蝶のフリ
面接は案外簡単に通った。
夜職経験者だというと、週にどれくらい入れるか、固定客はどれくらい居るのかなど、具体的な質問に変わり早速明日から体験入店で、といった流れになった。
ジャージを脱ぎ捨てドレスを持参し、水商売の化粧をする。
S市は小さな町だ。
特に夜職の繋がりはかなり深くまで刺さっている。
件の雇われママの恋人がオーナーを勤める店で働くこととなった。
初日から元営業マンだった事や夜職経験から、作り笑顔で他のキャストへ挨拶をする。源氏名は「あい」になった。勿論挨拶に返答などなく、全員が待機ブースの団体席で携帯を弄っている。
「お客様ご来店でーす!いらっしゃいませー!」
ボーイが大きな声で客の来店を知らせ、待機場から人気嬢数名を抜いて横に付けさせた。
「あいさんは、初日ですし、ピンにつけますので。」
ブスっとした顔に戻ったボーイはそう告げておしぼりを持って慌ただしく団体の世話をする。
ピンとはひとりでくるお客の事だ。団体だとキャスト同士の連携も大切になってくるし、友達同士で盛り上がって単価も上がる。ピンにしか付けないとは、ある意味「ハズレくじ」を引くようなものだ。
「お客様ご来店でーす!いらっしゃいませー!」
「…あいさん、お願いします。」
「はい。」
紫色のドレスにキャバヒールを履いてすっと立ち上がった。ピンの年金暮らし風のオジサンだ。単価が狙えないだろうから、リピートもないだろうし、体験入店にはちょうどいいと思われたのだろう。
「あいです。お隣失礼します。」
「おっ。おおっ。すわらんね。どうぞ。」
もう既に1軒目でひとり飲んできたのだろう。焼酎の香りとタバコ臭さと加齢臭が織り交ぜになっているうえに酷い口臭だ。それでもあいは笑顔を絶やさず、乱暴に投げられたおしぼりを丁寧に整えて話しかける。
「もうどこかで飲まれていらっしゃるんですか?とても上機嫌に見えるから。」
「がはは。わかる?俺、顔に出るタイプなんだよ。」
「てことは今少なくとも楽しんでるってこと?」
「まぁね。君に飲ませるかは、君次第だけれどね。」
「えー、1杯欲しいな…ダメ?」
「…しゃあねえなぁ〜たけぇのはだめばい?」
「やったぁ〜大好き〜!」
手元の紙に欲しいドリンクと名前を書いてチンベルでボーイを呼び手渡す。
客を煽て、飲ませ、ドリンクが数杯出させたところで客は急にピンクなモードに入る。
「ねぇあいちゃん!君のこと気に入っちゃったな、俺〜。」
「もしアフターでホテル行ってくれるなら、シャンパンおろしてもいいよ。」
チラリと懐から100万円の札束を見せる。
たまにいる「ピンで自由気ままにセクハラしたい、お金持ちの寂しい親父」の典型パターンだ。
若い子なら飛び込むだろうが、アラサーで夜職経験も長い佐和子は冷静に対処した。
「も〜そんな大切なお金、雑に使っちゃダメよ。」
「楽しく飲もう!一瞬で終わるより。」
「あっ、連絡先交換しない?」
「わたしたち、相性良さそうだものね。」
程なくしてピンの客は帰っていった。3セット、ドリンク10杯、場内指名。体験入店の初客にしては上出来だろう。だからこそ、待機場で眺めていた先輩方には、面白くない展開だったようだ。戻ると一層険悪になり今度は睨んでくるが、佐和子はお構いなしに先程の客に感謝の営業LINEと次回の来店予定の取り組みを始める。
結局その日は客の入りが悪い割にはキャストの数が多すぎたので、佐和子は一度しか客の席につけなかった。むしろ一度も客の席についていないキャストもいる中で疎まれる存在として初日から認識されるようになった。
更衣室でドレスを脱ぎ帰り支度をしていると、コソコソと陰口が聞こえる。我慢だ。それしかない。反応したらどっちに転んでもいいことはない。
帰路に着くと一目散に派手に着飾った化粧を洗い落とし高いヒールで疲れた足を風呂で癒した。多少靴擦れが痛い。しかし致命傷ではない。まるで佐和子の1日そのものの様だ。
「明日も出勤かぁ…。」
「思った以上にやりにくい連中ね。」
「気晴らしに飲みにでもいきたいわ。」
時刻は朝の4時半。近くのコンビニまでジャージで、歩いてサンドイッチ、缶ビール、タバコを買った。外灯には蛾がブンブンと音を立ててぶつかっている。あなたもわたしと同じ。蝶のフリだってできるのに、ね。




