幕間 令嬢と令息
悔しい、悔しい、悔しい。
ぽたりぽたりと流れ落ちる涙を、優雅さのかけらもなく拭う。
こんなに屈辱的なことがあったかしら。
全然相手にされない。今までも、こんなことはあったけれど。なんでこんなに悔しいの。
こんなみっともないところ、誰にも見せたくなくて。ここ数日と今朝の出来事が、解決したはずなのに何度もフラッシュバックして。
気づいたら、わたくしは人気のない西の図書館裏にいましたの。
「百合ちゃん、なーにしてるの? 夜は危ないよ」
わたくしの婚約者――尚親さんが、痩せていく三日月を背負って立っていた。なぜこんなところに、という思いと、見つけてくれた嬉しさがないまぜになって、結局は失敗を見られてしまった子どものころを思い出す。
やる気のないこの人に何度いらついたことか。でも、泣きたいときにはいつもそばにいてくれて、どうにも嫌いになれないのだ。
いつだって、わたくしが泣いている理由を知っている。でも、わたくしが何かを言い出すまで、励ましもせず、慰めもせず、わたくしの方も見ず、隣に座っている。
それで気まずくなって、結局弱音を吐いてしまう。わたくしばかり格好悪いところを曝け出している気がして、釈然としない。だって尚親さんは全然頼ってくれないんだもの。わたくしってそんなに頼りないのかしら。
「また負けちゃったわ……。黄泉にも、桃さんにも。全然、全然相手にされてないの」
「そう。……それで?」
「勝ちますわ。絶対に、振り向かせて見せます」
「うん、いいんじゃないかな。百合ちゃんらしいよ」
だって、桃さんは初めてできた友達だもの。黄泉は……、ある意味で一番のライバルなんでしょうね。桃さんは黄泉しか見ていない。彼を倒せば必然的に、桃さんは私に挑みに来るはず。
言葉にして吐き出せば、胃が少し軽くなった気がする。いつの間にか、涙も止まっていた。
そっと横を盗み見ようとしたら、いつの間にかわたくしを見つめて笑みを浮かべている尚親さんとばっちり目が合ってしまった。慌てて目の前の地面に視線を移して、苦し紛れにささいな不満が零れ落ちる。
「ふつう、男性がリードするものではなくて?」
「僕は婿入りするわけだから、君の意向を立てているだけだけど?」
楽し気な返しにぐうの音も出ない。わたくしは真蛇家の跡取りで、彼は賀茂家の三男。現状でも婿入りしても、彼は誰かを立てることでしか価値を認められない。
彼はいつも寄り添ってくれるけれど、わたくしに本心を明らかにしたことなんて、たぶん、ないでしょう。
いっつもにこにこしていて余裕なんだから、たまには狼狽えればいいんだわ。
「夜も遅いし、送っていくよ」
「学園内ですもの、平気ですわ」
「いや、最近妖魔の発見が多いんだ。例年よりずっと。春が学園の結界を強化するために教師と駆けずり回っているけど、まだ原因が分からない」
珍しい。藤宮家の麒麟児と有名な春さんでもわからないなんて。
驚きとともに尚親さんを見れば、初めて見るような、憂いを帯びた青い顔で。夜に溶けて沈んでしまいそうな彼の腕を、思わず握ってしまった。
「百合ちゃんから手を繋いでくるなんて、明日は古代妖魔が復活するかな?」
「縁起でもないことおっしゃらないで。わたくしたちは言霊を馬鹿にできるような立場ではなくてよ?」
「ごめんって。……ん、電話だ、ちょっと失礼。その間に一人で帰らないよね?」
「わかりましたから早く出なさい」
急かすと、尚親さんはようやく電話に出た。相手は誰かしら。いつも軽薄だし、女の子かしら……。
「え? 黄泉軍が妖魔と仮契約もしていない可能性がある!? そんな馬鹿な!! ちゃんと確認したのか!? ……うん、いや、しかし……。……わかった、学園にかけあって検討する」
いらだった様子で通話を切るも、すぐにまたスマホが鳴りだす。
「今度は春か。なんだ。……え、それ本当か? いや、疑って悪かった。明日から仕事の調整をしないと……。わかってる、サボらないって。じゃあな」
「尚親さん、何があったの?」
乱暴に切って、スマホを上着のポケットに突っ込む様子に、聞いてはいけないことかもしれないけれど、聞かずにはいられなかった。
「何でもな「はぐらかさないで!」……!」
尚親さんのぽかんとした顔を、きちんと見る余裕もなかった。
はしたなくも遮ってしまったわたくし自身に、わたくしこそが戸惑っていた。
「わ、わたくしだって、真蛇家の跡取りですわ! 妖魔の増加はわたくしたちが生まれた頃から確認されていることだって知っています! まだ未熟とはいえ、国防を担う家系に生まれ、国防を担うべく育てられたのです! ですから……、ですから、少しはお役に立てるはずです!」
まくしたてて、そのまま恥ずかしくなって……、俯いてしまった。
すると、ぽんぽん、と私が掴んでいない方の手で頭を撫でられた。まるで子供のころのように。
「……うん。じゃあ、各家に支援要請を……特に神道系に連絡してもらうことになると思う」
「それくらいどうってことないですわ」
仕事を任されて嬉しいような。やはり安全圏の役割で不満なような。ないまぜになった感情は、夜闇に隠されて見えなくなっていればいいのに。
幸いなことに、尚親さんは溜息をつきながら寮に向かって歩き出す。引かれるように、わたくしは最初の電話の内容について問わずにはいられなかった。
「それから、黄泉が云々というのは……?」
「あー、茨木さんの電話だよ。黄泉くんの妖魔が、軽くとはいえ鈴鹿さんに霊障を起こしたのを見たらしい」
「それは……!?」
調伏した妖魔は人間を傷つけられないのに。何かの間違いではないの!?
それより、桃さんは無事なのかしら?
「あの子、黄泉くんのこと嫌いだからねえ……。ちょっと信じられないんだけど、本当だとマズいからね。それも対処しないと」
「朱音さんは黄泉家の次期当主の座を降ろされてから、黄泉のことをよく思っていませんものね。でも、決して嘘を吐く人ではありませんし……」
「鈴鹿さんにも確認しないと。いや、春の方がいいか……?」
「桃さんなら、明日にでも生徒会室に連れていきますわ。二人に揃ってもらった方がいいでしょう?」
「助かるよ、ありがとう」
柔らかく微笑んだ尚親さんの表情に、無性に気恥ずかしくなって、ふいっと顔を横に逸らす。
はやく寮に着かないかしら……。
おかしい、脇役の方がラブコメしてる……。しかもツンデレがデレデレに……。
いやでも恋人に無意識に甘えてるの可愛くないです???
甘えてツンがきつくなるのも好きなんですが、そっちは書くに苦手でw
というかツンデレを書くのが苦手←




