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15 カイトと華絵

「はー、何だかなぁ」


 オッサンが出て行った後、オレはそうぼやいて再び椅子に腰かけた。


「大丈夫ですよ、主。ファイブさんは見た目よりもずっと仕事が出来る人ですし、私も何があっても主を守りますから」


 いや、そうじゃなくてオレって結局守られてばっかりで何も出来ないんだなぁと思ったんだよテンちゃん。でもそんなこと口に出すと余計に心配かけそうだから、


「オレも頑張るよ。ありがとうテンちゃん」


 そう返しておいた。


「さあ、もう遅いですから今日は休んでください」


「え?ああ、うん」


 テンちゃんに言われ、ベッドの横に置いてあるデジタル時計を見ると時刻は夜中の二時だった。昼間から突然夜中になったものだから正直あんまり眠くはないけど、とりあえずベッドに横になってみる。


「それでは電気消しますね」


「うん」


 そう答えるとすぐに部屋は暗くなり、それと同時に静まりかえった。

 ・・・ちょっと待て。何かおかしい。

 オレはすぐにベッドから上半身を起こした。この部屋ベッドが一つしかないのにテンちゃんはどこにいるんだ?


「テンちゃん」


「はい、どうかしましたか?」


「テンちゃんって今どこにいるの?」


「椅子に座っています」


 やっぱりだ。この子寝ないで一晩中オレを見張ってるつもりだ。


「テンちゃんは寝なくて大丈夫なの?」


「はい。私はAIですから」


 自分よりもずっと年下の女の子に見守られて寝ようとしているオレ。こんなこと、どんな理由があっても許されるはずがない。


「あのー、そこまで気を遣わなくても大丈夫だよ。テンちゃんも隣の部屋で寝て来たら?」


 そう言うと、テンちゃんはとんでもないというような口調で、


「そんなこと出来ませんよ主。私は寝なくてもいいように作られてますから、安心して休んでください」


 きっぱりと返されてしまった。テンちゃんにとってオレをバグから守るのが最大の役目。そんな彼女に気になって休めないから、なんて口が裂けても言えず、


「う、うん。分かったよ・・・。それじゃあおやすみ」


 結局力尽きて妥協してしまった。


「はい、おやすみなさい」


 オレはテンちゃんに気づかれないように溜息を吐いて、ベッドに横になった。ああ、今夜は長いだろうなと思いながら。



 

 それより少し前のこと。

 ホテルの一室でカイトは華絵をベッドに座らせた後、特に言葉をかけることもなく、


「今日はもう休んだ方がいい」


 そう短く言って立ち去ろうとした。


「ねえ、どうしてネットゲームで私なんか相手にしたの?」


 ベッドに腰掛け、窓の外を見ながら華絵がそう尋ねた。しかし外と言っても真っ暗で、ガラスに映る自分の姿しか見えはしない。カイトは華絵に背を向けたまま、しばらく間を置いた後、


「何となく、気になったからだ」


 そう答えた。華絵は視線をカイトの背中に移し、


「何となくって、何が?どうして気になったの?」


 その質問にカイトは答えなかった。思い悩むようにカーペットの一点を睨みつけている。そんなカイトの様子を見て、華絵は自嘲気味に笑うと、


「ファイブっていう人が自分達は管理する側だって言ってた。だからあなたも仕事で私を監視してたんでしょ?」


 実際それもあるとカイトは内心同意した。何事にも興味を持てずただ死にすがっている住人が増えてきていることをカイトは疑問に思っていた。その原因を調査しようと、そういう連中が多く集まるネットゲームに潜り込み、そして赤石華絵に出会った。でもその後も華絵と長く付き合っていたのはそれだけではない。


「理由はそれだけではない。何となく、自分と似ていると思ったからだ」


「似てる?私とあなたが?」


 怪訝そうに華絵は眉をひそめる。現実から逃げようとしてばかりいる自分と別世界の人間であるカイトが似ているなんて考えられなかった。

 カイトは華絵に向き直るとこう答える。


「前にこう言っていたよな。今までどんなことがあっても新鮮味を感じられずなぜか馬鹿馬鹿しいと思ってしまうと」


「そう・・・。初めてのことなのに、なぜか前にも同じことがあったような気がして何をやっても面白くないの。小さい頃からずっとそうで、全てのことに飽き飽きしてた。家の近くでお祭りをやってた時も、他のみんなはすごく楽しそうなのに私はどうしてこんな店が並んでるだけの場所が面白いのか少しも分からなかった。学校も結婚も同じで、こんなにつまらない思いをしているのはきっと私だけだと思ってたわ。でもネットゲームだけは違ったの。今まで見たことのない夢みたいな世界で、こんなのがあるんだって生まれて初めて感動した。それに私の話を分かってくれるあなたにも出会えた」


 そう言って、華絵は弱々しく微笑んだ。カイトは華絵から目を逸らすように窓を見るとこう言う。


「そう思うのはお前一人だけではない。この街の住人はひとつの生涯を終えると記憶を全て消され、また一から始めさせられるとバグが言っていたよな。その時あまりにも記憶の消去と構築の繰り返しが多いと完全に消去できなくなってくる場合がある。そうすると消しきれなかった記憶が常に残っていて、何に関しても新鮮味を感じられずに興味が持てなくなる。そういうデーターは年々増えていて、このまま行けばほとんどの住人が自殺願望を持つようになるかもしれない」


「じゃあこの街はもう限界なのね」


 華絵は呟いて、自傷的にまた一人で笑った。二百年以上前から同じことが繰り返され、人々は終わりのない人生に疲れ果てていく。そして全ての人が自殺を繰り返すようなことになればこの街もいつかは消えるだろう。肉体を持っていた人間が滅んだ時とさして変わりはしない、何とも馬鹿馬鹿しい話だと。

 一方カイトは本当に自分が予想していた通りになるのだろうかと疑問に思い始めていた。ネコノタマや柏木燈真がこの先華絵のようになるとは考えにくい。確かに劣化し、消えて行く存在もあるだろうが、ファイブの言うように進化し続ける住人も増える可能性も大いにある。そうなると街事体がどう発展してくのか全く予想がつかない。


「限界と決まった訳ではない」

 華絵がカイトを見上げた。


「さっき言ったことはあくまでもオレの推測だ。今まで俺はこの街の劣化した部分しか見てこなかった。しかし今回のことでネコノタマや柏木燈真に会ってもしかしたら俺の考えていることは違うのかもしれないと思い始めた。あの二人はこの状況においても諦めを知らないからな。もしバグを倒すことが出来たら、俺はお前みたいな人間が出てこないように原因を突きとめるつもりだ」


 先ほどとは違い、迷いの無い目で華絵を見る。華絵は驚いたように口を小さく開いたが、


「やっぱり似てないじゃない。私とあなたは全然違う」


 笑いながらそう言って視線を自分の手元に下ろした。そんな華絵を見下ろしながら、カイトは言う。


「いつかお前は、こんなつまらない所から抜け出して別世界へ行ってみたいと言っていたよな。だが俺の知っている別世界はこの街より遥かに退屈で変化に乏しい」


 華絵は無言で再びカイトを見上げた。カイトは真っ黒に塗りつぶされた窓の遠くを見てこう続ける。


「俺は半分地面に埋まったシェルターからほとんど外に出たことが無い。最近外に出たのは十年前で、その時に見たものは何もない森と、所々に残っているコンクリートの残骸や錆びて折れ曲った鉄骨だけだ。当然そこに人間は暮らしていない。シェルターに戻っても何もないのは同じだった。コンピューターの中でデーターの人間が動きまわるのを監視する毎日。たまにメンテナンスをする以外は俺達のやっていることに特に意味は無い。そんな日々を俺は百年以上も続けて来た」


「百年以上って・・・そんなに歳をとっているようには見えないけど」


 カイトの外見は三十年生きてきた華絵よりも若い。全く計算の合わないカイトの話に華絵は困惑した。カイトは横目で華絵を見ると、


「俺とファイブは人間じゃない」


 淡々と答えた。それからまた視線を窓の外へと戻す。


「俺は街を管理するために人間に造られたアンドロイドで、ファイブは人造人間だ。前に奴が自分のことを五番目に生まれたからファイブだと言っただろう。人造人間はアンドロイドと違って寿命がある。ファイブもまた、自分に残された時間が少ないと分かると次の人造人間を作って役割を受け継がさせていく」


 華絵はカイトの話を聞いてポカンとしていた。それからしばらく難しい顔をして、口元に指を当てながら考え事をしていたが、


「それって意味のあること?」


 ふいに顔を上げてそう尋ねた。カイトはゆっくりと首を横に振り、


「分からない。いや、無いのかもしれない。その意味の無いことのために俺は作られ、今まで生きてきた。人間ならとっくに発狂か自殺しているだろうが、生憎アンドロイドの俺にはそれが出来ない」


 小さく溜息を吐いた。それを見て、華絵は彼らがやってきたことを意味があるのかと聞いてしまったのを申し訳なく思った。しかし自分も同じように悩み、そして絶望の淵にいるので励ましの言葉も思いつかない。


「それでもあたなは諦めないのね」


「諦めて全てが終わる訳ではないからな」


 何気なく返したカイトの言葉に、華絵の表情が固まった。いや、諦めれば全てが終わる。あの人が、バグが全部綺麗に消してくれる。救世主は目の前にいたのに、なぜ自分はそれに気づかなかったのだろうかと思うと、華絵は急に笑いが込み上げてきた。


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