』の境地に近づいた【剣糸】の威力は、絶頂の証明である【剣気】が繰り出すそれとは一線を画す。これを扱うには、少なくとも六十年を超える内功とそれに見合うだけの気の統制力、そしてそれ相応の積み重ねられた悟りが必要となるのだ。
ゆえにこそ【剣気】が絶頂の境地の証明であるように、超絶頂の境地は【剣糸】をもってその証明とするのである。
そして【剣糸】に存在するもう一つの大きな特徴として、その派生の幅広さというものが存在する。
先述の通り、基本形となる【剣糸】は剣気を束ね糸のような形状に具現化したものであるが、そのほかにも【快】と【透】の妙理により地面を伝う雷のように具現化した『剣雷』や、【柔】と【幻】の妙理により剣路の中で影のように残り敵の動きを縛り付ける『剣影』。
さらに【弾】の妙理により打ち出された【刀糸】が雨のように敵に降り注ぐ『刀雨』や、【剣糸】や【刀糸】で膜や壁を作り出す『剣膜』や『刀壁』という数多くの派生技術が存在する。
当然、その全てが上乗武功に類される武学のそれである。
……これはいささか危機感のないような物言いであるが、ここからがまさに武功の真骨頂とも言えるのではないだろうか。
◇◆◇
意外なことにと言うべきか、巨魔三名の連携の中心に存在するのは最も武功の長けた『天狼剣』ではなく、【地鬼血熊刀法】を使う髭面の男……『血熊刀』であった。
ただしこれは血熊刀の武功特性に由来するものであり、武功の基盤が地の気で成り立っている【地鬼血熊刀法】は五行において土気の影響を大きく受けるという特性が存在する。
簡単に言えば、軽やかに動き回る華やかな武功ではなく、地に足を着けてどっしりと構えながら強力な一撃を繰り出す……そんな剛健な武功なのである。
なればこそ『重』と『強』に重きを置く【地鬼血熊刀法】を操る血熊刀が本座の正面を受け持ち、『柔』と『幻』を主とした【天狼九究剣】と『快』と『透』を主とした【五雷虎劫剣法】を扱う天狼剣と雷虎剣が本座の側面から遊撃へと回っているのだ。――否、回っていたのだというべきか。
「ハハハハッ、なかなかに多種多彩な攻撃であったな! 潜魔館の階主たちでも此処までではなかったぞ!」
「くっ……」
我らが戦い始めてからゆうに十分が経過していた。
既に三人の巨魔にうち二人は倒れ、残すは天狼剣ただ一人。もはや本座の軽口に付き合うほどの余力はなく、わずかに漏れる苦悶の声だけが本座の挑発への答えとなっている。そろそろ終わらせて良かろうか?
「……ふむ、もう終わりか? これで終わりであれば仕舞とするぞ? なに、安心せよ。その方には聞きたいこともある。先の二人とは違い、首を落とす前に辞世の句を詠む時間くらいは与えてやる」
十分間の攻防において、結局この三人の攻撃が本座の身を僅かでも傷付けることは無かった。
三人から放たれた【剣糸】や【刀糸】は、本座の【剣糸】と『剣膜』によって遮られ、一糸たりとも本座の身に届くことは無く。
同様に雷虎剣の放った『剣雷』も、天狼剣の放った『剣影』も、血熊刀が放った『刀雨』も、そのすべてが本座の技によって逸らされ、遮られ、撃ち落され、そのことごとくが意味を為さず。
そして三人がそれぞれに張った『剣膜』と『刀壁』は本座の【剣糸】自体はそれなりに防いだものの、【覇体恒星身】の第八成段階『恒星爆力』によって爆発的な怪力を得ていた本座の腕力には逆らえず、結果なんとか致命傷を避けた天狼剣と、当たり所が悪く即死となった虎劫剣と血熊刀の死体だけが残った。
……やはりいささか物足りぬな。今少し煽ってみるか。
「もし奥の手でもあるのであれば出し惜しみなどするな。あるいは先天真気を燃やすでも、禁断の丹薬を飲むでも良い。でなければその方は犬死するだけだ」
「……ク、クク。ククククク……」
ただ一人の生き残りである天狼剣も、致命傷は避けたとはいえこのままでは出血多量で死に至る。
そのことをようやく悟ったのか、あるいは覚悟を決めたのか、ついには狂ったように笑い出した。
……まあそんなことはどうでも良いな。それよりも天狼剣が懐から取り出した丹薬が気になる。自害用の毒というのであれば仕方ないが、できれば副作用マシマシの強化薬とかであってくれ。その方が面白い。
「――神教に産まれ落ち60年。武を志してからは55年。私は一途に武の道を歩んできた。まさか己の孫であってもおかしくないような小僧にここまで言われるとは……天というのは不公平なものだ」
「……」
丹薬を握りしめながら天を仰ぎ、この世の不条理を嘆く天狼剣の眼差しはいよいよ覚悟を決めたようである。大変結構。
「お望み通り命を削って理外の力をもたらす【爆血丹】だ。加えて体中の穴道が捻じれる代わりに功力が爆増する【逆穴魔功】」
「……ほう」
天狼剣が飲んだ丹薬の効果はすぐに表れたようで、傍から見てもわかるほどに肉体が一回り大きくなっている。
続けて発動された【逆穴魔功】は天狼剣の功力を倍増させるとともに、その肉体の皮膚には青白い血管が浮かび上がっている。まるでひび割れが全身に広がっているようだ。
「そして最後は先天真気か。すべて終わっても生きてはいないだろうが……そんなことはもはやどうでもいい」
「……ほう、ほうほうほう!」
本座を道連れにしようとまさしく決死の覚悟で万全の準備を終えた天狼剣。
その手にある剣には【剣糸】がさらに強力に圧縮されて纏わりついている。
不安定ながらも剣を中心にふらふらと揺れるように存在するそれは、まさしく化境の達人を象徴するもの。
「わかるか小僧?」
「……【罡気】っ!」
「そうだ【罡気】……【剣罡】だ。いずれ死に至るような劇薬を飲み、穴道が使い物にならなくなる【逆穴魔功】で功力を爆増し、さらに生命の根本である先天真気まで燃やすことでようやくたどり着いた……。とはいえ不安定も良いところだ。死を間際にしてこの程度、結局私にはここから先の道を進む資格がなかったのだろう」
喋っている内容はどこか悔恨に満ちたそれでありながらも、その表情は相反するように清々しい。天狼剣は還暦ほどの見た目の老人であるが、その心は未だ向上心が消えていなかったのだろう。
「――小僧……六公子様……いや、『白眉剣龍』日月慶雲殿」
天狼剣は最後に本座のことを侮るべき若輩者でもなく、謙るべき主筋の公子でもなく、ただの将来有望な武人として呼んだ。この意味を分からぬ訳では無い。
自身の口角が徐々に上がってくるのが分かる。――分かっていても止められない。止める気もない。
「私の役目は所詮踏み台なのだろう。この老骨の屍を超えて行くがいい。私は今ここに天が定めたその役割に逆らって見せよう」
結局のところ、化境の境地には武学の理解が及ばぬ以上、今の天狼剣は疑似化境の達人といったところであろうか。
だが、まあ、な。
なんとも素晴らしい置き土産となりそうだ。




