14 憑依と復活と封印と
お久しぶりです
びゅああああおおおおおおお――――!
膨れ上がる黒い気配に生徒会室の天井が落ちる。
「総員、退避!」
先生たちが窓から脱出し、その後に続くように他の人たちも次々と飛び降りていく。
でも、黄泉だけが動かない。
「黄泉! ぼけっとしてないで、私たちも逃げよう」
「ああ……、でも、珠が……」
「面倒くさいなあ!」
私の探していた恩人じゃなかったら置いていったかも、なんて考えながら黄泉を抱き上げて飛び降りる。
「ふふふふ、力が満ちてくる。これが力か、これが妖力か、これが九星の力か! 今まで私が使っていたのはまやかしか何かだったノカ?」
私たちを追いかけて、黒い靄を纏った茨木先輩も校庭に飛びおりてきた。
むしろその力がまやかしだよ、と私は思う。先輩が乗っとられつつあるのは、私の目には明らかだった。
『お前ラ、ウマソウダな?』
蛆虫の這いずるような腐乱した意思が私に届く。
私にはどうしたらいいかわからないし、春にいと師匠に伝えるのが最善だ。……口調が少しおかしくなってきているし、傍目にも明らかだろうけど。
「春にい! 師匠! 茨木先輩がどんどん薄くなってる! 霊障の侵食が止まらないよ! このままじゃ先輩は……。しかもなんか気持ち悪いのが、……ッ!」
黄泉と私に向かって無数の触手が伸びる。他の人達に向けられたよりも、ずっと数が多い。
一つずつ凍らせて叩き落すけど、重い打撃と余波の衝撃は際限がない。これじゃあ、ジリ貧だ。
「茨木の器が耐えきれていないのか! 急がねーともとに戻れなくなっちまう……。明らかに桃をねらってんな!?」
私たちを庇うように春にいが土の結界を張る。春にいの結界でも、全てを防ぐことはできず、ヒビが入る。
それでも、ありがたい。
「持って十分か。それを越えたら殺すしかない。狂水・壬・氷獄牢」
師匠は険しい顔で、懐から流れるように補助具をとりだし呪を紡ぐ。
高められた水の鬼気が、茨木先輩を封じようと地に陣を敷く。惚れ惚れするほど無駄のない、強固な封印術だ。
「ヌルい。させると思うのカ? オメデタイな。もう我が主導権ヲ握っていル……」
「クソッ、なんだこのすり抜けるような手ごたえは!」
そこから溢れだした美しい氷の檻は、先輩の身体を貫くも、融けるようにじわじわと消えていく。
鵺のほうに堪えた様子は全くない。そして、茨木先輩の技の冴えはそのままだった。鵺の悪意でその才が振るわれる。
黒い靄の爪が伸び、横凪ぎに。意思のない生物はそれだけで霊障に冒されていく。
黄泉に勝とうと必死だったのだと思う。その努力で磨かれた技術が、侮辱されている。
「なんダ、遊びタイのか?」
弄ぶように繰り出される鵺の攻撃は、まだ、余裕をもって振り払えるものだ。でも、それもいつまで続くか。もとより私の鬼気は少なく、打つ手も少ない。
師匠で歯が立たないのに、私にどうにかできるとは思えない。悔しい。
「鵺は厄介だ。どの属性でも全く効かない。全部吸収してしまうのだ……」
校長が歯を食いしばり、霊障の拡大を防いでいる。
茨木先輩の次に色が薄くて、校長もかなりの重傷だ。かなりの激痛だろう、食いしばられた唇から一筋の血が流れている。
「あれを叩くには、あれよりも更に大きい鬼気で浄化するか封印するかしかない」
「封印さえ、どんどん飲みこまれている。それでも、五属性がバランスよく五芒星を描ければ再封印できるはずだ」
「我々が足止めしている間に応援を呼んでくれ」
先生たちは悲壮な顔つきだった。すでに自分たちの光は失われていると、無根拠にそう信じてしまっている。だらしがない。
「応援を待っていたら茨木が死ぬんでしょう? 先生方も。それは生徒会長として、賀茂家として、許容できません」
「それに先生たちは鬼気が底を尽きかけてるだろ、先生まで食われたらマジで手に負えないし」
「今も鵺の攻撃を防ぐのに手一杯。違いますの?」
「それは、そうだが」
私たちは、先生たちが庇ってくれているおかげでまだ元気だ。難しくても、辛くても、私たちが今ここでしなければならないと直感していた。
「土は、オレが」
「わたくしが火を」
「僕は金だね」
「私は水……」
私と、春にいと百合子ちゃん、会長の視線が絡み合い、必然のように一つに収束する。
「木といえば黄泉なんだが、あの様子では無理か!?」
切羽詰まっても、会長が頼る、頼れるほど実力があるのが黄泉なのだ。いまだ愕然としていて、情けないけど。
私は自分の鬼気では出力が足りないかも、という弱音がすんでのところで止まった。弱音を吐いていいときではない。
むしろ、ここは、虚勢を張るべきとき。私は大きく腕を振りかぶった。
バシッ!
「まったく、珠、珠って。そんなに珠ちゃんが恋しいなら呼べばいいじゃない!」
「いっ」
私の弱気も叩くつもりで、勢いよく黄泉の背中を叩く。私の右手もじんじんと痛むほど強く。
八つ当たり気味のそれであっても、黄泉の意識をひくことくらいはできたらしい。
顰めた顔がこちらを睨んだ。荒んだその目はこのまま間の向こうへといくつもりなの?
そんなの、許すわけがない。許せるわけがない。
「何するんだ。……だいたい契約してなかったんだ、くるわけがない」
「なに諦めているのよ。来てくれるわよ、だって、すぐ会えるって珠ちゃんが去り際に言っていたし」
「珠の声を、聴いたのか?」
ぱちぱちと希望の泡が弾けはじめた青い目に気をとられつつも、私はしっかりと頷いた。嘘を吐くのは趣味じゃない。
ときどきこちらに逸れる鵺の攻撃をなんとか捌きながら、さっさと呼べと黄泉を急かす。
「バッチリ聞いたけど? 友達なんでしょ、今私たち、すごくピンチなんだよ? ここで来てくれなきゃ真の友じゃないわ」
「――そう、か。そうだな……」
黄泉がすいと背を伸ばし、内に囁くように、それでいて世界に宣うように、縋るような祈りとひとつかみの不安が宿った透明な声で友だちを呼んだ。
「――太古の神の僕が一柱。巡り巡りて眠り、汲汲として侵食するは病。今しばし我を依代とし顕現せよ、凶星宮虎!」
『ふふふ……、今回はこちらに憑こう。この娘も美味そうだと常々思っておったのだ』
それにあっさりと応えて、満天の星の夜がうずまく虎がかろやかに降った。
こともあろうか私に向かって。
「エッ?」
「珠!?」
するりと私の隙間から潜りこんだ珠ちゃんの機嫌げよさげに鳴る喉の音が、私の脊髄と心臓をどくん、どくんと脈打たせる。
ああ、喰われている……!
本能が恐怖と興奮を掻きたてて、肌がめくれるように鬼気がとめどない波紋を生む。
『御前の血を引くものだな? うむ、うむ。思った通り、美味である。ああ、力が湧くぞ――』
「ちょっと、ええええええ!? 私に憑くの!?」
『黄泉も美味いが、たまには別の味も楽しみたいのだ。いつも同じ味は飽きるだろう?』
「それは、わかるけど」
たしかに毎日同じお菓子は飽きるよね。でもお米には飽きないのだし……。
妖魔にとっては鬼気は主食じゃないのかな、なんてくだらないことが頭をかすめた。
『なに、我を憑依させているのだ、木と水の力は増す。お主は弱い。今の状況で我を追い出せるのか?』
「ぐっ」
たしかに、脈々と湧き出す無尽蔵の鬼気の万能感に酔ってしまいそうだ。副作用が怖いんだけどどうしよう。
どうにか自分への浸食は抑えるものの、洪水のように暴れ出すその手綱を握るのは酷く難しい。
黄泉の強さの一端を理解するとともに、これを制御していた技量に内心舌を巻く。
ま、私にだってできるけどね……、こなくそっ!
この身体は私のものだ!!!
私が思い通りにならない私の鬼気に四苦八苦しているあいだに、黄泉は立ち上がって茨木先輩を見据えていた。
「黄泉が復活したようでなによりですわ」
声をかけた百合子ちゃんも、先輩から目を逸らすことはない。
「ああ」
黄泉が、やっとみんなと同じ方向を見た。
ただそれだけで、少しずつ重さを増していた攻撃が、少しだけ楽になる。……くやしいけど、やっぱり強い。
「これから、茨木を浄化して鵺を封印する。封印は黄泉に任せていいか?」
会長が普段の言動からすれば言葉少なに黄泉に頼んだ。鷹揚であって断られるなんて微塵も思っていない。
自分もあちこち霊障なのに涼しげで、振りかえらないさまは傲慢でさえあった。
なんで、私はみんなの背中を見ているんだ。
「問題ない。……朱音は、俺に勝つためだけに力を磨いていた。だから、堕ちた」
「私がコウなったのハ、お前のセイじゃナイ! 思いアがるな!!!」
黄泉がほんのすこし悔やむように、憐れむように先輩にむかってぽつりとつぶやいた。大きな声ではないけど、なぜかよく通るその声は先輩に届いたらしい。
玩具を掴んでは放る赤子のような残虐さをかなぐり捨て、怒りをあらわに瘴気が噴き出す。
「死ね!!!」
嗜虐的な表情から一転、憤怒に染まったその感情は明らかに先輩のものだ。
隙だらけで、今しかない。そう思うのは、私だけじゃない。
「正気に戻った! 今だ!」
「さっさとやるぞ! 桃、浄化の呪文は覚えているな?」
『我が補助しよう』
「珠ちゃんありがとう! 春にい、みんな、大丈夫だよ!」
呪文はすこーし自信がなかったけど、脳内で珠ちゃんが囁いてカンニングさせてくれるらしい。
一安心したところで、暴れている先輩を元に戻すことの困難さは変わらないけどね。
「華を瓶に活けし寿逸君の定めし律!」
春にいの、ゆるぎなく張られる力強い呪が茨木先輩を包み。
「巡り巡りて正しき姿に戻らん。
空に揺蕩う皓鬱将が守りしの法」
百合子ちゃんの激しく煌めく鬼気の奔流が天へと渦巻き。
「飆英く、水益々澄みわたり留まるは詔」
珠ちゃんに増幅された私の言葉は魔を揺らす波紋となり。
「人は陽、鬼は陰。間は不越。
玄き花裂き乱れ、常に縁つづくこと无しとの令」
朗朗とした黄泉の声は、増幅して絡みついて先輩の瘴気を奪い。
「宝のごとき容、月の色は丹ある霊の命」
会長の節は白く輝く祈りの刃となり。
「ヴァアアオオオオオアアアアア!!」
代わる代わるに織りなされる言霊は呪を強固にしていく。
先輩がもがくたびに禍々しい瘴気は削り取られ奪われ散らされ燃やされ還る。
最後の呪は全員の声が、鬼気が、願いが、重なり混ざり合い――。
「――臨む兵、闘う者、皆陣を列べて前を行く」
――収束する。
あと一話で終わる……はず
ただ最終話も難産そうなんですよね……




