【潜魔館】と【潜魔洞】
◇◆◇ 天魔神教 潜魔館 第二階層 第六公子 日月慶雲 ◇◆◇
それではここで改めて、天魔神教が誇る超大規模修練施設・【潜魔館】について詳しく説明しよう。
――かつてこの地には、潜魔館の前身とも言える人材育成機関・【潜魔洞】が存在した。
現在の潜魔館とは比較にならぬほど苛烈な修練施設であった【潜魔洞】。
その実態は、攫ってきた孤児たちを強制的に篩にかけ、さらに洗脳を施して神教の達人を作り上げるというものであり、まさに天魔神教の創り出した地獄であった……そうだ。
ある者は同輩との競争により、ある者は修練に耐えられず、ある者は与えられた試練を乗り越えられず横死した。
生きて出られるのは一握りと称され、死者率九割超えとも伝わる【潜魔洞】において、死とは常にありふれて溢れかえっているものであった……らしい。
そんな非業の死を遂げた数多の死者たちが残した怨念と屍気。
それらを利用して神教の偉大なる術錬師【萬術天魔】が作り上げたものこそ、この【疑似仙跡・潜魔館】だ。
そう、潜魔館とは、この世界に存在するダンジョン、すなわち【仙跡】を模した【疑似仙跡】なのである。
【萬術天魔】の術法により作られたこの【疑似仙跡】であるが、天魔の御業が単純に外界から遮断された空間を作り出したというだけであろうはずもない。
この【疑似仙跡】は【萬術天魔】により敷かれた陣法の効果によって空間は歪められ、広大な芥子空間が築かれており内部空間はかつて存在した潜魔洞とは比べ物にならないほどに広くなっている……らしい。
ここまで語っておいて今更であるが、もし諸君らの中に『かつての潜魔洞を知らぬはずの日月慶雲が何故ここまで知っているのか?』という疑問があるのであれば、幼魔館での歴史教育の成果と【黒龍六眼】の【鑑定眼】で視た情報を統括して語ったのだという回答をしておくとしよう。
この【潜魔館】は十階層からなり、各層には【序列戦】や全体講義の舞台となる闘技場や、武人の宝とも言うべき武功秘笈が置かれる秘笈書庫、そして潜魔たちの学び舎が存在する。
現代の者に分かりやすく言うのであれば。
第一層には体育館とグラウンドに相当する闘技場。
第二層から第六層には各学年の寮と教室。
第七層には職員室と校長(斬拳魔君)室と理事長(夢瞳魔尊)室。
第八層には秘笈書庫こと図書室が置かれている。
第九層と第十層は情報がなく、何があるのかは定かではないがおそらく職員用の寮があるのだろう。
……フッ。極めて分かりやすくがあるが、我ながら色々と台無しな例えよな。
さらに【潜魔序列】……潜魔館内のランキングを上げることで開放されると噂に聞いた修練設備には、重力負荷を増大させる山や暗闇で絶え間なく攻撃を放つ部屋などの特殊設備が存在するらしい。
すなわち外功……肉体を鍛えることに適した修練設備が存在するということだ。
魂力については特に情報がないが、この【疑似仙跡】を作ったのが術道の偉人である以上、後代のための相応の修練設備がないとも思えぬよな。
そう的外れな考えでもなかろうよ。
各階層には擬似的な太陽とも言える光源があり、修練設備の一種である山や河川もある。さらに光源の移動による昼夜も存在するため、潜魔洞という人工洞窟が基となったことを感じさせるような閉塞感はない。
……うむ、まさに至れり尽くせりの修練環境だな。
◇◆◇
歴史と構造についての説明が終わったならば、次は潜魔館の根本思想について説明しよう。
この【潜魔館】は、家門や血筋に依存しない己の力を示す場所であり、そしてその才能や能力に見合った待遇を得られる場所でもある。
そのため潜魔生徒たちは常に試され、中でも潜魔館内の序列【潜魔序列】を定める【序列戦】や、水準に満たぬものを振るい落とすことを目的とする【昇級試練】では、優れた成績を示した者により多く資源を与えるシステムが構築されている。
優れた者には、内功増進用の丹薬や神功絶学に類される武功が与えられ、劣った者には何も与えられず、いつしか排斥されることになる。
知識は力であり、資源は有限である。際限なくばらまくわけにはいかぬのだ。
――優れた者がより優れた存在となる。ゆえに『強者尊』。
これこそが天魔神教の理念であり、この潜魔館はまさしく天魔神教の縮図といえよう。
ただ当然ではあるが、この潜魔館で与えられる者は丹薬や武功だけではない。
いかに与えられる丹薬や武功が素晴らしいものであろうとも、優れた武人とは経験と悟りを積み上げてなるものであり、薬や読書を積み上げてなるものではないのである。
潜魔館は天魔神教の未来を担う武人を鍛える場であり、優れた武人とは幾たびもの戦いによって鍛えられるもの。
そして、そのような重要なことを歴代の神教を支えてきた達人たちが知らぬはずもなく、この潜魔館では武学を磨く相手に困ることは無い。
先ほど少し話に出した【序列戦】とは、そのような経験を積み武学を磨く場として存在するのである。
【序列戦】で戦う数多の同輩や先輩らがいる限り、相手に不足することは無く、例えその者たちの実力が物足りずとも、【魔将】の位階にある教官達や【巨魔】の位階にある各階層の階主がいるのである。
武功備給、内功増進の丹薬、各方面に適した修練環境、競争相手。
まさに確実に達人を作り上げる完璧なシステム。
これこそが天魔神教の誇る潜魔館の全貌である。
……当然ではあるが、正派・邪派・魔道の三大勢力。あるいは、道教・仏教・魔教の三大宗教において、これほどの修練施設を保有するのは我が天魔神教のみである。
ふむ、ただただ真摯に潜魔館の事実のみを説明するつもりが、いつの間にやら自慢話となってしまったな。
しかし神教が天下第一の宗派であることは既知の事実であるゆえ、こうなってしまうのも致し方あるまい。
まあ諸君。ここは素直に天魔神教の偉大さに敬服するがよい。