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第四話 挑発と提案

斧使いの男視点から始まります。

 


 その青年は静かに無防備に立っていながら、

 嘲りを込めた薄笑いを浮かべ、

 馬鹿にした調子で話した。


 ジェイは青年を知っている。


 五年前、突然アルテミスに現れた彼は、

 誰彼構わず喧嘩を仕掛ける狂犬だった。

 最初に現れたのは僅かな間だったが、

 夜の街を縄張りにしていた腕自慢は皆、

 彼の手で地を這わされた。


 ジェイは絡まなかったが、

 その戦いは目にしていた。


 殴りかかってきた手足を掴むやいなや、

 相手の身体に気を流したかのように、

 ふわりと浮かして地に叩きつけていく。

 痩せ細った身体がゆらりと傾くたびに、

 取り囲んだ輪が崩れていく。


 何より恐ろしいのはその表情だ。

 相手の骨を折る時も自分が殴られる時も、

 薄笑いを絶やすことがないのだ。


 ちょうど今のように――


 やっぱり完全に人殺しの目じゃないか。


 暗殺者の技術だというが……

 どこまでが本当なのだろうか。


 気分がどんどん重くなる。


 ジェイは人間が苦手だ。政治が苦手だ。

 魔物となら幾らでも戦ってやるのだが、

 人間が相手となるとどうしようもない。


 ハリー・ケインのじいさんは、

 あんな狂犬野郎でも、

 上手くあしらえるんだろうな


 俺はだめだな。

 笑うしかない。


 タッパもガタイもある。

 こうして黙っていれば、

 誰もが気難しい危険な男と誤解してくれる。

 助かるっちゃあ助かるけど、

 そういうふりをしていると、

 たまに用心棒のような立場になってしまう。


 今もそうだ。


 そういう役割を期待されても困る。

 こういう時、自分にできるのは、

 実力を見せつけることだけだが、

 ラッカードの思い通りになってはいけない。


 痛い目に遭わせても、あの薄笑いで耐えて、

 肉を切らせながら骨を断ってくる、

 そういうイカれた奴だ。


 ここにいる傭兵全員でラッカード一人だけを、

 袋叩きにするなら何とかいけそうだが、

 後ろの二人がそれを黙って許すとは思えない。

 あれほどの剛力を具えた魔物憑きに、

 格闘戦の間合いで勝てるはずもない。


「ジェイさん! やっちまいましょうや!」


 傭兵たちが叫ぶ。


「ガキどもに思い知らせてやりましょう!」


 お前らは……


「大人気がないな」


 ラッカードが更に煽り始める。


「誰も別に舐めちゃいない。

 失態を恥じるのはいいが、

 だからって誰かに侮辱されていると思うのは、

 少しばかり子供っぽいんじゃないかな」


 完全に先に手を出させようとしている。

 殴り合いで決着させるつもりなのだ。

 今やっているのはアリバイ作りだ。

 殴ってきたんで仕方なく応戦したんだ。

 そんな言い訳を作ろうとしている。


 どうしたらいい?


『お前ら、このままじゃあいけねえな。

 陰口ばかりというのもつまんねえし、

 かっこわりいじゃねえか。

 かたぁつけてこいよ……』


 酒の席で愚痴を言う傭兵たちに、

 老人が言ったのが始まりだった。


『ガキが二匹、怖い訳はねえよな』


 その挑発に傭兵たちは退路を断たれている。


『ジェイ、お前も行け。頼んだぜ』


 老人は無責任にもそう言ったのだ。


 どうしたらいいんだ?


 思いつく解決策は一つしかなかった。

 ジェイはラッカードの背後を見る。


 竜の変異持ちを押さえている少女は、

 不安そうに状況を見ている。

 彼女なら……



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



「フレア・スティールマン」


 男は僕を飛び越えて、

 後方に視線を向けた。


「勝負だ」


 その態度には落ち着きと喜びがあった。

 戦いへの期待を隠しきれていない。

 ……この男も僕と同じように、

 貧乏くじを引かされたのかと思ったが、

 それだけでもないのかもしれない。


「今はそういう時ではないと思います」


 フレアは男を見返す。


「俺とは戦えないのか?」


(どうしましょうか)


 最悪の場合、全員との乱闘も覚悟していた。

 一対一の決闘で済むなら悪くはないが……


(怪我をさせれば禍根が残る)


 この男は傭兵部隊の主力だ。

 できれば負傷させたくない。


(僕が対応しよう)


「状況が違う。あれはエンリックの依頼だ」


「お前は黙っていろ。お前は無関係だ」


「僕はフレアの保護者だ」


「お前がよしと言えばいいのか?」


 そうだ、と答えてしまえば、

 僕に勝負を挑んできそうだ。


「お前とフレアは戦い方の相性が悪い」


「何が言いたい?」


「もしも仮にだが、

 素手での戦いが条件だとしたらどうだ?

 もしお前がこの条件を呑むなら、

 僕は首を縦に振ろう」


 この条件が完全に通れば、

 フレアの勝利で終わりだ。

 男はピクリともせず言う。


「話にならん。

 本気の技を使えないなら意味がない」


「確かに、お前の本気の突撃なら、

 フレアでも無事では済まない」


「世辞はいらん」


 まんざらでもない様子に見える。

 周囲の傭兵もにやにやと笑った。

 僕は続ける。


「だが交差の瞬間に拳を置かれれば、

 自分の速さだけでお前は死ぬ」


 男の笑みが深まる。


「……勝負とはそういうものだ」


 あの戦い方ならそういう死生観もあるだろう。

 だがその感覚に付き合う理由はない。


「レイシャとは安全に競う余地があった。

 だがお前とフレアが技を競えば、

 どちらかが大怪我をする。

 そんな勝負を受ける理由はない」


 男は黙って僕を見る。嫌な沈黙だ。

 策を巡らす性格ではないようだが、

 黙って引く系統でもなさそうだ。


(純粋に勝負がしたいのでしょうか?)


 フレアが僕を見る。


(そうじゃないな。

 己の勝敗に拘りがあるようには見えない)


(では、どういうつもりなのでしょうか?)


(仲間の不満を解消するために、

 僕たちが負ける姿を見せようとしている、

 というところ、かもしれない)


 ここでフレアが負ければ

 傭兵たちも溜飲を下げる。

 苛立ちも落ち着くだろう。

 おそらくこの男は集団の安定のために、

 僕たちを生贄にしようとしている。

 そのためにフレアを直接叩く気なのだ。

 勝てる可能性の高い条件の勝負にしか、

 この男は乗らないだろう。


(断りきれないなら戦いましょうか?

 怪我をさせないよう手加減をして、

 負けが必要なら負けましょう)


 完全に優位のつもりでいるようだが、

 変異持ちの限界を守ったまま、

 あの速度に対応できるのか?


(駄目だ。この勝負こそ、

 勝っても負けても損しかない罠だ)


(ならどうするのですか?)


(そうだな……)


 もう長くは考えていられない。

 周囲の目が気になる。

 見世物を期待している表情だ。

 盛り上がってしまう前に、

 話を終わらせてしまいたいが……


(断るのではなく、

 条件をつけてみてはどうでしょう)


(どういうことだ?)


 フレアがかいつまんで説明した内容は、

 なかなかによくできたものだった。


(悪くない案だ。それで行こう)


 聞き終えた僕は頷く。

 フレアが立ち上がる。

 そして斧男に言った。


「別のもので勝負するのはいかがでしょうか?」


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