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第五話 破戒都市

 


 次の日の朝――


 僕とフレアはいつもどおりの日課を済ませると、

 事務所に寄った。

 旅の道具を身につけて、武器と弾薬を補充する。

 最後にそれらが目立たぬよう、外套を被り、

 そしてアリスと遙花に一時の別れを告げた。


「じゃ、行ってくる。

 遙花ものんびりしていってくれ」


「は、はい」


 遙花が呆然と答える。


「あたしに何か言っておくことはないかな?」


 寝ぼけ眼のアリスの髪には、

 寝癖がつきっぱなしだった。


「もっと働いてくれ」


「めんどくさい」


「そう言うと思った」


 僕は笑う。


「遙花を頼む」


「それでよし」


 アリスは力強く頷いた。

 こんな時の彼女は、

 彼女に任せておけば、全てうまく進む、

 そんな気にさせてくれる貫禄に溢れている。

 実体が伴わないのが厄介なところだが、

 ないよりは、ましだろう。

 僕は背を向ける。

 その背中に声がかかった。


「あ、あの、兄さん、どういうことですか?」


 振り返ると遙花が泣きそうな顔で、

 僕の隣のフレアを見ている。


「この仕事は二人で行く。言ってなかったか?」


「聞いてない! 聞いてないですよ、兄さん。

 で、でも、どうして二人で?」


「必要だからだ」


「護衛なら、私だって!」


 フレアの戦闘能力も当てにはしている。

 その点では確かに遙花も護衛として十分だが、

 そうではないのだ。


「詳しくは言えないが、

 フレアの技術者としての腕が必要なんだ」


 何より遙花をこういう後ろ暗い仕事に、

 関わらせたくなかった。


「もうそろそろ時間だ」


 そう言って僕は歩き出した。


「ま、待ってください!」


「……アリス、頼む」


「了解。ハルカ、わがままは駄目だよ」


 アリスが押さえる。

 遙花は抜け出そうともがくが、

 アリスはそれを難なく封じ込んでしまう。

 僕らはその間に門に移動した。



 ベルト地帯での移動は、

 直線距離はさほどでもないが、

 魔物の巣や瓦礫の山、巨大な亀裂を避けて、

 まともな道を通っていくとなると、

 途端に距離が倍加する。

 それを踏破するには、

 徒歩では時間がかかりすぎる。

 故に手段は準備済みである。


 門の脇には既に偽竜が仕立ててある。

 大半の偽竜は資材運搬に使われ、

 ゆっくりと歩むものだ。

 だがそれは走れないということを、

 意味するのではない。

 ただ速く走るために育てられた偽竜も存在する。

 アリスが運送屋組合に手配したそれに乗り、

 僕らは街道をひた走った。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 門を出発してから、街道を進むこと三日。

 僕とフレアは、目的地を視界に入れた。


 破戒都市スワルガ――

 四大都市の中でも、

 最も救われない悪業の都市。


 それは鋼鉄の大地に座礁した、

 巨大な戦闘艦の残骸であった。


 巨大と言っても、セントラルほどではない。

 嘴の先から尾羽まで三キロほどの中型艦である。

 その装甲版の一部は、遠目にも破損している。

 何百年過ぎたとして、

 宇宙艦の外壁を破る手段はベルト住民にはない。

 座礁の元となった被害部分だろう。

 その破損箇所がベルト住民の進入口となった。


 内部の機構は完全には死んでおらず、

 幾つかのシステムは再生されている。

 特に隔壁は重要視され、

 それが内部の勢力図を画す役割を果たしていた。


(あれは私たちの使った船ですね)


 偽竜の鞍の上から遠望したフレアが言った。


(どういうことだ?)


 この船がどこから来たのか。

 それを知る者はいない。

 貴族の中にさえ、そんな伝承はなかった。


(トールハンマーの歪曲空間防壁を突破する際、

 私たちはあれに乗っていたのです。

 突破後は損傷が激しく、私たちは脱出したため、

 その後どうなったのかは知りませんでしたが、

 不時着していたのですね)


 そういう経緯とは……

 確かに大陸の随伴艦は、

 最大でも五百メートル級だった。

 外からこんなものが訪れる機会など、

 僅かしかないだろう。


(まだお前の仲間も、いるかもしれないな)


 僕は笑う。

 いるはずがない。

 今はもう、ここも人間の都市でしかない。

 だがフレアは険しい顔で黙り込んだままだった。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 都市の間際まで迫る。

 見上げるような船体。

 その巨体からは物理的な圧力さえ感じた。

 だが現在のスワルガ市の規模は、

 その巨大な船体内の空間にさえ、

 入りきるものではない。

 溢れた人は艦の足元に、

 バラック街を形成していた。

 バラックを偽竜で抜け運送屋組合を探す。

 組合で偽竜を返すと僕たちは船体に入り込んだ。


 都市の中は狭苦しい。

 多くの壁は取り外され、

 広い空間が作られている。

 だが除去しきれていない柱やパイプがまだ、

 船内には蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。

 その中を僕たちは歩く。

 この都市には一度来たことがある。

 地理は分かっているはずだったが、

 さすがに混沌の天国と呼ばれる都市だけはある、

 三年前の記憶はもう当てにならなかった。

 それに街は妙に騒がしかった。


(祭りでもあるのでしょうか)


(さあな)


 僕は人ごみの中を歩むと、

 山師の集まる空気を探す。

 そして獲物がやってくるのを待った。

 それほど時間はかからなかった。


 釣り針にかかったのは、

 人ごみに紛れて懐を狙う犯罪者、掏摸である。

 静かに気配もなく伸びてきたその指先を、

 僕は掴んでひねると、

 その主をそのまま通りの隅へと追いやる。


 まだ十歳くらいの少年だった。

 無造作に刈られた黒い髪。

 栄養不足の痩せた身体に、

 擦り切れかけたシャツとズボン、

 その上に赤茶けた貫頭衣を身につけていた。


「いて、いてええ! はなせよ、こら!」


 暴れる少年を見下ろして、僕は言う。


「君は僕のものに手を出そうとした。

 その意味が分かるか。

 殺されても、仕方ないってことだ」


「な、なに言ってんだよ」


 僕は片手を懐に入れ、

 ホルダーに収まったナイフに触れる。


「な、ちょっと手を伸ばしただけじゃ……」


 少年はそれを視界の端に捉え震え上がる。


「や、やめろよ」


 少年が抗う意思を失ったのを確認して、

 僕は少年を解放した。


「もし僕がマフィアだったら、

 これだけでは済まなかった」


 少年は腰が抜けたように座り込む。


「頼みたいことがあるんだがいいかな」


 少年はおずおずと頷く。


「ナイジェルという男を捜している」


 少年の表情が変わる。


「そうか」


 僕は頷く。


「やはりな。子供に聞けば分かると思っていた」


「……お前、ナイジェルさんに何の用だ」


 少年の目が剣呑な光を帯びる。

 その視線を正面から受けて返す。


「古い友人だよ。

 知恵を借りに来ただけだ。

 彼のところまで案内してくれないか」


「……分かった」


 少年は諦めたように歩き出した。

 僕とフレアは、その後ろに続く。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 裏路地は、

 それなりに賑わっている表側とは様子が違う。


(なぜ、ここは病人ばかりなのですか。

 彼らはなぜ、放置されているのですか)


 フレアが尋ねる。

 僕は見ないようにしていたものを視界に入れる。

 裏路地には悪臭を放つ、

 ぼろぼろの男たちが転がっていた。

 眠っているわけではない。

 うすらとまぶたを開いて、

 うわ言のように何かを呟いている。

 その視線は茫洋と中空をさまよっている。


(こいつらはソーマ中毒者だ。

 このくそったれた都市では、

 おおっぴらにドラッグが製造されている)


(人はどこでも変わらないものですね)


 フレアは冷たく言い、目を背けた。

 案内の少年は、そんな人間の成れの果ては、

 当たり前すぎて視界にも入らないというように、

 すたすたと裏路地を通り抜けていく。

 路地を歩き、階段を上下し、

 十数分で着いたのは、薄暗い空間。

 その奥には朽ちかけた教会があった。


「呼んでくるから、ここにいろよ」


 少年は教会に入る。

 しばらくして一人の巨漢が現れた。

 神父風の黒服を着た、筋肉質の大男である。

 名をナイジェル・コールドブラッドと言う。

 巨漢は、ぎろりと鋭い視線を僕に向ける。


「久しぶりだな、ラッカード。

 うちの子をいじめてくれたようじゃねえか」


「先に手を出してきたのは、あの少年の方だ。

 狙う相手を間違えるバカの授業料としては、

 安すぎるぐらいだ。

 あれは腕一本とられてもおかしくなかった」


 僕の言葉にナイジェルは苦笑した。


「ちげえねえ。

 あのバカは学習しやがらねえんだ」


「変わらないな、ナイジェル」


 僅かに過去の記憶と重なる。

 この男には、多くの経験をもらった。

 だがナイジェルは表情を消した。


「ふん。貴族の犬が、俺に何の用だ?」


「情報が欲しい」


 僕は端的に答える。

 ナイジェルは目を細めた。


「仕事の話かよ。……ついてこい。

 その嬢ちゃんは、ここで待っててもらうぜ」


 僕の視線に、フレアは頷く。


(会話はここからでも聞こえます)


 そして僕は教会の中の小さな部屋で、

 ナイジェルと向かい合って座った。

 ナイジェルは、三年前にはもう、

 傭兵を廃業して情報屋になっていた。

 元来が顔の広い男だ。

 情報屋としての腕も、

 まずまずというところである。


「で、何が知りたい」


「重力を操作できるという武器の話だ」


「ほう」


 ナイジェルは厳しい表情を見せた。


「もう伝わっていたのか。

 さすがアルテミシアだ」


「知っているなら詳細を知りたい。

 いつどこで誰がどういう経緯で見つけたのか」


「どれだけ出す?」


「損はさせん」


「信用しよう」


 ナイジェルは頷いた。


「この話は元々、

 マフィアの中から漏れて来たものだ。

 欲をかいた愚か者がどう死んだか、

 という笑い話さ」


「どういうことだ?」


「発見者は若い山師で、トビーというお調子者だ。

 その馬鹿は、発見したものを、

 できる限りの高値で売り払おうとしたらしい。

 そのため無謀にも、アブラハムに一人で接触し、

 そして案の定、ブツと情報を奪われ、殺された。

 それだけのことだ」


 アブラハムとは、

 この破戒都市の支配集団の一つで、

 まだ十年程度の歴史しかない新興の組織である。

 だが、今最も勢いに乗っている組織でもあった。


 破戒都市スワルガは、

 ネオブッディズムの破戒僧の一人が、

 ここを己の修行場として定めたところから、

 始まったのだと言われている。


 彼はいかなる権力も好まなかった。

 彼の弟子である黄衣派たちも同様の立場を唱え、

 統治機構をつくらなかった。

 そして時が過ぎ、

 理想主義の結果は、ご覧の有様となった。

 結局は無法者の巣窟が一つ生まれただけである。


 更に時間が経つうちに、

 無法者のマフィアたちも、

 顔見知りの間のしがらみが増えていき、

 保守的になっていく。

 抗争にも暗黙のルールが形成され、

 それが明文化される。

 こうして、

 かつての荒くれ者も一種の官僚と化していく。

 事実上の統治機構が生み出されてしまうのだ。

 そして、今この都市は表向きは混沌、

 裏向きは実力者の合議制に近い、

 奇妙な均衡に達していた。


 マフィア集団は今日も、

 この街で覇を競い合っている。

 今では黄衣派もマフィアの一つになっていた。


「発見時期はおそらく七日以内だ。

 トビーが消えたのがそのあたりだからな。

 発見場所は、トビーの行動範囲からすると、

 日帰りで帰れる程度の近辺の可能性が高い。

 俺が知っているのはそこまでだな」


「ブツはどうなっている?」


「アブラハムは競売で売り払う予定らしいな」


「武器として利用する気はないということか」


「それも選択肢にはあっただろうが、

 今は金のほうが大事だと思ったんだろうな」


「どういうことだ?」


「宗主の選挙が近い。それで金が必要なのさ」


 向こうに手放す気があるのなら、

 それなりの金を払う用意はあった。

 許可も既にアリスから得ている。


「ナイジェル、悪いが、

 アブラハムへの伝言を頼まれてくれないか。

 アルテミシア商会が買い取りを希望している。

 受ける気があるなら、こちらから出向くので、

 場所と時間を指定してほしいとな」


 ナイジェルとの話を終えた後、

 僕とフレアは宿を取った。

 夕食をとった後、部屋で一息つく。


(この先、どうするつもりですか)


(もう初手は打った。

 今は反応待ちだ。

 すぐに来るとは思うけどな)


 数日中には連絡があるだろう。

 僕はそう予測していた。

 だが――


(確かに、すぐでしたね)


 次の瞬間、フレアが笑った。


(誰かが私たちを訪ねて来ているようです。

 もうすぐ扉の前に着きますよ。

 どうしましょうか)


 その頃には、僕も気付いている。

 相手は一人だ。


(穏便に挨拶しに来たのであれば、

 邪険にするわけにもいかんだろうな)


 扉がノックされる。


「何の用だ?」


「ナイジェル氏の紹介で来た黄衣派の、

 レイミアと申します」


 ナイジェルめ、早速情報を売ったな。

 僕は扉からの射線に入らないよう位置を変えた。


(フレア、扉を開けろ)


「どうぞ」


 扉が素早く開かれる。

 そこに立っていたのは妙齢の女だった。

 黄衣派独特の僧衣を着ている。

 武装は見る限り、所持していない。

 警戒もしていなかったようだ。


「あら、これはご丁寧に」


 女性は足を進めた。

 部屋のテーブルの席は二つしかない。

 一つを勧め、僕はもう一つに座る。

 フレアは扉の傍で待機させた。


「ラッカード様でいらっしゃいますか」


「そうだ」


「あまりにお若いのでびっくりしてしまいました。

 その若さで、貴族の商会の代表とは、

 すばらしい才能をお持ちなのでしょうね」


 女性はにっこりと微笑み、

 開口一番僕を褒めてくる。

 なよなよとした動きには

 一定の意図が感じられた。

 そして視線は僕の挙動を、

 しっかりと観察している。

 単独で出てきた大胆なやり口といい、

 油断ならない女のようだった。

 そこから僕は、女が帰るまで、

 本音を漏らすことを一切止めた。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 女が帰った後――


(結局どういう話だったのですか)


(金の無心さ。

 昼間、ナイジェルも言っていただろう。

 もうすぐ宗主の選挙があるんだ。

 宗主というのは、

 まともな統治機構のないスワルガで、

 衝突の際に間を取り持つ役目で、

 各勢力から調停権が与えられている。

 お題目はそんなものだが、

 要はこの都市の最高権力者だ。

 それを選び出すための場が近いってことだ。

 フレア、選挙というものを知っているか)


(その集団内の有権者が、

 一人一票の多数決で代理人を選び、

 ものごとを解決する仕組み、ですよね)


(その通り。

 ただしスワルガの場合は、

 金が票の代わりとなる。

 一番金を集められた奴が一番偉い。

 今までは信者層のお布施で、

 黄衣派が宗主を務めてきた。

 だが、今回は布施が思ったように集まらず、

 他の組織も、溜め込んだ資金をつぎ込んで、

 黄衣派を追い落としに来る状況らしい。

 で、言ってきたわけだ。

 今までさんざん言うことは聞いてきたし、

 これからだってそうするつもりだ。

 その実績に免じて、

 アルテミシアの力を貸してほしいってな)


(どう答えたのですか)


 僕は笑った。


(そもそも僕たちには、

 君たち黄衣派を応援する理由がない。

 領主が地獄の悪鬼であろうとも、

 貴族に服従し、貴族の望みを叶え続ける限り、

 僕たちはいかなる悪徳にも干渉しない。

 そして反逆者は潰すだけだとね)


 フレアにそう答えた後、

 僕は考える。

 今はこうして建前で拒絶できていている。

 だが長居することになれば、

 次第に彼らの攻め方も変わってくるだろう。

 対応が難しくなる日も遠くはない。

 この件が早く終わるといいんだが。

 僕は願う。


 幸運なことに、

 承諾の連絡が届いたのは翌日の昼だった。


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