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14 最終手段登場

 それからオレ達はネコノタマをロビーに残し、ホテルの一室へ向かった。ビジネスホテルなので部屋はシンプルでそう広くはない。オッサンはオレとテンちゃんに椅子を勧めると、自分はシングルベッドに腰掛けた。


「念のため、燈真君にはこれを渡しておくよ」


 そう言って、テーブルに印鑑入れのような銀色のケースを置いた。


「何ですか、これ」


 オレはそう聞きながらそれを手に取ってみる。ケースには小さなボタンがついていて、それを押してみる。すると蓋がパカリと開き、中にはうっすらと光る青い液体入りのガラスの管が入っていた。


「それはカイト君が持っていたのと同じデーターを破壊するプログラムだよ。万が一のため、一応持っていてほしい」


 それを聞いて、ガラス管を持つオレの手に一気に緊張が走った。もし手が滑ってこれを落としてしまったらどうなるんだっ?その瞬間オレの人生は終わるのかっ?

 とりあえずこんな危険なものを長くは持っていたくないので、慎重にケースに戻してから、オレは尋ねる。


「あの、これってどうやって使うんですか?中に入ってる液体をバグにかければいいんですかね?」


「いや、そんなことしなくていいよ。ガラス管ごとバグの体に突き刺してやればいい」


 オッサンは笑顔でそんなことをサラリと答えた。


「突き・・・刺す?」


 反対にオレは顔を引きつらせる。突き刺すって、ぶっかけた方が全然楽だぞ。

 そんなオレを見て、オッサンはまた笑いながら、


「大丈夫、力なんて何にもいらないよ。プログラムがバグに触れた瞬間どんどん破壊してくからバターみたいにすんなり入っていく。血とかグロテスクなものも出ないから安心して」


 いや、そういう問題ではない。刺すっていうこと事体に抵抗があるんだ。それに悪者とは言え、最悪オレは人を殺さなければならないかもしれないってことになる。そう考えると次第に不安と恐怖が増してきて、ケースを見つめたまましばらく黙りこんだ。


「あの、主の代わりに私が持つというのは駄目でしょうか?私が常に主の傍にいればバグが来た時に対処は出来ます」


 一人葛藤しているオレを見て、テンちゃんがそう言ってくれた。ああ、またテンちゃんに気を遣わせてしまった。そう思うのなら最初から潔くプログラムを受けとっとけよと突っ込む自分もいるんだけど、こんな凶器を一般人のオレが持っていてほんとに大丈夫なのかという不安も消えない。

 オッサンは真剣な表情のテンちゃんと青ざめるオレを交互に見て、困ったような顔をしながら、


「テンちゃん、君が燈真君にこれ以上負担をかけたくないのは分かるんだけど、出来れば燈真君に持っていてもらった方が安全なんだよ。それにこれを使うのは万が一の話であって、実際に使わせるようなことはオレが絶対にさせない。もし燈真君一人が残ってどうしようもない状況になったのなら、これを使って逃げてほしい」


 そう言って今度は携帯電話をケースの隣に置いた。何の変哲も無い、折りたたみ式の黒い携帯電話だ。それを見てオレとテンちゃんは不思議そうな顔をする。


「見ての通りただの携帯電話だ。でも中身は全く違うものだから緊急事態意外は絶対使わないように」


 オッサンの念を押すような口調に、この携帯電話こそプログラム以上にヤバイものなんじゃないかと思った。


「これは何に使うものなんですか?」


 恐る恐る尋ねるとオッサンは携帯電話を手に取り、蓋を開けて中を見せた。中もごく普通で何が違うのかさっぱり分からない。


「やることは簡単だ。この決定ボタンを押すと、バグに消された住民のバックアップデーターが別に作っておいた街に転送され、燈真君もそこへ移ることができる。街は以前と全く同じに作ってあるが、セキュリティーは格段に性能を上げている。もしバグがこの街を見つけても、次はそう簡単に乗っ取ることは出来ないだろう」


 オッサンの親指が置かれている丸いボタン。あれを押せばバグから逃げて元の生活に戻ることが出来る。でも街のほとんどの人はバグに消されてしまって、残っているのはバックアップデーターしかないんだなと思うと悲しかった。何も残っていないこの街にそこまで頑張らなくても、いっそのこと今このボタンを押した方がいいんじゃないかと考えが浮かび、


「だったら今ボタンを押せばいいんじゃないですか?だって街の人はもういないんでしょ?そんな、自分以外誰もいなくなった世界なんて見たくないですよ」


 オレはそう言った。オッサンはオレの意見に大きく頷いたが、


「確かにそうすれば今バグの脅威からは逃れられる。でもいずれは新しく作った街もバグに見つかり、また乗っ取られる可能性がある。だからこれは緊急の対処法で作ったものであって解決策ではないんだ。あいつは君を捕まえるまでは絶対に諦めない、どんな方法を使ってでも追いかけてくるだろう」


 厳しい表情で言った。そう言われるとオレもそんな気がして何も返せなくなる。バグのトウマに対する執着心はどう見ても異常だったし、今バグから逃れられてもいつかまた同じ目に遭うんじゃないかとビクビク生活しているのは絶対嫌だ。そうすると、やっぱり今どうにかするしかないのか。


「なあ燈真君。バグの言ったことを君はどう思う?」


 真剣に考えていると、オッサンが唐突にそう聞いてきた。


「え?何がですか?」


「この街の存在を馬鹿げていると言ったことだよ。バグの話を聞いて君もこんな街、最初から無ければいいと思ったかい?」


 そう聞かれ、オレはしばらく考えた。今まで色々なことを聞かされてかなりショックも受けたけど、赤石さんのように死にたいとは思っていない。バグにトウマそのものって言われた時はオレの存在って何なんだろうって考えたけど、冷静になってみればトウマのことなんてオレは何ひとつ知らないのに同じだなんて分かるはずがない。そしてバグだってちょっとオレのこと監視してたからってオレの全てが分かる訳がないんだ。そう思えるのもテンちゃんが助けに来てくれてオレのことをトウマじゃなく、柏木燈真なんだとはっきり言ってくれたおかげなのかな。


「難しいことはよく分からないけど、オレはそんなこと一度も思ったことはありません。昔がどうであれ、こうして生きている以上は今の生活を壊されたくないし、他の人達だって馬鹿げているからって理由だけで突然存在自体を消されるなんてそれこそ納得できませんよ。それにオレは柏木燈真って言う一人の人間です。突然出て来たバグなんかに勝手に人生決めつけられたくなんかありません」


 はっきりとそう答えた。それを聞いてオッサンは目を瞑り、大きく息を吐いた後、


「よかった。それを聞いて安心したよ。バグの言った通り、この街はとうに死んだ人間達のエゴで作られた。だからこんな街消してしまった方がいいんじゃないかと考えたこともある。でも君達が現実の人間と同じように笑ったり泣いたり普通に生活している姿を見て、無機質なデーターなんかではなくオレ達と同じ命があるんじゃないかって思い始めた。確かに赤石華絵のように死にたがってる連中も存在するが、燈真君がそう言ってくれてオレが信じてきたことは決して無駄じゃなかったんだって思えることができた」


 穏やかな表情でそう言った。そうか、オッサンもバグの言ったこと結構気にしてて色々悩んでたんだな。


「そうですよ。それよりも一番無意味なことをしようとしているのはバグなんですから」


 テンちゃんが言い、オッサンは無言で大きく頷いた。そしてベッドから腰を上げると、


「さて、もう行くよ。そろそろ本気で仕事しないとカイト君に怒られるからね。燈真君は疲れてるだろうから今日はもう休んだ方がいい。それからテンちゃん、彼を頼んだよ」


「はいっ」


 テンちゃんも椅子から立ち上がって言い、オレもそれにつられて立つと、


「あの、オレは大丈夫ですから。何か出来ることがあれば手伝いますよ」


 これ以上お荷物になるのは嫌だと慌ててそう言った。するとオッサンはヘラヘラ笑いながら、


「じゃあ肩たたきでも頼むかな」


「オレってそんなに役立たずなんですか・・・」


 肩たたきって小学生でもできるじゃん。そう本気で凹んでいると、


「ウソウソ、冗談だよ。燈真君は何にも気にしなくていいから、ゆっくり休んでなよ」


 オッサンはそう言い残すと、踵を返して部屋を出て行った。


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