『足りない』
「何を…言って…?」
彼女が言った言葉の意味が芽音には分からなかった。
神になるためにエルムを殺す
どういう事なのか、エルムを殺せば神になれるというのだろうか……と
「やはりこの事は貴方方は知られていないみたいね」
「無知……か
ウチも…そうたい…ね…」
「なら教えてあげましょう
神になる方法、それは──」
「教えてもらわなくていい」
「……は?」
自慢げにその方法を語ろうとするミシアを突き放すように言葉を言葉で遮った。
痛みを堪え、繋げる
「エルっちを傷付けてまでそんな『くだらない』ことをする意味もわかりたくもない」
「『くだらない』 ……ね
価値観は人それぞれよ
実際わたくしにとってはとても大事なことだもの
だから、本当は今、貴女と遊んでいる暇はないのだけれど…
やっぱりその苦痛に歪む表情は何にも替えられない楽しさがあるわよね〜」
「この……ドS姫…め……」
「あら?わからないかしら?」
「ええ……全くわからないわ…
エルっち…が苦……しむ顔なんて似合わない」
「わからない人に何言っても意味は無かったですね
先程も言いましたものね
『価値観は人それぞれ』
それじゃあ、そろそろもっと聞かせて?
その声を
泣いて?叫んで?
心からね?
もっと苦しんで?
もっと──
──わたくしを楽しませて?」
そして、彼女は
連剣鞭を振るう
そして、芽音の身体に新たなる切り傷が追加されようと──
ピッ──
ギッ……バキッ
「「え?」」
両者にとってそれは予想外のことだった
いや、誰もがこれを予想してるわけがない
それはまさに幻覚であるかのように、
でも、それは……本物だった
振るわれた鞭は同じく振るわれた大剣の衝撃波によって、連なる剣の鞭は全て、破砕し、
落ちるその鞭の飛び散る破片と鉄粉は煌めく月光を跳ね返し彼女を一層映えさせるかのように……
一年前とは何処か、変わっていた。
そう……
誰がここに──
──彼女がいるなんて
思えるだろうか?
「あ……なたは……」
「君達からエルム君の匂いがした
だから…
…僕はここにきた」
1年間、彼女は探しつづけた
エルムの存在したことを、エルムの痕跡を
エルム自身を
彼女は必死に探し続けたのだ
エルムに謝りたくて
全てを捨てて探し、ようやく……
ようやく……
彼女は……
ニルは……見えた彼の背中に
──手を伸ばせた──
──ニル視点──
僕はこの1年、エルムという1人の男の子を探し続けてきた。
あの時──
エルムが僕ら……いや、世界の記憶を書き換えた時
なぜか……
僕は、彼を覚えていた
そして、忘れた彼女達を見て……
……僕は殺意が湧いた
家族のラルに、エルムの姉のソワラスに、女王であるビスルトに
殺意が芽生えてしまったのだ
一年前の僕はどうして僕だけ覚えてるかという見方ではなく
どうしてエルムのことを忘れているのか、どうして忘れられるのかという自らの罪悪感を他人に押し付けるかのような、そんな見方しかすることが出来なかった。
それは一瞬だったけど、確かに芽生えてしまったその感情に僕は恐れ逃げた
僕の心は戻ることは許されず留まることも許さない
ただ、逃げることと進むことだけが僕に許されたたった二つの選択肢だった
そして……僕は逃げることを選んだ
選んでしまった
もう……僕は…ここに
──帰れない
だけど……
僕はもう──帰りたくない
確かに、芽生えてしまったその殺意はたった一瞬だったけどそれは確かに……
……本物だった
みんな忘れたくなかった
それはわかってる
でも──
──みんなのあの表情、あの仕草、あの会話
それらからエルムは無くなっていた
それが辛かった。
それが苦しかった
──それが悲しかった
戻りたくない、今戻っても、きっと、僕の中のこの感情はまた、表に出てしまう
「……あ……」
この時…僕はセルナの気持ちが……わかってしまった。
エルムの気持ちはわかることはきっと、一生出来ないだろう
でも、セルナはエルムの側にいた
自分は忘れない、でも、周りはエルムを忘れる
周りの人々からエルムはいなくなる
それを、何度も、何度も何度も……
僕は……その中の、多数の内の1人…だった
何が大好きか……
どの口が一緒にいたいなどと言えるんだろうか
皆を僕は責められない
同類なのだから
だからこそ、僕は皆の分まで──
それから僕はまず学長室に向かった。
エルムの手がかりを探すために
……でも、何も無くなっていた
あるのは無数に散らばる白紙のみ。
恐らくこの白紙にはエルムのことが書かれていたのだろう、でも、それはもうない
なら、この学院にいる意味はこの瞬間をもって無くなったのだ
そして、同時にその事実は僕を学院生活辞め、全ての時間をエルムの捜索に費やすことを決めた瞬間でもあった。
学院を辞めた僕はまず、セルナの家を探す事から始めた。
直接探すよりも可能性があると思っていた
なぜなら、彼女は絶対に覚えているから
絶対に一緒にいるから。
だけど、そんな甘い考えは通じるわけがなかった
セルナの家は1度しか、行ったことがない
しかもそれは黒魔王竜グラグの転移魔術だ
セルナの家の周りには確か山しかなく
実際どこにあるのかわからない
探すには──
──圧倒的に情報が足りなかったのだ
諦めるわけにはいかない僕はならばと次にエルムの実家、ギール家に向かった
こちらはギール家自体が大貴族なので家がどこなのか等は元々知っている。
門兵に領主でもあるノートル=レイル=ギールに謁見を頼むと彼らは確認を取らず、僕を豪邸の中に連れていく
その門兵は数多ある部屋部屋を足早に通り過ぎるとこれまでの扉とは2回りほど豪華で巨大な扉の前で僕に待つようにいい、彼らは中に入っていった。
中で門兵とはちがう男の声が騒いでいた
そして数分も立たずして、彼らは出てくる。
「……貴方、名前は?」
「…ニル=レスチールです」
「剣の家系の方でしたか
どうぞ中へ
領主、ノートル様が貴方と話さなければならない事があるそうです」
「……ありがとうございます」
「剣の携帯は認めますが、万一その剣を抜くことがあれば2度とここには来れないと思ってください」
「はい、誓って」
そして、僕は踏み入れた。
「失礼します」
「……」
「僕はニル=レスチールと申します
領主様に聞きたいことがありまして参上した次第です」
「そんな前書きは今は要らない
単刀直入に聞く……
……君は覚えているのか?」
震える声で、その疑問は投げ掛けられた。
「はい」
「……そう…か……でも……」
「ノートル様、僕もノートル様に聞きたいことがございます」
「…なんだ?」
「僕に……僕にエルムのことを教えてくださいませんか?」
「…何が知りたい?
エルム本人か?出生か?能力か?人格か?過去か?」
「全てです」
「……そうか
だが……聞きたいのなら君の覚悟を教えてくれ
教えるかはそれ次第だ」
「……覚悟…ですか?」
「そうだ、これを聞かなければ話すことは出来ない
君は──
──どうしてエルムのことが知りたい?」
……僕がどうしてエルムのことが知りたい?
そんなのは決まってる
「…僕は……ただ、エルムに謝りたくて」
「息子に謝りたい……か
それだけじゃあ
まったく足りない」
「足り……ない?
どうして……!?」
「帰りたまえ、例え君が息子を覚えていたとしても、その程度なら君はこれ以上息子にかかわらない方がいい。
いや、むしろ関わるな
君の自己満足に付き合うほど今は時間が無いんだ」
「…自己満足なんて…!」
「その様子なら君は神災としてのエルムにあったのだろう?
その時に聞いたはずだ、人格の話を、記憶の改竄の話を
話を聞いた上でその結論なら君には無理だ
例え、君が息子に選ばれたのだとしても」
「──無理って、何が無理なんですか
僕はなんでもやります
やってみせます
やらなければいけないのだから」
「何もわかってない……」
ノートルは深くため息をつくとその場を離れる
そして、歩きながら言葉を繋げた。
「息子はもう君を覚えてはいない
それなのに君は謝りたいと?
何の意味がある?
ただ君が息子に謝り、息子はその理由を知らない
これに、君の自己満足以外何があると言うんだ?」
「……それでも!そうだとしても、僕はエルムに謝らなければ……」
「今の君に話すことなんぞ何も無い
時間が無いんだ、早く立ち去れ」
「ッ!!」
「聞こえなかったか?」
「聞こえてます……でも!ここで無かったら僕は!
僕はどうすれば!!」
「それは俺の知ることではない
そうだな……君の覚悟が変わることがあれば、君の理由が変わることがあるのなら
息子……いやエルムの事だけは教えてやる
まあ、覚悟次第だがな」
「エルムの事を知っているなら何故──」
「『転送』」
ニルの言葉はノートルの転移魔術によって途切れ、そこには再びノートルは一人となった。
その表情は暗い
「謝りたい……か
間違いではないが……
それじゃあ、助けられないんだよ
…17は
もう……後がないんだ
…彼女が来る
…もう…来てしまうんだ!
狂乱と壊滅の女神が
エルムの母が
バリィエレイズが
世界と神界を壊す為に
降りて来る……」
彼女が、
──ニルがそれらを知るのはそれから半年後のことである
──だが、尽神は完全に目覚める…
……悪い方向に