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1.旅に出たい


「旅に出ようかな」


ぽつりと呟いた私の一言に、周囲に控えていた皆が驚き呆然とする気配がした。



そんな中でいち早く、我に返ったのは、一番付き合いの長い高位精霊だった。


「おや。それでは我らが王にお会いになりますか?心を込めて、おもてなしさせて頂きますよ」


柔らかな微笑みを浮かべて、朗らかに提案する、この春の高位精霊には、全く下心などないように見える。

けれど、他の者たちはそうは思わなかったらしい。


「何を言う。主様には剣の国が相応しいだろう。以前も、ご興味を持たれていた」

「それはあの時だけでしょう?今は猫の街が気になると仰せなんだ。猫の街であれば、私が案内できるよ」


続いて声を上げたのは、私の剣を務めている人間だった。

そして、それに反対するように声を上げたのは、妖精だ。



一瞬にして、室内は険悪な雰囲気になる。

けれど、その発端の一部である春の高位精霊は何とも思っていない表情だ。



勿論、私は彼女に下心がないことを知っていた。


彼女、春の高位精霊は、真摯に私に尽くしてくれている。

心からおもてなしをしたいと思っているし、本当に春の精霊王に会わせたいと思っているのだ。



何故なら、私を愛しているから。いや、崇めているから、かな。


私に仕える者たちの中では、最も純粋に私を慕ってくれているのが、この春の精霊だ。



それでは他の者たちはどうか、と言うと、例えば、剣を務める人間は、崇拝や信仰に近い思いを抱いている。妖精の方は友人に近い感覚だと思う。


他にも、この場には、竜やエルフ、ドワーフに獣人、獣族、そしてそれらのハーフの者たちが揃っている。


彼らもそれぞれに、私に尽くしてくれている。その思いの形は様々だけれど。




ここは神の箱庭と呼ばれる場所だ。


世界の中心にある世界樹。それを保護し、奉る神殿。

その世界樹の神殿の奥まった場所にある建物の一つだ。


神の箱庭と呼ばれているのは、勿論、神である私が住んでいる場所だからだ。




自分のことを神と言うのが恥ずかしい。そう思っていた時期もあった。


私はとある異世界からの転生者だ。

けれど、そんなことはどうでも良くなるほどの長い時間を、ここで生きて来た。


神と呼ばれることにも慣れてきたし、何なら、この世界を形作ったのは私なので、この世界にも愛着、いやそんな言葉だけでは言い表せないほどの思いを抱いている。



神様らしく表現するのであれば、この世界の皆が全て、私の愛する、私の育んだ子どもだ。



けれど、そこには一部、黒歴史のような側面も含まれている。


まずはその種族の多さだ。

世界を作った時に、どうせなら、ファンタジー感満載の異世界にしたいと思った私は、沢山の種族を作ってしまった。


その結果、妖精族の祖父と、人間族の祖母、竜と人間のハーフの母に、エルフの父を持つ、人間族の子ども、というようなよく分からないものまで生まれてしまった。

異種族交配を考えていなかった、若い頃の失敗の一つだ。


どうにも先祖返りという事象まで付加してしまった結果、異種族交配に積極的な者たちは、生まれてくる子どもの種族すらわからない、という事態になっているそうだ。



血統を重んじ、他種族との交配に積極的でない者たちがいたのが幸いというべきか。


けれど、結果として、種族問題は複雑になってしまい、手が付けられないことになったので、あっさりとこれで完成、ということにして手を引いた。




他には季節が九つあったり、一年が365日ではなかったり、と色々と前世とかけ離れてしまった部分がある。

それらはもはや、どうしてこうなったのだろう、とさえ思ってしまう部分で、私にもどうしようもできないことに感じた。




世界の基本的な部分の形成を終えた後は、私の仕事はほぼなくなってきている。


私のいないところでも、世界は回るようにしたし、各種族による世界の統治を認めた。



けれど、それでも、やはり私は世界に必要な存在で、私がいなければ世界は崩壊するのだ。


だから私は、時折、世界の統治や世界の形成に手を出しつつ、気ままに神様として過ごしていた。




そして今、私はそんな自堕落な日常に飽きていた。


時々やってくる神の仕事なんてものは、片手間にできるし、皆が私の手を煩わせまいと、率先して片付けてくれるからだ。


けれど、私は何か新しいことをしたい気分だし、そのためには何が必要なのかを知らなければならない。現状把握のためにも、今の世界を知ろうと思ったのだ。




そこで冒頭に戻る。私は旅をしようと思い立ったのだ。


皆の議論は紛糾していた。

皆が皆、自分の故郷やそれに所縁がある土地に招きたいようだった。


だが、皆の議論には、大きな間違いが前提にあった。


「私は神として赴くつもりはない」


私の言葉に皆が驚いた表情で、再びこちらを振り返った。


「主様、それは本当ですか?」


恐る恐る、訊ねてくるのは、エルフの少女だ。

エルフの中では若い方だが、人間などよりは遥かに年上の、見た目は少女な、エルフ。


「あぁ。私は今の世界を見たいのだ」


私がしっかりと頷いて見せると、皆は首を傾げた。


「主様。それは擬態の魔法を使う、ということですか?」

「ん?あぁ、そうなるか?」


そうか。今の世の中には、擬態の魔法、というものがあったか。



言われて初めて気が付いた、と納得して頷いていると、皆は表情を曇らせた。


「主様って、魔法使えるんですか?」

「おい。失礼ではないか?」

「いや、しかし、主様が魔法を使っているところは見たことがない」

「確かに、そうだな。あぁ、主様の詠唱は、きっととても美しいだろうな」


皆が口々に話すことを聞いていると、どうやら、ここでも思い違いがあるようだ。

いや、この場合は私が間違っているのだろうか。


「あー、魔法は使えると思うぞ?ただ、皆が使っているものとは違うかもしれない」

「どういうことでしょうか」

「私はこれまでにも、皆の前で魔法を使っている」

「え?」

「ほら」


私は驚き固まる皆に、髪の毛を浮かせて、動かして見せた。

指をひょいっと向けると、髪の毛はその方向に動く。


それを見て、皆は怪訝な表情をした。


「主様、それは魔法ではないと思います」

「ん?そうなのか?」

「はい。今のその動きで、魔力が消費された様子がありません。魔法の痕跡もないですし」

「んー、そうなのか。ならば、これは神力なのだろうな」

「はい。そうだと思います」

「うーん。それではやはり、皆が使う魔法は、確かに使ったことがない」


私が出した結論に、皆はそうだろうと頷いた。



そうか。この世界を作っていながら、魔法は使ったことがなかったのか。


今更ながらに、驚きの新発見だ。



「うん。それならば、擬態の魔法では、魔法の使える人間に化けるとしよう」



しかし、その言葉に再び、皆が議論を始めてしまった。


「主様!どうして、人間なのですか?我々、竜族ではないのですか?」

「いや、ここはドワーフだろう」

「いえいえ、ここは精霊に」

「いいや、妖精でしょ」


皆が我も我もと、声を上げる。



「人間が私に一番、似ているであろう?」

「え?そうなのですか?」

「ん?違うか?ほら、見た目が」

「あ、確かに、そうですね」

「それはそうですが、主様。そのお色は変えた方が宜しいですよ」

「おい、不敬だぞ!」

「ん?この色は何か、良くないのか?」


私は前世とほぼ変わらない、黒髪に黒目の少女の姿だ。

流れるような癖のない黒髪に、漆黒の瞳。



うーん、前世では珍しくもなかったのだが、この世界では珍しいのだろうか。

いや、そう言えば、黒髪黒目の者は見たことがないな。



「はい。この世界において、黒を身に宿すのは、尊きお方だけです。特に黒髪に黒い目などは、有史以来、主様にしかないお色でございます」

「そ、そこまでだったのか。因みに、今、黒い色を宿している者はいるか?」

「はい。純粋ではない黒であれば、おります。世界樹の神殿長は黒に近しいこげ茶の髪をしています。そして、四季の精霊王は、黒に近しい濃紺の瞳をしているそうでございます」

「他にも、妖精王は灰色の髪をしていますね。エルフの始祖は黒髪であったと言い伝えられています」

「あぁ。初代の竜王は黒竜であったとされています」

「そう言えば、ドワーフの祖先にも、黒い瞳の方がいらっしゃったと」


皆が口々に説明してくれたことによると、太古の昔、始祖や初代といった者たちは黒に近しい色を持つ者がいたようだ。


そして、現代では最高位の者たちにしか、現れない色だという。


「なるほど。それでは人間に多い色は何か?」

「金髪碧眼、でしょうか」

「ふむ。ならば、金髪碧眼に化けよう」


私の言葉に、皆が落胆したように息を吐いて、声を上げた。


それほどに惜しいのだろうか。まぁこれは唯の擬態だからな。いつでも、元の姿に戻れるものだ。




それから、私は皆と沢山話をして、擬態する人間の設定を決めて行った。


「金髪碧眼の少女。10歳。師匠と旅をしながら、魔法を学んでいる。少し裕福な家庭で、両親が心配から、護衛と供回りを付けている。で、師匠は其方に任せる」

「はい。謹んでお受けいたします」


丁寧に礼を執ったのは、私の盾を務めるエルフの青年だ。


先程までの議論では、畏れ多いと固辞していたが、私が決定事項だと告げると、仕方なさそうに微笑んだ。



毎週、火曜日に更新します。

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