3
心江と出会ったのは、例年よりも桜の開花が1週間も早い年だった。
あれは、電車の中で心江がハンカチを落としてそれを俺が拾った事がきっかけだった。
「あの、ハンカチ落としましたよ?」
「すみません、ありがとうございます。このハンカチとても大切にしているものなんです。
もし、良かったら御礼にと言ってはなんですが、ご飯でも行きませんか?もちろんご馳走します」
心江はそう言うと下を向いて、耳まで真っ赤に皮膚を染めた。
俺は、女性の方から食事に誘ってもらうのは初めてだった為に言葉を失った。
「あ、すみません。いきなり言われても迷惑ですよね」
「あ、いや。行きましょう」今日知り合ったばかりの人に即座に返事をした自分に驚いた。
「本当ですか?名前を教えてもらってもいいですか?私は十田居心江です」
「ここえさん?変わった名前ですね。俺は下見昭二です」
そして、連絡先を交換し、数日後駅前で待ち合わせして居酒屋に入った。
「こういう所しか知らなくてすみません」
「いや、こういう居酒屋の方が俺は落ち着くから」
「下見さんは、お付き合いされている方とかいらっしゃるんですか?」
「まさか、もし居たらここに来ないでしょう」
「そうなんですか。良かった。今日は沢山飲んでくださいね」
そう言ってどんどん酒をつぐものだから、
俺は完全に酔っぱらってしまい、気が付いたら心江の部屋のベッドだった。
翌朝、酷い二日酔いで、一生懸命看護してくれる姿を見て、
母親がいない自分にとって
その包み込まれるような優しい感情が心地良く、すぐに結婚を決意した。