孤独は契約書にサインする
楽しい夜、厳密に言えば切なさもまじりながら過ごした夜でも、朝は周期的にやってくる。
福岡県O市に居たわたしは思い入れの強かった長崎県S市へ転出する事とした。
長崎への強い憧れが佐和子を導くのにそんなに時間は要さなかった。
オンボロで家相の悪い自殺名所として有名な(これは後から知ったことだが)川沿いのアパートへ引越しをした。
引越しを終えて、街に飲みに出ようとしたら、ちょうどその頃新型コロナウイルスの新株が登場したあたりで、ほとんどの店はシャッターを下ろして淀んだ雰囲気を醸し出していた。
闇雲に電話をかけて開いている店を探し、某ビルの5階のスナックなら開いていることを知った。
早速向かうと年は佐和子よりも5歳ほど若い雇われママがつくり笑顔で迎え入れた。
「え〜福岡で水商売してたんですかぁ。」
「あははっ。お腹いたぁ〜い。」
「このお水、美味しいからチェーサーにどうぞ。」
なんとも面白みがない会話だったが、折角の金づるを逃がしたくなかったのだろう、必死に食い止めているようにも見える。そこに若干の同情心が芽生え、週に2,3回ほど行くようになり、オーナーや他の女性キャストとも交わるようになった。
オーナーは、(これも後で知った話だが)かなり暴力的で雇われママと恋人関係にあったらしい。
定時を過ぎても居座っていたわたしを面倒くさそうに扱う。
そして夜の商売では常識だが、基本給料は現金日払いだ。目の前で数千、数万を怠そうに受け取るキャストからは、先程の笑みや愛嬌はまるでない。
ママからは定期的に連絡が届く。
「今度バースデーイベント、来てくださいよぉ。安くしときますから。」
「今日は来れないんですか?さみしい〜。」
どれもこれも、陳腐で浅はかだ。しかしS市でバンドマン以外の知り合いもいない佐和子は徐々にこころを許してしまう。
「今度の土曜、N市までお買い物いきませんか?」
初めての「店外デート」であった。ましてレズビアンでもないし、女性同士なので、そこに小さな友情のようなものを錯覚して見てしまった。
「いいよ。何時?」
「やったァ〜12時とかどうです?」
「集合場所はぁ…」
指定された日時へ行くと缶コーヒーを持って彼女は待っていた。
遅れて申し訳ないと詫びを入れられ早速向かおうと急かされる。
そんなにも買い物が楽しみだったのかと少し奢ってしまった。
現地に到着すると女性1名、男性2名がいた。
建物や内装はかなり立派で清潔感があった。
皆が作り笑いで愛想良く振る舞うも、夜職などこんなものだろうと思っていたのでそこはさほど違和感を覚えなかった。
女性から洗顔され「ほら、この商品を使うとこんなに肌が若返るのですよ。」と自慢げに見せつけられる。
立て続けに雇われママは「わたしはここの化粧品しか使ってませんが疲れて寝ちゃってもニキビひとつ出来ないんですよぉ〜。」と推してくる。
ふうん、買い物とはこの事か。化粧品を切らしていた佐和子は、まあ、ファンデーションくらいなら買って帰ってもいいかなぐらいの気持ちで、買おうかなとボソリと呟いた。
その瞬間、4人が目配りしピリついた瞬間を一瞬見せたが、タバコでも吸おうと外へ出して男性2名は個人的な情報、例えばこの商売でいくら儲けてどこそこへ旅行にいっただの、高い給料は時間では買えない、逆に時間に追われるのは無駄だなどと話す。
今振り返ってみると、これは完全に「洗脳タイム」であった。
一服から戻ると女性2人はどこかへ消え喫煙していた男性が、では早速とパンフレットの裏側にボールペンで構成図を描く。所謂、ネズミ講だ。
でも今回の購買であなたが所属するだけでノルマなどはない。雇われママの成績が少しあがるだけだ。彼女は貴方を姉のように話している。ひとつ買っていってくれないか?とラッシュをかけられた。
ネズミ講自体詳しくなく浅はかで寂しかったわたしに、頼りにされてるからお願いしますと言った言葉は深くゆらがせた。数千円なら、と購入手続きをした。念の為本人確認書類を求められたが、会員登録に必要と説明された。
帰り際、雇われママの顔は疲労に満ちておりながらも満足げだった。人助けでもした気分だったので、こちらもあまり口数は増やさず休ませることにした。しかし、その様は何処か定時上がりの日給を数えている従業員のようだった。
1週間ほど彼女からの連絡は途絶え店に行くより仕事が忙しかった佐和子のもとへ大きな浄水器、化粧品一色、日用雑貨一色と請求書が届いた。40万円ほどであった。
慌ててママに電話するもでない。
男性二人に電話するもでない。
嵌められたのだ。
クーリングオフを頼むもできないと言われた。
そして、追加で160万円消費者金融で借入されていたことも発覚する。
証拠がないため警察にもいけない。
「信じるって、なんだろう。」
ぼーっとしながら山積みの荷物を雑に押し入れにいれて、ベッドに入った。
「明日から夜職して稼ごう。」
「なんだか、疲れたな…。」
時刻はそう遅くはなかったし寝付きも悪かったが、惰眠を貪ることしかできなかった。




