第七章 囚われたメルファ
それからすぐに、ドゥオーラクはメルファの望みを叶えてくれた。
アイリィだけでなく、守警団に囚われていた仲間も無事に解放されたようだ。意識が朦朧としたまま外へ出されたアイリィのことは気に掛かったが、彼女の服の中にそっとアークからもらった黒水晶の飾りを隠しておいた。それに気づいた仲間が、アイリィの治療代に充ててくれるだろう。
彼が約束を守った手前、メルファも破るわけにはいかなかった。まとめ上げた髪の毛の中に隠していた印章をちゃんと返すと、彼は至宝を手にしたように恭しく受け取った。
そのまま、お役ご免とばかりに去ろうとしたのだが、ドゥオーラクは拒んだ。
最初は、盗人であるメルファを守警団に突き出すのかと身構えたが、そうではなかった。本来なら、腕を切り落とすだけではすまないメルファの悪行の数々に、ドゥオーラクは見て見ぬふりをしたのだ。
メルファにまだ使い道があると思ったのか、一番上等そうな一室に閉じこめていた。廊下には見張りまでいる念の入れようだ。
幸い不衛生な地下牢と違い、温かい寝床があるこの部屋での暮らしにメルファも不満はない。綺麗な服と美味しい食事に、満足していた。
(あ~あ、あたしって結構、図太いのかな)
捕虜みたいな生活であってもメルファは案外普通だった。
いろいろありすぎて神経がおかしくなっているのかもしれない。死神にはいきなり鎌で体を斬られ、見定めの儀式のときはさらし者にされ、身に覚えのないことで尋問されて地下牢に入れられ……。思い返してみると散々だった。こんな短期間で、一生分の災いが降りかかったような感じがする。
だからなのか、監禁されてもまったく動じなかった。
自分の興味をそそるものはないかと、ぐるりと部屋を見回したメルファは、ふっと視界の端に映った大きな鏡に気づいて目を留めた。
女神に相応しい衣服に身を包んだメルファは、それこそ自分でもびっくりするほどの気高さがあった。傷跡を隠すためにうっすらと化粧をしているおかげで、少しだけ大人びて見えた。
それに、女神レウリアーナのように振る舞うことに慣れてきたのか、主神殿で披露したときのような堅さもなかった。こうして外見を整えれば、だれも貧民区の出だと信じる者はいないだろう。
(んふふ、あたしってば、なかなかじゃん)
主神殿で着ていたような薄布を幾重にも巻きつけたような服は、メルファの可憐な容姿を引き立てるようだった。淡く色づいた布には、金糸の刺繍が細やかに施され、一目で値打ちがあるものだと見て取れた。
(これって売ったら、いくらくらいになるんだろ)
頭の中で計算をしていたメルファは、ふとイーシスたちを思い出し、笑みを消した。
今頃彼らは何をしているのだろう。
仲間を救ってくれるといって、結局なにもしてくれなかった。
それとも、勝手に出て行ったメルファに怒って主神殿に帰ってしまったのだろうか。裏切り者と思われているから、それも仕方ないのかもしれない。
イーシスはこんなところにいるより、主神殿で自分の地位を守らなければならないのだから。
印章が敵の手に渡ってしまった以上、イーシスの罷免は免れないだろう。
ドゥオーラクを裏で操っているのは、ローゼス主神官だ。なぜローゼス本人ではなく、ドゥオーラクが印章を持っていたのかはわからないが、今頃はローゼスの手元へ送られているはず。
ルオンの神官とも繋がっているローゼス主神官が実権を握ったならば、この街はもう終わりだ。今でさえ治安は悪いというのに、ルオンの神官が今以上に顔を利かせるようになったら、守警団も黙ってはいないだろう。彼らの圧政によっていつか暴動が起きるかもしれない。
「失礼を致します、女神レウリアーナ様」
入ってきたのはドゥオーラクであった。
自分はレウリアーナではなく、彼女の代わりとして教育を受けただけだとメルファは説明したのだが、彼は考えを改めなかった。
まるで自身にも言い聞かせるように、メルファの名を女神レウリアーナと呼ぶのだ。
鏡を眺めていたメルファは一瞬眉を寄せたが、すぐにレウリアーナの姿を脳裏に思い描き、美しい笑み
をたたえた。
「どうしました? 祈りの時間にしてはまだ早いと思いますが」
「実は、ルオンの神官が貴女様に謁見を賜りたいと」
「ルオンの……」
優雅な曲線を描く眉がぴくりと動いた。
わずかな反応に、けれど顔を伏せていたドゥオーラクが気づいた様子はない。
「わたくしに拒否はないのでしょ?」
「も、申し訳ありません」
「いいでしょう。日は?」
「明日の午後に」
「わかりました」
メルファが鷹揚に頷くと、ドゥオーラクの体から力が抜けたようだった。どうやら緊張していたらしい。
去っていくドゥオーラクを一瞥したメルファは、女神の仮面を外すと鼻で笑った。
あいつが貧民区を壊すよう命令し、仲間を痛めつけていた張本人なのだ。
メルファでさえ手荒に扱ったというのに、今ではそれを忘れたかのように振る舞っていた。いや、もしかしたらそう見せているのかもしれない。
神官というのは小賢しい生き物だ。
特に、ルオンの神官どもは……。
その神官と明日、相対するのだ。
先ほどの会話を思い出したメルファは、ひとりきりということもあり盛大に顔をしかめた。
こういう状況でなければ断っていただろう。両親を奪った憎い敵に会いたいはずもなかった。
(どうせ、アイツらは覚えていないんだろうけどさ)
彼らが奪った命は、数え切れない。
メルファの両親を火あぶりにしたことなど、次の日には頭の中から消し去っていただろう。
(アイツらがあたしになにを望んでる?)
窓へ寄ったメルファは、何気なしに外を眺めた。
まだ霧は濃く、外はよく見えなかったが、その白さがすべてを覆い隠してくれるようで、メルファはどこか安心した。
ルオンの神官が、何の考えもなしにメルファに会うはずがない。
印章を盗んだ咎で、いまさら裁こうというのだろうか。
それとも過去の犯罪を引き合いにだして、糾弾するつもりか。
メルファには、はかりかねていた。




