5 生き残り者紹介
「カイト君、最後のあたかも人間のようにって言い方は酷いんじゃない?彼らだってちゃんと生きてるんだよ?」
「どこが」
短く突っぱねるように答えるカイト。こいつをちょっとでもかっこいいとか思ったオレの馬鹿。人が一生懸命生きてるって言うのに、情報化だか何だかよく分からん自論で存在自体を否定するなんて最低だ。少なくとも、オレの中では嫌味なインテリ野郎に決定。
こんなことを言われればオレだったら絶対怒るのに、オッサンは特に表情も変えず、冷静に返す。
「今まで彼らの生活を見てきて気づかないかい?確かに元は誰かさんのコピーでしかなかったけれど、長い年月を経てオリジナルとは全く違った生活パターンを取るようになったデーターだって珍しくはない。むしろどんどん変化して別人格になっていく傾向が見られるはずだ。これって自分で考えて行動して、生きているとしか思えないって思わない?」
「思わない」
それでもあっさり否定。何て野郎だ、オッサンの言っていることもよく分からんがもう人類の敵としか思えない。そう心の中で愚痴っていると、
「ねーねー、あのさー」
聞こえてきたのは緊張感の無い子供の声。見ると、女の人の隣に青色のランドセルを抱えた小学生が座っていた。
「世界の情報化っていうのは分かったんだけどさ、それをすることによっていつか人類が滅びるってことは分かってたんでしょ?何で途中で止めなかったの?」
この小学生、頭良いな。オレなんか理解すら出来ずにこれは夢なんだ、で終わらす気満々だったぞ。
「それはね、お譲ちゃん。大人には色々複雑な事情があってね。まあ確かに上の連中はかなり早い段階でそれに気づいていた。しかしそれを止めなかったのは……ほら、あれだ。金だよ」
全然複雑じゃないじゃん。
「えー?でもさぁ、人がいなくなったらお金なんて意味無くない?」
オッサンはその子に視線を合わせるようにしゃがみ込むと、こう言う。
「そうだよ、人がいなければ金なんてただの紙クズさ。だから奴らもおいしい思いをするために情報化社会に留まった。勿論中には元の生活に戻ろうって訴えた人もいた。でもその時にはもう、情報化されている生活が現実だと思い込んでいる奴らがほとんどで誰も耳を貸さなかった。それに今さら廃墟と化した街に戻り毎日サバイバルな生活なんてしたくなかったんだろ」
「ふーん。……でさ、それとバグとはどんな関係があるの?」
今までの情報化が何たらとか言う質問はついでとばかりに、急に目を輝かせてそう尋ねた。
「それだよ、問題はっ」
オッサンはよっこらせ、と聞こえてきそうな動作で立ち上がると、再び口を開く。
「皆バグって名前は一度は聞いたことあるよね?」
それぞれが頷く。それを見渡した後、
「もう気づいてるかもしれないけど、この街が一晩で誰もいなくなったのは恐らくバグの仕業だ。そしてなぜか、君達四人だけが残っている」
オッサンの眠たそうな目が急に鋭くなり、
「君達、何か知ってんじゃないの?」
低い声で言った。その質問に、誰もが口を閉じる。今まで呆れた言動で周囲を固まらせた人物が、今度は凄腕刑事のような威圧感で静まらせるとは。
このオッサンはどうでもよさげに振舞っていたけれど、実は違うんだと確信させられる。この人は、猛烈にオレ達のことを疑っている。
しばらく緊迫した静寂が流れるが、案の定「私がやりました」なんて手を上げる人なんていない。そりゃそうだよな、こんなシーンとした中で白状するなんて、言いたくても逆に言えない。そんなことを考えていると、
「クックックックックッ……」
突然、声を押し殺した笑い声が聞こえてきた。笑っちゃいけないんだけど、我慢出来ずに笑っちゃいました、みたいな。
「何が可笑しいのかな?ネコノタマ君」
オッサンの視線の先は、オレから一番離れた席だ。身を少し乗り出すようにして見ると、オレは我が目を疑った。
猫だ……猫がいる。だがあれを猫と呼んでいいのかオレには分からない。だってそいつは隣にいる小学生と同じくらいの大きさで、まるで人間のように椅子に座っている。胴がやたらと長く、その割に手足が短い。顔は可愛いと言うよりも間抜けで、どっかのゆるキャラみたいだ。
「オデらをうたがってんのーぉ?ハーカーァセー?」
外見に似つかわしくない可愛らしい声でニタリと笑い、猫は聞いた。
「うーんまあ、今はそんなとこかな」
やる気の無い声に戻ってオッサンは答える。その顔にさっきの気迫は無い。
すると猫はケラケラと笑い、
「ムダだね、ムダムダーァ。バグはここにはいないよーん」
馬鹿にするように片手をヒラヒラさせた。しかしオッサンはそれに気を悪くした様子も無く、
「ネコノタマ君。君ねぇ、始めっから自分達がデーターだって気づいてたみたいだけど、そんなのどこで知ったの?その姿だって自分で組み変えちゃってるし、名前だってほんとは違うでしょ?」
呆れた口調でそう聞いた。そう言えばオレらってデーターだっていうことらしいから自分の姿を変えることも出来る訳か。全く、滅茶苦茶な話だな。
「ないしょーぉ。でもちょっとだけ教えちゃーう!」
そう言って両手で口を覆い、クスクスと笑った後、
「オデ、ハカセのパソコンにハッキングして見ちゃったよーん。バグからの予告状ぉ」
「おいおい君、そんなこと出来ちゃうワケ?」
呑気に笑って言うオッサン。オレだったら即行警察に連絡するけど。あ、でも今誰もいないんだっけ。
「でぇ、もうひとつ教えちゃうけど、最近停電が多発したりコンピューターウイルスがばら撒かれたのはバグのせいじゃないよーん」
「ああ、それは知ってるよ。この子の仕業でしょ?」
オッサンはそう言って、ネコノタマの隣に座る小学生を見た。小学生はギクッと表情を強張らせ、それから恨めしそうにネコノタマを横目で睨んだ。それに気づいたネコノタマは片手を上げ、
「いよーお、バグのなりすましちゃーん。名前はええと……羽井メアちゃんだっけーぇ?」
羽井メアと呼ばれた小学生はそれを聞いてハッとなった表情になり、
「あぁっ!お前っ!チャットでボクを散々バカにした奴だなぁっ!」
椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、ネコノタマを指さして怒鳴った。
そうか、この子女の子だったんだ。青色のランドセル持ってて髪も短かったからてっきり男の子だと思ってた。そう言えば、オッサンもお譲ちゃんって呼んでたっけ。
「そーそー。あの時は相手してあげられなくてゴメンネー。オデ、忙しいからガキのお守りは出来ないのーぉ」
「ムカツクーッ!お前なんか猫のくせにー!」
今にも掴みかかりそうなメアちゃんと、意地悪く笑うネコノタマ。それを制したのはオッサンで、
「はいはい、喧嘩はだめだよー。話が先に進まなくなるからねー。それにお譲ちゃん、君これバレたら警察
沙汰だよ?今回は特別大サービスで許してあげるから、もうやっちゃ駄目だよ」
ポンポンとメアちゃんの頭を撫で、落ち着かせた。メアちゃんも警察という言葉が効いたのか、ふてくされながらも椅子に座る。
あの二人が凄いハッカーだということは分かった。バグのことも知っているみたいだし、何か関係があるのかも。で、残ったのはオレと主婦らしき女の人だ。どう見ても何も知らない一般人だし、関係があるようには思えない。
オッサンも同じことを考えているのか、オレと女の人を見てきた。
「えーっと、赤石華絵さん?アンタ普通の主婦みたいだけど、何か心当たりはないの?」
オッサンに尋ねられ、赤石さんと呼ばれた女の人は困ったように視線を泳がせた後、
「いえ……特にありません。バグって名前も聞いたことあるだけで、それが何なのかすら分かりませんし……」
しどろもどろにそう答えた。オッサンは片手を顎にあててしばらく考えた後、
「カイト君はどう思う?彼女について何か心当たりは?」
カイトの方へ向いた。カイトは「はあ?」とでも言いたげな顔で、
「なぜ俺にそれを聞く。関係ないことだ」
短く返した。しかしオッサンはニヤニヤと笑うと、
「いやーぁ、そんなことないでしょ。カイト君がやってるネットゲームのお友達、彼女なんでしょ?」
それを聞いたカイトはこれ以上無い程うっとうしそうな表情で、
「それはお前が途中で面倒になったゲームを俺に押しつけてきたんだろ。別に好きでやってるんじゃないっ」
「えー?そうかなぁ?確かに代わりにやっといてとは言ったけどさぁ、別に仕事じゃないんだから無理にや
らなくてもいいんだよぉ?」
わざとらしく言うオッサン。完全にからかわれているカイトはあまり表情には出ていないものの、怒りで片方の眉がヒクついている。
「その仕事が無いから仕方無くやってやってるんだっ!いい加減仕事をよこせっ!」
「無理だよ。オレだってやることなくて暇んなんだもん」
即答するオッサン。この人達、ほんとに何やってる人なんだろう。




