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16 華絵の見つけた希望

 俯いて顔を隠し、肩を震わせ始めた華絵にカイトは怪訝そうな顔を向けた。


「どうかしたのか?」


 華絵はそれには答えず顔を上げると、


「いいえ、諦めれば全て終わるわ」


 不気味なほど明るい声でそう言った。華絵の豹変ぶりに、カイトの表情が若干強張る。


「何を言っているの?簡単なことじゃない。このまま何もしなければバグが全部消してくれるのよ。そうすればあなたの役割も終わるわ」


 まるで生きる希望を見つけたかのように華絵の表情は明るかった。身体は疲れているはずなのに、目だけが爛々と輝いている。


「違う、それでは意味が無い」


 華絵に戸惑いながらもカイトは反論した。しかし華絵は勢いよく立ちあがり、


「何が違うのよっ!私達がここにいる意味なんて最初から無いんでしょっ!だったらもう終わりにすればいいじゃないっ!」


 声を荒げてそう言い、足早にカイトの目の前に迫って来た。そしてカイトの胸元を両手で掴み、


「お願い、もうそんなこと言わないでっ。あなた私の気持ちが分かるんでしょ?終わりの無い未来があることがどんなに辛いのか、あなただったら分かるでしょ?だからもう、終わりにさせてよ・・・」


 今度は顔を大きく歪め、力無い声で懇願した。カイトは冷静に華絵を見ているように思えたが、内心では今までに無い程に迷っていた。カイトはそっと自分の右手を握る。この破壊プログラムを使えば華絵の希望は叶えられる。しかしそんなことをすればファイブは絶対納得しないだろうし、自分も後悔しないのかと悩んだ。それは華絵にとってはどうでも良いことで自分達のエゴでしかないことは分かっている。それでもカイトは自分も同じく失望し、そして今やっと希望が見えたところで全てを終わらせたくなかった。今までやってきたことを意味が無いままで終わらせたくはなかった。


「もう少し待ってくれないか」


 静かな声でカイトは言った。華絵が今にも泣きそうな顔でカイトを見上げる。


「私はもう待ってられないのよっ!辛くてどうにかなりそうなのっ!あなたがファイブさんに協力しなければ全て終わらせることが出来るのっ!」


「確かにそうなるかもな」


 カイトは冷静に言って、華絵をゆっくりと自分から引き離した。


「だが柏木燈真やネコノタマはどうなる?お前と同じように死にたがっているように見えるか?あの二人だけじゃない、他の住人だってそうだ。たった一人のために街を消す権利は俺には無い」


 厳しい答えに華絵はしばらく茫然と立ち尽くしていた。華絵は理解が出来なかった。最初に自分も同じ考えだと言って期待させておきながら、なぜ今になって突っぱねられるのか分からなかった。


「何でよ・・・」


 震える声で華絵は呟いた。怒りなのか悲しみなのか自分でもよく分からない涙が一筋頬を伝う。


「最初は私達のことなんてどうでもよさげな顔しておきながら何で急に変わるのよっ」


「お前達に会って変わったんだ。ゲームの中でのやりとりだけなら、俺の考えはずっと変わらなかっただろう」


「・・・・・」


 華絵はもう何も言わなかった。結局カイトと自分は違っていて何を言っても相手には伝わらない。自分を救ってくれる人はここにはもういない。そんな絶望感の中、こんな考えがふと頭を過る。ではバグならどうだろう。彼も言っていたじゃないか、この世界は馬鹿馬鹿しいと。


「そうよ・・・」


 華絵は宙を見つめ、小さく呟いた。


「何がそうなんだ?」


 華絵のただならぬ様子に警戒しながらカイトが尋ねるが、彼女にはもう何も聞こえていなかった。

 自分の居場所は最初からここにはなかった。でも、今からでもまだ間に合う。ここを離れてバグを探せば何かが変わるかもしれない。

 華絵は無言で歩き出すと、ドアへと向かって行った。すぐさまカイトが立ちはだかり、


「何処へ行くつもりだっ」


 華絵の腕を掴む。華絵はカイトを睨みつけ、手を振り払おうとするがビクともしない。


「離して。私はバグの所へ行くの」


「バグの所だと?一体何を考えているっ」


 強い口調でカイトが言うと、華絵は睨みつけたまま笑い、


「きっとバグなら私を消してくれるわ。そのためなら私に出来ることなら何でもするつもりよ」


 そう答えた。例えバグに会えたとしても、一般人である華絵が自分達の脅威になることはないだろう。それならこのまま行かせてバグに消されるのも華絵にとっていいことかもしれないとカイトは考えた。自分の手で出来ないのなら、せめて何処へ行くかくらい本人の自由なのではないかと、華絵の腕を掴む手をゆっくりと離した。カイトの意外な行動に、華絵は少し驚いた表情を見せたが、


「今までありがとう。私はもう、戻らないわ」


 落ち着きを取り戻し、静かに言った。カイトはそれに頷き、


「分かっている。俺とお前は違っていた」


 華絵から数歩離れた。華絵は踵を返して部屋を出て行った。


「・・・・・」


 一人になった部屋で、カイトは腰に片手を当てて大きく溜息を吐いた。このことをファイブが知れば決していい顔はしないだろうが仕方がない、事が収まったら話そう。そう思い、自分も部屋を出ようとした時、携帯電話の電子音が鳴った。


「何だ?」

 自分にかけてくる相手はファイブしかいないので、ぶっきらぼうな声で電話に出る。


「あ、もしもしカイト君?どうよ、赤石さんの具合は」


 ファイブにそう聞かれ、カイトは華絵のいなくなった部屋をちらりと横目で見た後、


「問題無い」


 短くそう答えた。フェイブが電話をかけてきたのは華絵の容体を聞くためだけではない。何か別の用事があるからだと思い、今面倒な話になるのは避けたかったからだ。


「それなら悪いけど、すぐに二〇五号室に来てくれないかな。ちょっと問題発生なんだよね」


 問題発生と言う割には呑気な声で言い、やはりなとカイトは口には出さずそう思った。


「分かった。すぐに行く」


 そう言って携帯電話を切ると、カイトはすぐに部屋を出た。


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