6 尋問終了とメア失踪
「あの……ネットゲームって、もしかしてあなた黒騎士のプレイヤー?でもどうして私だって分かったの?」
赤石さんは遠慮がちにそう尋ねて、意外そうにカイトを見た。カイトは何も答えず仏頂面でそっぽを向く。
「そうだよ、赤石さん。勝手に調べさせてもらって悪いけど、アンタといつもチーム組んでるのがこの無愛想なカイト君」
代わりにオッサンが答え、赤石さんはまだ信じられなさそうにそうなんですか、と返した。
オレもこの人がゲームやるようには見えなかったからちょっとびっくりだ。
「よかったねー、カイト君。初めてのお友達じゃん」
まだからかい足りないのか、拍手をしながら言うオッサン。カイトも我慢の限界らしく、それを人に向けていいのかと思う程の殺気を漂わせ、
「さてはお前が仕組んだのか?ファイブ」
恐ろしく低く、冷たい声で言った。その気迫は鬼そのもので、オッサンとはまた違う、本気の殺意を感じさせる。傍から見ていても背筋が凍るのにオッサンは怖がる様子もなく、
「まっさかー。オレがそんな面倒なことわざわざするわけないじゃん。それにそうだとしたら最後に残った彼は何なの?カイト君の第二のお友達?」
ついに皆の視線がオレに集まった。
どうしよう……テンちゃんのこととか、昨日のメールとか話すべきなんだろうか……。でも自分でもよく分からないことをどうやって説明すればいい?
「柏木燈真君だっけ。君のことも調べさせてもらったけど、昨日バグからメールが届いてたんだよね?」
「あっ……はい」
何だ、メールのこと知ってたんだ。ちょっと安堵する。
「君のこと、迎えに行くって書いてあったんだよね。バグは君を知っているようだった」
安堵するのもつかの間、オッサンの目がめちゃくちゃ鋭くなっている。いや、オレほんとに何も知らないんだって……。
「あの、オレ何も知らないんです。あのメールだってイタズラかと思ってたし」
勇気をふり絞り、オレは答えた。情けないことに声が震えている。
オッサンは鋭い目つきでしばらくオレを見ていたが、
「まあ、そうだろうねぇ。君の生活を見ていてもバグとは何の関係もないみたいだし、ゲームオタクそのものって感じだった。見てて一番分かりやすかったよ」
溜息混じりに気の抜けた声でそう言った。溜息吐きたいのはオレの方なんだけどとか思いながらも、一気に脱力する。
「でも燈真君、油断は禁物だからね。目的はよく分からないけど、バグの狙いはどうやら君のようだ」
「何でオレなんですかぁ」
「そんなのこっちが聞きたいよ」
オレは今度こそ大きく溜息を吐いてうなだれた。
テンちゃんからは聞いてはいたものの、これでバグの狙いはオレだってことがほぼ確定した。でも今だにその理由がはっきりしないのが怖い。この世界の成り立ちだってオレにとってはぶっとんだ作り話にしか聞こえなかったし、もし事実だとしてもそんな重大なことをあっさりオレ達に話すってことはバグと何か関係があるのか?そしてオレの頭はこの話の展開にどこまでついていけるんだろうか。……不安は尽きない。
ああもう、考えるのも面倒臭い。何でもいいから早く家に帰りたいなー……。
早くもオレは難しいことを考えるのに飽き、現実逃避を始めた頃、
「とりあえず、突然すぎて頭が混乱してるだろうし、いったん休憩にしようか。一時間後にここに集合ってことで。今後どうするかはそれから考えよう」
オッサンがそう言った。
「尋問はもう終わりーぃ?」
すかさずネコノタマがそう茶化すが、オッサンはどこまで本気だったのか、
「そーそー終わり。あれは何となく聞いてみただけだから気にしないでねー」
軽い口調で返した。
それから徐々に気の緩んだ空気が流れてきたが、なぜか皆一向に部屋を出ていく様子が無い。赤石さんは遠慮がちにカイトをチラチラと見ているし、メアちゃんは、
「ねーねーお兄さん」
椅子に座ったまま上半身を前に出してオレを見てきた。
「へ、オレ?」
「そう!何でバグに狙われてるの?」
「そんなの知らないよ」
「じゃあ前にバグに会ったことは?」
「ないよ」
「何で会ってもないのに狙われてるの?」
「だから知らないって。オレが聞きたいよ」
そう答えると、メアちゃんは腕組みをして不満そうにオレを見てからこうぼやく。
「分かんないなぁ。どうしてバグはこんな何処にでもいそうなゲームオタクなんかに興味があるんだろ。ボクの方が絶対いいのに」
ゲームオタクで悪かったな、代われるもんなら代わってやるよ。オレは心の中でそう毒づき、早くテンちゃんに会いたいと心底そう思った。
そうだ、テンちゃんは今も外でオレの帰りを待っているはず。早くテンちゃんの所へ戻らないと。
オレは早速椅子から離れ、部屋を出ようとする。しかし、
「何処へ行く?」
カイトの前を通り過ぎようとした時、そう尋ねられた。
「ちょっと散歩へ行っていきます……」
え、今休憩時間なんでしょ?何でそんなこと聞かれなきゃいけないの、とか思いつつも、オレはしっかり敬語で答えた。
「悪いけど燈真君。君はここから出ないでもらいたい」
オッサンがそう言い、
「えっ、何でですか?」
オレはすかさず聞いた。
「さっきも言ったけど、君はバグに狙われている。君が出てくる所を奴が狙ってたらどうすんの?もしかしたら殺されちゃうかもよ?」
「こっ……殺されるんですか?オレ……」
何て物騒なことを言ってくれるんだ、オッサン。そんなこと言われたら怖くて何も出来ないじゃないか。しかもこういう時に限って物凄く真剣な顔して言うなよ、もしかしたらじゃなくて、本当にオレを殺すことが目的みたいに思えるじゃないかっ。
「まー殺されるってのは極端な話だからね。だからそんなに悩まなくても大丈夫だよ」
よほど青ざめた顔をしていたのか、オッサンはオレの肩を叩き、そう言った。
「何でオレだけ……」
そうぼやくと、オレは項垂れて席へ戻った。
「さーぁて、お散歩しーましょーっと!」
それを見たネコノタマが嫌がらせと言わんばかりに大きな声で言うと、椅子から飛び降りてフラフラと部屋を出て行った。
「ごめんなさいね、私もちょっと失礼します……」
次に席を離れたのは赤石さん。申し訳なさそうにそそくさと部屋を出て行く。
「喉乾いたなーぁ、ジュース買ってこよー」
メアちゃんもつまらなそうに言うと、さっさと出て行ってしまった。
もう一度言う。何でオレだけ……。
何でオレだけ、オッサンと冷徹男に囲まれて一時間も過ごさなければならないんだ。それに外ではテンちゃんが待っているんだぞ、オレはどうしてもテンちゃんに会わなければならないのに。
心の中でそう訴えてはいるけれど、実際のオレはただ縮こまって座っているだけだ。何も出来はしない。
いっそのことダッシュでここから逃げちゃいたいけど、出て来たところをバグにサクッとやられてしまうのも怖いし……。オレは何て非力で情けないんだろう……。
焦りと申し訳なさで自己嫌悪に浸っていると、
「ねえねえハカセーェ、今何時だっけーぇ?」
憎たらしいネコノタマがすぐに戻って来てそう尋ねた。
オッサンは自分の腕時計を見ながら、
「昼の十二時半だけど?」
「あっれーぇ?外真っ暗だよーん」
ネコノタマは首を傾げると言うか、全身を傾げた。
「ねぇ大変なのっ!メアちゃんが一人でエレベーターに入って上に登ってっちゃったわ!」
その直後、赤石さんが息を切らしながら部屋へ駆けこんで来た。




