第十五話 シモン派の暴走
僕は焼け落ちた教会を前にフレアに声をかける。
(僕は中を見てくる。その間、少年の護衛を頼む。
ここを襲った敵がまだ周囲にいるかもしれない)
(分かりました)
フレアが警戒態勢に入る。
僕は銃を構えると教会の中を見て回った。
誰も残っていない。
襲撃者の姿もない。
一分ほどで全体の確認を終える。
戻ってきた僕は少年に目を向けた。
少年は教会の前で座り込んでいる。
やっと息が整ってきたようだが、
憔悴した表情はそのままだった。
「少年、話はできるか?
ここで何が起きたのか。
それを知っているのは君だけだ」
少年は頷くと、ふうと息を吐いた。
「ナイジェルからあんたらのこと、
トビーの仇をとってくれたって聞いたよ。
ありがとな」
「感謝は後でいい。
それよりもさっさと状況を説明しろ」
僕は低い声で言う。
「ご、ごめん。
一時間ほど前だったかな。
突然、武装したアブラハムの奴らが来たんだ」
「……武装の種類と、人数は?」
「人数は三十人以上。
武器は拳銃ばかりだったけど、
槍を持っている人もいたかな」
「ありがとう。その後のことを続けてくれ」
「奴ら、教会をいきなり取り囲んで、
教会にいた子供を捕まえ始めたんだ。
俺はそこまでしか見てないから、
後はどうなったかよく分からないだけど、
たぶん捕まって連れて行かれたんだと思う」
「少年もここにいたのか。
どうやって逃げ出したんだ?」
「ナイジェルさんが逃がしてくれた。
その時に頼まれたんだ。
無名墓標の社にいるあんたに伝言をさ」
「僕に伝言を?」
「ナイジェルさんはこう言ってた。
子供たちの安全を確保してほしい。
報酬はあんたが望む額でいいって」
僕は目を細めた。
ナイジェルめ、大きく出たな。
なりふり構っていられない状況ということか。
だが、それは僕も同じだった。
「遙花も連れ去られたのか?」
僕は少年を見る。
少年は僅かに悔しげに頷いた。
「アブラハムの目的は何だ?」
少年の肩に力がこもる。
だが俯いたまま話そうとしない。
僕はぐいと少年の頭を掴み、
強引に上を向かせ視線を合わせた。
「黙っていては分からない」
少年の頬が僅かに赤くなる。
僕の手を振り払うと少年は顔を背けて言う。
「あいつら、たぶんシモンの子飼いの連中だ。
話していた内容からすると、たぶん、
アブラハムの先代の子を探してたんだと思う」
「先代の子はトビー以外にもいたのか?」
少年は頷く。
「教会にいたのか」
「そうだよ」
「アブラハムは知っていたのか」
「十五年前にナイジェルが、
十三歳のトビーと生まれたばかりの赤子、
先代の子二人を引き取ったのは、
有名な話だから誰でも知っていると思う。
でも分かるのは十五の女だってところまでで、
顔は分からないと思う」
「連れ去られた子供の中に該当者は何人いる?」
「四人。……あの子も含めてだけどな」
僕は歯噛みする。候補者が少なすぎる。
正体を突き止めるにも時間はかかるまい。
全員を殺しても面倒のない数だ。
時間をかける訳にはいかない。
遙花は完全に条件に当てはまっている。
いつどうなってもおかしくない。
僕は状況を考える。
優先順位を決めておこう。
第一目標は遙花の安全確保だ。これは譲れない。
第二目標がナイジェルと子供たちの安全確保だ。
「それにしても面倒だな」
僕は呻く。
「先代の子さえ捕まっていなければ、
やりようは幾らでもあるんだがな」
「そうなのか?」
「ああ、奴らの狙いは反シモン派への牽制だ。
先代の子を捕まえに来たということは、
アブラハム内の権力闘争で、
先代の子を推す派閥が生まれており、
シモン派がそれを、
正面から抑えることができていない、
ということの証だ。
だがこうして身柄を押さえた時点で、
牽制としては成功している。
人質として使い、
反シモン派を従わせることも可能だ。
もし抵抗しても、
トビーが英雄となった今、
その妹まで殺してしまうと、
アブラハムの評判は地に落ちる。
反シモン派も攻勢は緩めざるを得ない。
シモン派の意見は通りやすくなるだろう。
最悪殺してしまっても、
損を被るのはアブラハム全体だ。
シモン派だけの損になることはもうない。
とりあえず身柄を確保できた時点で、
もう奴らは目的を達しているんだ。
僕のつけ入る隙はない」
「戦って取り戻すことはできないのかよ」
「シモン派は強力だ。
僕たちだけでは相手にならない。
そもそも向こうは人質を取っているんだ。
どうやって戦うつもりだ?」
「じゃあさ、
先代の子供が捕まってなかったらどうなる?」
「何らかの取引はできるだろうな」
それから僕は少年を見つめた。
「まさか捕まっていないのか?」
少年は頷く。
意を決したように僕を見つめて、言う。
「だって俺がそうだから」
「お前は男だろう」
「女性ですよ」
フレアが口を挟む。
「なんだと?」
「さきほど抱えた時に、
感触の違いから判別できました。
なぜ男性のように振舞うのか、
不思議に思っていましたが、
女性であることを隠すために、
敢えてそうしていたのですね」
僕は少年の身体を見直した。
少年としては痩せた身体も、
中性的な顔立ちも、
頼りなさそうな高い声も、
言われてみれば納得できる。
僕の視線に少女は少し顔を赤らめる。
「俺はキリーン・ビショップだ。
少年じゃない。でもナイジェルさんが、
女に見えないうちはそうしておけって」
僕は笑う。
少女は僕の視線に僅かに怯えながらも、
まっすぐに見返してくる。
「そうか、キリーン、では訊くが、
君は皆のために命を賭ける覚悟はあるか」
キリーンは静かに頷く。
「もちろんだぜ」
僕も頷く。
「ならば救出作戦を始めよう」
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
「キリーン、シモン派たちの行き先は分かるか?」
キリーンは首を振る。
「分かんないよ。俺は逃げるだけで精一杯だった」
そこでフレアの声が聞こえる。
(トランスポーターの部品がありませんね)
フレアは教会内を見回っていた。
(現在の所在地は分かるか?)
(隠してある他の部品があればすぐに)
僕は少し考える。
連れて行かれた子供たちと一緒の可能性は高い。
このいつ襲われるかも分からない状況で、
護衛がなくなるのは恐ろしい限りだ。
だが可能性は生まれる。
(所在地を確認してきてもらって構わないか?)
僕は教会から出てきたフレアの様子を見る。
彼女は僕から片時も離れることはなかった。
その意思を曲げてくれるだろうか。
(問題ありません)
フレアは迷うことなく答える。
その迷いのなさが不自然だった。
(僕を一人にしていいのか)
(どうせ何もできませんよ)
フレアは微笑む。何が起きているのか僕は悟る。
(お前の通信は、今どこまで通じる?)
(あなたのご想像にお任せします)
フレアは朗らかに言う。
僕は舌打ちした。
(僕は独立派の手を借りて、
アブラハムと取引する段取りを整えよう。
危険な状態なら遙花だけでも救出してほしい。
余裕があるようなら待機して連絡をくれ)
(人質の所在を確認すれば、
その時点であなたに連絡します。
単独で制圧できそうならそうしましょう)
フレアは走り去った。
「あの人、いきなりどうしたんだ?」
キリーンが不思議そうに問う。
僕ははぐらかす。
「あいつにはあいつの仕事がある。
僕たちには僕たちの仕事があるようにな」
そしてキリーンを連れて独立派の元に急いだ。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
ケイマンに連絡がついたのは一時間後だった。
無名墓標の社の中、
門から近い座敷に僕とキリーンは案内された。
「どうしたんだ?
さっき別れたばかりじゃないか」
相対するケイマンが言う。
「力を借りたいことができた。
この娘に関係したことでね」
僕は状況を説明した。
アブラハムのシモン派が、
トビーの妹を確保するため、
教会を襲い子供たちを誘拐したことである。
ケイマンは話を聞き終わると言った。
「私個人としては手を貸したい。
だが独立派の一員として、
利益のない状況で動くことはできない。
ろくでもない解決の仕方だとは思うが、
他の組織の内部には関わらないのが決まりだ。
それに最後は力ずくということになるのだろう。
やっと名誉回復できた現状で関わりたくないね」
「そうだろうな」
僕は頷く。そこに声が響いた。
『私は手伝っても構いませんよ』
「リディアか」
『はい』
声は部屋の外から聞こえていた。
『トビー様の妹さんを助けるためであれば、
私が出ても問題ないと思いますし。
そもそも私は独立派ではありませんので、
何をしても組織にはあまり関係ないでしょう』
「確かに嬢ちゃんが何をしようと私は関知しない」
ケイマンはそれだけを言って笑った。
「感謝する」
そこで連絡が来た。
(所在地に到着しました)
フレアの声に距離による乱れは感じない。
(場所はどこだ?)
(先日の取引会場です。
厳重な警戒が敷かれていて、
発見されずに潜入するのは不可能に近いですね)
(内部の状況は分かるか?)
(正確に判別はできませんが、
子供のような大きさの人間がまだ十七人います。
ほとんど無事と考えてよいでしょう。
幾つかの部屋に分けられ、
閉じ込められているようですね。
成人は三十八名ですね。
そのほとんどが武装しています。
拳銃を越える強力な火器も幾つか見えています。
強行突破も難しいでしょう)
(それだけ分かれば十分だ)
僕はケイマンを見る。
「ケイマン、情報網を使わせてもらっていいか」
「構わないが何をする気だい?」
「シモン派にこう伝えたい。
ナイジェル・コールドブラッドの代理として、
人質交換の取引を希望する。
先代の娘と誘拐した教会関係者を交換したい。
もちろん一人でも欠けていれば取引は中止だ。
そのかわり場所と時刻はそちらに任せるとな」
「ほう」
ケイマンは笑う。
「アルテミシアの名はいらないのか」
「不要だ。
最初から公正な取引などする気はない。
無法者どもを釣り上げるための方便だ」
「やってみるといい」
ケイマンは笑う。
そして連絡が伝えられる。
シモン派はすぐに回答を返してきた。
使いを出してから、三時間しか過ぎていない。
取引の時刻の指定も今から四時間後と急である。
「随分と困っていたようだねえ」
「まともな計画もなく、
勢いに任せて行動するからだ」
僕はケイマンに謝礼を渡すと、
キリーンと共に取引場所へと歩く。
(フレア、聞いていたな。
僕が着くまでに取引場所の状況を調べてほしい)
(分かりました)
ついで人気のない場所で足を止める。
「リディア、聞こえているか」
『はい』
天井の闇の中から強化外骨格が降り立つ。
「手助けに感謝する。だが動くのは、
そちらで問題とならない範囲にしてほしい」
このリディアという人物は、
単純な性格に見えて、
得体が知れない部分がある。
本当に子供っぽい性格なのか、
子供を装っているだけなのか。
確かにあけすけなのだが、
最終的な行動選択には、妙に知性を感じた。
感じるとおりの人物ではない。
そんな僕の心配をよそに、
リディアはくすりと笑った。
『大丈夫です。うちも結構適当なのです』
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
取引場所は資材倉庫と思しき空間だった。
砲塔跡から五百メートルほど離れている。
天井は何らかの爆発で大きく開口していた。
そこからはスターライトが入り込んでいる。
社を出てから二時間ほどかけて、
僕とキリーンはその場に到着した。
シモン派は既に待ち構えていた。
総勢三十人である。
集まっていた敵の大半は誘き出せたようだ。
フレアの話にあった重火器は、
さすがに持ってきていないようだが、
その懐に拳銃があるのは確定している。
生かして帰す気のない人数だ。
そして予想通り人質はいない。
僕は吼える。
「人質はどうした!」
返答は武装した構成員の後ろからあった。
「先代の娘はどこだ!」
シモンのように暗殺されることを怖れて、
姿を隠しているのだ。
僕の後ろにいるキリーンがその娘だとは、
気付いていないようだ。
「人質の無事を確認させろ。
話は全て、それからだ!」
僕は返す。
返答はない。だが動きはあった。
構成員は大きく包囲するように、
僕らの退路を絶とうとする。
そして一部は直接僕らに向かってくる。
「たった二人だ! 生け捕りにしろ!」
最初から人質交換などする気はなく、
僕らを確保することが狙いだったのだ。
ろくでもない奴らだった。
だがそれでいい。
転がるように遮蔽物の陰に逃げ叫んだ。
「リディア、頼む!」
『任せてください』
その瞬間、がごんと大地が悲鳴を上げた。
鋼鉄の魔物が天井の亀裂から降り立つ。
シモン派の男たちは、
唐突に出現した強化外骨格の凶悪な姿に、
呆然と足を止めている。
僕は瓦礫の陰に隠れて叫ぶ。
「覚悟はできているだろうな!
先に手を出したのはお前たちだ!」
掃討戦が始まった。
リディアの動きは華麗だった。
鈍重そうな外骨格は、
まるで踊るように戦場を駆けながら、
的確に男たちを打ち倒していく。
その操作腕が繰り出す打撃は、
十全の手加減で、
必要以上に傷つけることなく、
しかし昏倒させるには十分な威力を、
維持し続けている。
外骨格を手足同然に扱えることは前提に過ぎず、
彼女自身に達人の腕がなければ、
不可能な立ち回りだった。
おそらくリディアという人物は、
情報工作員というよりは、
高度な戦闘技能者なのだろう。
決着は近い。
僕はフレアの方に意識を移した。
(フレア、そちらはどうだ?)
頭の中で尋ねる。
(門を突破しました。
内部の制圧にかかります)
答えはすぐに返って来る。
今のところ、全てが予定通りで順調だった。
うまく進みすぎている現状に恐怖を感じる。
だが策は全て動き出した。
後は待つしかない。
僕は戦況の変化を見つめた。




