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第二話 重力兵器の存在確率



 門外での襲撃から一時間後――


 僕はアルテミシア商会ビルの事務所まで、

 遙花を連れて戻っていた。

 アリスと先ほどの襲撃の件について、

 ひとしきり話をした後、

 奥にあるテーブルで、

 冷たい目でフレアを見る遙花に、

 状況を語り聞かせた。


 既に公式のものとなった作り話――

 例のラブロマンスの花咲く展開である。

 遙花はフレアの人間離れした動きを見ており、

 変異持ちの件についても隠す必要はなかった。

 遙花は黙って、僕の話を聞いていた。

 だが表情は凍ったままだ。

 そして視線は僕ではなく、

 神妙に僕の隣に座るフレアを捉え続けていた。


「……ということだ」


 僕はフレアを示して言う。


「紹介する。フレア・スティールマンだ」


 このスティールマンというのは、

 名前だけでは恰好がつかないので、

 何か家名をつけようと、

 フレアに希望を問うと、

 これでいいと言ってきたものだ。

 どうも千年以上前の、

 最初の雇い主の名前だと言う。

 僕にはブラックジョークとしか思えなかった。

 こいつはそのまま、鋼の人間なのだから。

 僕の反対にも関わらず、

 フレアは、これがいいと強硬に主張した。

 思い出があるのだろう。

 フレア・スティールマン、

 そう呼ばれた時の彼女は奇妙に満足げで、

 それで結局、僕も折れることにしたのだった。


「こっちは僕の昔の同居人、

 遙花・アブライラだ。

 僕の妹みたいなものだと思ってくれていい。

 仲良くしてくれ」


 フレアは頷くと僅かに誇らしげに名乗った。


「フレア・スティールマンです。

 よろしくお願いします、ハルカさん」


 だが遙花は答えなかった。

 僕に視線を向ける。


「兄さん。それで言い訳は終わりですか?」


 僕の話はもう終わりだが、

 遙花はまだ怒りを解いていなかった。

 フレアの挨拶は無視したまま言う。


「……納得できません」


「何が納得できないんだ?」


 僕は尋ねた。

 何を怒っているのか、

 僕はたぶん分かっている。


「……姉さんはどう言っているんですか?」


 遙花は抑揚をおさえた声で言う。

 予想通りの問いに僕は答える。


「……許可すると言っていた」


「そんな……」


 遙花は目を見開いた。

 声を失ったように、

 何かを言おうとして、

 それを飲み込んで、

 数回大きく息をして。

 それからやっと僕を睨んだ。


「これは、幾ら兄さんでも、許せないです」


 妹様は大層お怒りであった。

 それは正当な怒りだと思う。

 どうにか彼女をなだめたいのだが、

 実のところ、僕はもう一つ、

 彼女が爆発するであろう話を残していた。


 どうやって言い出したものか、

 悩みながら僕は、

 心の隅でアリスとした話を思い出す。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 事務所に戻ってすぐのこと。

 僕の話を聞いたアリスは

 もそもそと身体を起こした。

 ソファの上であぐらをかき、

 あらぬ方向にはねる寝癖をなでつけながら、

 金色の瞳で僕を見つめた。


「こんな街中で独立派が動いてくるなんてね。

 最近妙に増えてきているけど、

 中で何かあったのかな」


 独立派――

 それはベルトにおける政治的集団の一つだった。

 過激な主義主張を持ちながら、

 数百年の歴史を持つ息の長い組織群である。

 というのも、その組織群は、

 たった一つの意見しか持っていなかったからだ。

 その党是はただ一つ。貴族からの独立であった。


 現在のベルトの統治者はみな貴族に服している。

 その理由は幾つかあるが、

 おおまかには二つに分けられると思う。


 まず一つは軍事上の問題。

 単純なことだが、

 貴族が戦力として強大すぎることである。

 ベルト上にある二つのトランスポーター。

 それは貴族の一大拠点であり、

 そこに駐在している貴族だけでも、

 都市すら一方的に滅ぼすことができた。

 抵抗など無意味だった。


 そしてもう一つが経済上の問題。

 セントラルとベルト地帯は貿易を行っている。

 だが切実に貿易を必要としていたのは、

 ベルト側だけだった。

 なぜなら、

 セントラルは完全に自給自足していたからだ。

 それに対してベルトの生産設備は、

 ほとんどが使い物にならなかった。

 セントラルで生産される薬品や道具がなければ、

 ベルトは早晩石器時代の生活水準に戻っている。

 軍事力の差がなかったとしても、

 ベルト地帯はセントラルに、

 生命線を文字通り握られていた。

 これでは反抗できるはずもない。


 貴族とて悪魔ではない。

 現状を肯定し、ただその日を生きればよい。

 それが成熟した人間のあり方というものだ。

 そう言う者もいた。


 だが、それをよしとしない者もいた。

 家畜としての扱いに不満を覚える者がいた。

 貴族に肉親を殺された復讐者がいた。

 それが集まったのが、独立派だった。


 彼らの詳細は知られていない。

 本拠は迷宮のどこかにあると言われているが、

 真偽は不明である。

 だが中規模の拠点は都市や町にある。

 それらは頻繁に討伐されていた。

 貴族は反抗者を許さない。

 しばらくすればまた大きな作戦があるだろう。


「叩いたところで、

 独立派はベルトのどこからでも補充される。

 ベルト住民の全員が、

 潜在的な独立派みたいなものだからね。

 とはいえ叩かないわけにもいかないよね。

 やれやれだよ」


 アリスはめんどくさそうに首を振る。

 そして僕を見た。


「それとね。

 実はこっちにも情報が一つ入ってきているんだ。

 ラッカードさんにも聞いてもらおうと、

 思ってたんだけどさ」


 その視線は真剣なものだった。


「……どんな話だ?」


 僕も意識を切り替える。

 アリスは端的に言った。


「トールハンマーの――

 重力を自在に操る武器が存在する。

 そしてその獲得に独立派が動いている、

 だって」


 それは馬鹿げた話だった。

 一言目からしてあり得ないことである。

 だが、冗談を言っている顔ではない。


「信憑性はどの程度だ?」


 アリスは笑う。


「それが結構高そうなんだよね。

 目撃証言もたくさんあって、

 もうかなりの人間が動いてる」


 僕は嘆息した。


「重力兵器か。

 存在してもおかしくはないとは思うが、

 聞いたこともないな」


 アリスは頷く。


「それはそうだよ。

 重力操作ブロックはブラックボックスだし、

 昔、大事な動力機を一つ分解したのもいたけど、

 結局どこがどう制御しているのか、

 さっぱり分かんなかったって話だよね。

 今の世の中にあるのは、

 兵器転用できないよう、

 制限されたものだけってのは、

 誰もが知ってることだよ。

 だからこそ本当だったら困るわけだけどね」


「兵器転用の方法が判明していた場合か」


「その通り。

 もし方法が確立されていたなら、

 ベルト中にある動力機全てが、

 潜在的な兵器となってしまう。

 どこもかしこも大混乱になるだろうね」


 それが現実となれば、

 ベルトは終わりだ。

 生活基盤である動力機全てが

 兵器として使い潰され、後には何も残らない。


「六百年間、何十人もの人間が、

 人生を賭けて挫折した研究だよ。

 そうそう成功するはずはないけどね」


 アリスは笑うが、

 万に一つの可能性を払拭しきれてはいない。


(フレア、可能だと思うか)


 別室で遙花と共に待機しているフレアに、

 僕は尋ねた。

 通信はしっかり通じている。

 返事はすぐ返ってきた。


(考えられません。

 あれは戦争の手段として、

 転用できるようなものではありません)


 そして少し考えて、付け加えた。


(ですがこの狂った世界でなら、

 可能性はあるでしょう)


 僕は思案する。

 アリスは曖昧なままの情報を僕に渡した。

 裏付けをとってほしいということだ。

 そこでロボットが呟く。


(真偽を確かめに行きませんか)


(お前も来たいのか)


(あなたはもう行くつもりなのですか)


 僕の心は既に決まっていた。

 それに考えてみれば、フレアは有用だ。

 ブラックボックスに干渉できるのだから。

 今回の真相究明にも役立つだろう。


(もちろんだ)


「アリス、僕たちで真偽を調べてこよう」


「それは願ってもないというか、

 これから頼もうと思ってたんだけどね。

 僕たち、というのはどういうことだい?」


「フレアも一緒だ」


 アリスは僕の言葉に少し驚いたようだった。


「彼女、連れて行っても大丈夫なのかい?」


「大丈夫だ。役には立つ」


 アリスは少し迷ったようだった。

 だが最後には頷く。


「ラッカードさんがそう言うんなら、

 そうなんだろうねえ。

 ヘマさえないように見てくれれば、

 好きにしていいよ」


「最善は尽くすさ」


 僕はそれだけを答えた。


「それにしても、ハルカには恨まれそうだね」


 アリスがぼやく。

 僕は肩をすくめた。


「恨み言ぐらい聞いてやってくれ」



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



「遙花、実はもう一件、

 あまりよくないことなんだが……」


「まだ何かあるんですか?」


 遙花は未だに怒り心頭だった。

 最悪の状態だったが、

 ずるずると後回しにもできない。

 僕は切り出した。


「……というわけだ、遙花。

 すまないがこの休みは一緒に遊べそうにない」


 僕は仕事で町から暫く離れることを告げた。

 理由は言わない。

 だが遙花も察しているだろう。


 部屋の隅で我関せずを保ってきたアリスが、

 ぼそりと告げる。


「ごめん。あたしがラッカードさんに頼んだ」


 両手を合わせるアリスを横目に見て、


「そういうことなら、仕方ないですけど……」


 遙花は歯切れ悪く言う。

 本当は寂しい。

 だがそんなわがままは言えないと、

 分かっているのだ。


「今日は残り一日、一緒に遊ぶ。

 短い時間だけど、それで許してくれないか」


 僕は遙花の目を覗き込む。

 妹様はむむむと悩み、そして頷いた。


「もう。今日はしっかり相手してください!」


「任せてくれ。

 アリス、今日は……」


 アリスは最後まで言わせない。


「もう帰っていいよ」


 とアリスは重ねる。


「ハルカにしっかりご奉仕すること。

 あ、そうだ。

 ハルカが泊まるのは私と一緒でいいよね?」


 アリスはこの事務所の四階で寝泊りしている。


「はい」


「夕方には一度戻る」


 遙花の荷物を四階に運ぶと、

 僕たちは事務所を出た。

 遙花はすぐに僕の腕に抱きついて、

 そのまま歩き始めた。

 もう今日をどう楽しむかだけに集中していて、

 浮き浮きとしているようだった。


「兄さん、これからどこに行きましょうか」


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