第六話 銃と火薬
翌朝――
スターライトの照射が始まった頃、
僕とフレアは技師街のカルロの店を訪れた。
朝は時の流れが停滞している。
寝ぼけ顔で作業場の準備をする技師の間で、
老人は既に準備万端の店先に座り、
機械をいじり回していた。
「用意は済んでおるぞ」
老人はあごで示す。
店の奥には二つのかごがあり、
山師の道具が整理されて並べられていた。
僕は状態を確認する。
それぞれの装具は丹念に手入れされており、
消耗品も信頼できるものが揃えられていた。
「文句のつけようがないな」
「時間を惜しまなければ、
誰でもできる程度のものだがね」
老人は嬉しそうに笑う。
「謙遜も過ぎれば意味を失う」
「そうかの?」
老人はとぼけた。
僕らは装具一式を身につけ始める。
僕は作業を続けながら尋ねた。
「カルロ、聞きたいことがある」
「何だね?」
「ブラッド師はなぜここに来た?
わざわざ技師街まで、
遊びに来た訳じゃないんだろう?」
皺だらけの老人はじろりと僕を睨む。
「それは貴族の飼い犬としての質問かね?」
「今の僕は天涯孤独の山師さ。
ただ関わったことには始末をつける主義でね。
昨日の暗殺者について調べてみたんだが、
そうすると幾つか面白いことが分かった。
暗殺者の素性についてだ」
「ほう!」
老人は好奇心に鼻息を荒くする。
少し考えて、話し始めた。
「何を期待しとるのかは知らんが、
依頼されたのはただの武器鑑定だ。
どこぞの誰かが落としていった銃から、
素性がたぐれないかという相談だの」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
太陽系時代、
火薬式の銃は既に古代の遺物であり、
歴史劇に登場する小道具でしかなかった。
少なくともベルト地帯について言えば、
その製造技術は完全に失われ、
その存在も忘れ去られていた。
しかし銃という兵器の着想は単純だ。
身の安全を確保しながら、
敵を一方的に攻撃したい。
その欲望の具現である。
それは投石や投げ槍から弓へと繋がる、
遠隔地から加速した物体を当てる技術が、
必然的に到達する終着点の一つだった。
また火薬式の銃の構造は、
宇宙時代の兵器と較べると非常に単純だ。
片側の閉じた耐圧性のある頑丈な筒に、
弾丸となる金属塊と加速に用いる火薬、
そして火薬を爆発させる機構があれば、
それなりに実戦で使えるものができる。
その威力は人間が腕力で操る武器の比ではない。
退行したベルトの文明では十分な戦力であり、
再発明は必然だった。
加えて金属製品としての原始的な銃は、
それなりに創意のある技師が手間をかければ、
十分な設備がなくとも製造は可能である。
かつて幾人もの技師が思いつきを形にした。
だがそれらは全て試作の段階に留まり、
実用に至ることはなかった。
最大の問題は火薬だった。
ベルトでは原料となる物質が希少すぎたのだ。
銃がベルトの実戦で使われるようになったのは、
ネオブッディズムの僧兵部隊が、
火薬を内蔵した完成品の銃弾とそれを放つ銃を、
セントラルから輸入するようになった後だった。
そして銃の形態は必然的にその弾丸に制約され、
筒の口径、点火機構の仕組み、装弾方法、
全てがその弾丸によって規定された。
ベルトで再発明された原始的な銃は失われた。
現在ではセントラルから輸入された拳銃か、
同じような構造の模造品ばかりとなっていた。
「以前にも同じような襲撃があったのか?」
僕の問いに老人は頷く。
「二ヶ月ほど前にも一度。
狙われたのは別人のようだがね。
そう言えば、その時もお前は関わっていたな」
僕は少し考え、
遙花が到着した際の襲撃を思い出す。
「あれか。何か分かったのか」
あの時は独立派の仕業だと思ったが、
そうではないのだろうか。
老人は首を振る。
「暗殺者の持ち物だ。
出自を明かすようなヘマはないのう」
「印章は見てみたのか?」
「もちろん最初にな。
印章と通し番号は影も形もなく、
削り取られた痕跡もありはしなかったよ」
セントラル製の銃をコピーするためには、
かなり高度な設備と技術が必要だ。
その限られた工房で作られた銃には、
設備ごとの印章と通し番号が刻まれている。
「正規品ではないってことだな。形状は?」
セントラル製の銃は例外なく、
機能性を無視した意匠が施されている。
セントラルの銃は芸術作品扱いなのだ。
そしてベルトで製造される銃は実用品だ。
それは極限まで簡素化される。
だがその簡素化がまた一つの個性となる。
密造銃の製造元は謎に包まれているが、
形状から幾つかの分類がなされていた。
「参考にはならんね。
典型的なスワルガモデルの特徴を示していた」
スワルガモデルは、
完全コピーではない簡易化モデルでは、
もっとも早期に発生したものの一つだ。
グリップを筆頭にその特徴的な形状は、
容易に確認することができた。
「では弾丸はどうだ?」
「無論、正規品だね」
「追跡はしたのか?」
一応尋ねる。
セントラル製の弾丸にも、
製造番号は刻まれている。
「配給を受けた僧兵部隊から、
まとめて盗難されたらしい」
「そんなところだと思った」
銃弾の需要は大きい。
闇市場の価格は高止まりしており、
大量の横流しを引き出し続けていた。
「それで」
と老人は僕を睨む。
「お前の掴んだ情報は何なんだね?」
僕は答えた。
「奴らの足取りをたどってみた。
準備に時間をかけていたのか、
案外と目撃されていたようでな、
四日前に門を潜ってから技師街に集うまで、
どこで飯を食い、どこで用を足したかまで、
全て調べ上げることができた」
「一晩でか。相変わらず手早い」
「眠る時間もなかったがな。
それでだ、実はその門を潜った四日前、
奴らはとある自由商人と接触していたらしい」
「ほう。自由商人とな」
老人は目を細める。
「ああ」
僕は頷く。
「その黒幕はどこのどいつだね?」
「ジョセフ・カーウィン」
老人は目を剥く。
「冗談であろう?」
僕は続ける。
「本人ではない。
だが商会の末席に連なる木っ端商人だ」
「間違いないのか」
「知っているだろう。
僕は一度見た顔は決して忘れない。
三年くらい前からジョセフの下にいる奴だ。
少なくとも外見の特徴は全て合致している」
老人は呻いた。
「カーウィンめ、何を考えておるのやら」
僕はカルロに尋ねる。
「ジョセフの動機の見当はつくか?」
僕は困惑していた。
ジョセフ・カーウィンは、
必要なら暗殺も躊躇わぬ非情さを持つ男だ。
だがブラッディ・ブラッドを殺すことで、
ジョセフはいかなる利益を得るのだろうか。
老人は首を振る。
「分からぬ。お主はどうだ?」
「僕も全く想像できない」
法僧の権威は柵の内に働く。
自由商人は柵の外の存在だ。
「その情報、裏付けは十分なのかね?」
「困ったことに複数の証言がある」
「困ったものだね」
僕とカルロは目を合わせる。
「ラッカードよ。確認のために訊いておくが、
この件にまだ関わる気があるのかね」
「もうこの辺りで手を引きたい気分だよ。
危険な匂いがする上、
関わっても何の利益にもなりそうにない。
別件の仕事がもう入っているしな。
だがそれがまたカーウィンの関連なんだ」
「それは困ったことよな」
「情報はサービスだ。
しばらくアルテミスを留守にするから、
僕が帰ってきた時に状況を教えてくれないか」
「わしは情報屋ではないぞ」
「嗅ぎ回るのは嫌いじゃないんだろう?」
「ふむ。聞き耳は立てておくが、
老人の慰みだ、期待はするな。
だがお前の土産話には期待しておるぞ」
老人は言葉とは裏腹に楽しそうに笑う。
「こちらこそ期待してくれるな。
だが最低限のことは嗅ぎ回って来るさ」
僕らは装具を身に纏うと店を出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
十分後――
ジャスミンの工房は、
技師街の中心から離れた裏通り、
傭兵たちの拠点に隣接する区画にあった。
周辺には傭兵向けの鍛冶師が軒を並べている。
その中を歩いて店先までたどり着くと、
工房はまだ開いてもいなかった。
「ジャスミン、いるか!」
表で声をかけるが姿はない。
扉を軽く叩くが、物音一つ返ってこない。
扉の鍵は閉まっていなかった。
そのまま入り込む。
フレアは僕に続きながら言う。
(無断で入っていいのですか?)
その声には非難がこもっている。
僕は振り返り、軽く言う。
(奴が目を覚ますまで、
のんびり待ってやろうってのか。
そこまで気になるのなら、
お前だけ外で待っていればいいだろう)
フレアは目を細めた。
(あなたを一人にする方が心配です)
納得したようなので僕は前に向き直った。
作業場は整理整頓されているが、
奥の居住スペースは雑然として汚らしい。
その奥から微かに寝息が漏れている。
僕は暗い屋内を見通して言った。
(侵入者対策の罠がある。
大したものじゃないがひっかかるなよ)
(分かっています)
僕らは罠を避けて奥へと歩いていく。
フレアは僕の動きをなぞるように続いた。
居住スペースまでたどり着いて奥を覗く。
(ひどいものですね)
フレアが絶句する。
居住スペースの一番奥には寝室がある。
入り口近くには、
帯状の服がぽいと脱ぎ捨てられている。
寝床の上では、真っ裸のジャスミンが、
毛布にくるまって寝ていた。
ほどよく引き締まりながら、
出るところの出た身体は美しいとさえ感じる。
だがあまり色っぽいとは感じない。
僕にとっては見苦しいだけである。
何よりこの女の裸は見慣れているものだった。
枕元には酒瓶とつまみが放置されており、
その手元にはフレアの防具が散らばっている。
フレアはその一つを手に取る。
(これは……?)
フレアは訝しげに指を確認した。
糸を引いている。
フレアの視線は部屋の中を彷徨い、
隅に積んである春画に目を留める。
そこにあるのは女性だけが、
絡み合っているものだった。
(どうしたんだ?)
(少し汚れて……
粘っているようですが。これは体液ですね)
フレアが呟く。
彼女に感情が本当にあるのかは知らないが、
その声音は明らかに冷ややかなものだった。
僕は嘆息する。
やっとこの鈍いロボットも、
ジャスミンの悪癖の正体に気付いたらしい。
周囲の物音に気づいたのか、
ジャスミンが身じろぎする。
「ふぉあぁああ…… フレアちゃん?」
目を覚ましたようだ。
「お邪魔しています」
フレアは微笑む。
「え?」
「寝坊だぞ、ジャスミン。
わざわざ起こしにきてやったんだ。
目を覚ませ。そして仕事を始めてくれ」
「へ? ラッカ? あれ?」
ジャスミンは呆けた顔で硬直した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二十分後――
僕らは広い作業場に集合していた。
着替えたジャスミンは床に座らされていた。
その後頭部をフレアは立って見下ろしていた。
僕は少し離れたところで観察する。
フレアを止める気は全くなかった。
「どうして、こんなことをしたのですか?」
フレアが冷たい声音で問う。
その手元には防具が摘まれている。
ジャスミンはおどおどとそれに答え始めた。
「その何というか…… 出来心だったんだよ」
要領を得ない言い訳を聞きながら、
僕は眠気を抑えきれなくなっていた。
昨夜は情報収集のため一睡もしていなかった。
(フレア、僕はしばらく休む。
説教と防具の修理が終わったら起こしてくれ)
(時間をかけるつもりです。よろしいですか)
ロボットのくせに妙なところで融通が利かない。
いやロボットだからこその頭の固さか。
ジャスミンにはいい薬だろう。
(しっかり頼む)
(任せてください)
力強い答えを聞くと、
僕は腰を下ろし壁にもたれかかる。
「おい、このラッカ、
そんなところで寝ないで何とかしてくれ!」
「カーライルさん、
私の話を聞いているのですか?」
「は、はい。
うう、ラッカのうすのろの薄情者め!」
全ては自業自得である。
ジャスミンの罵声を聞き流しつつ、
僕はフレアの説教を子守歌に眠りについた。




