親友
「ちょっと聞いてくださいよぉ〜。」
不意のLINEで目覚める。
時は既に0時を回っていた。
「どうしたの。もう眠るところなんだけれど。」
少し不愉快さがあったものの、こんな時間の連絡なら急ぎかもしれない。困った者を見過ごせない佐和子の気性が出てしまう。
「この前のお客、覚えてます?ぶーちゃん。」
「あーぁ、あの、怒って来店してきた人?」
花江は19歳だが、22歳と偽ってキャバレーで働いておりそんな嘘もこの街では当たり前だ。オーナーは若いオンナというだけで面接突破させていた。ついでに叙述しておくと、夜の治安が悪いO市では日常茶飯事なので、佐和子も特段そこは気にしていなかった。
懐かれていることは事実だった。ボーイと交際関係にあり、カップル揃って佐和子に依存しており、ボーイはボーイで、「あのキャスト、やる気ねぇんすよ、佐和子さんのが夜職先輩なんやけん、思いっきり言っていいっすよ!」であったり、花江は花江で「さわちゃんと毎日一緒じゃなきゃ嫌だ」という理由で、ガールになってよと騒ぎ立てる。
問題が起こるたびに愚痴が飛んでくる。退店は決意していたものの、まだLINEまではブロックしていなかった。そのことに、佐和子は些かな苛立ちを覚えた。
「今回の怒ったお客さんが、何て?」
「あのね、さわちゃんに会いたいんだって!LINE教えていいかな?て言うか、むしろ今からお店、出れない?」
無論無償で働くなど御免だ。
そして夜職歴10年の佐和子はこの店からキャストデビューした女の子達から慕われてはいたものの、低賃金で客回しやドリンクオーダーを受けたり女の子のメンタルケアを四六時中する義理などない。
それでも話を聞いてしまうのは、佐和子自身の弱さなのだろう。
「だめだよ。自分の客でしょう?自分を持ちなさい。」
「ぶーちゃん、悪い人じゃなかけん!さわちゃんが唯一の親友だけん!」
親友?その言葉の意味を深く掘り下げると、長崎県にいる本当の親友が思い浮かんだ。
キャバレー経験者の仲間で、LIVEハウスで出会い、縦横無尽に暴れ倒しては懐く時だけ異常に恥ずかしがるバイ・セクシャルの女の子。
妊娠をきっかけに遠く福岡の地から苺を送ってあげると、「佐和子がくれたものだから。」と必死でつわりの吐き気を我慢して食べてくれた子。辛い時も悲しい時も全ての感情を共有してくれた子。一度縁が切れてもまた戻った本当の親友。
「人には人の、自分には自分の地獄があるんだよ。」
そう、わたしに励ましてくれたわたしの大事な友人まで汚された気がして佐和子は感情をむき出しにする。
「わたしが言いたいのはぶーちゃんが嫌とかじゃないのよ。あんたの夜職への覚悟の甘さを言ってんのよ。」
「第一、ぶーちゃんがキレたのも、あんたのミスでしょ。庇うの大変だったわ。」
通称ぶーちゃんは昼間のランチを花江と立てていた。時刻になり花江に連絡すると、親の用事なのか自分の都合なのかは曖昧に、地元熊本にいるので会えないと伝えた。しかしSNSで久留米の美容室にいたことがバレて、悲しさと裏切られた気持ちで怒りに身を任せて来店してきた所を、間に入って仲裁したのが佐和子だったのだ。
「………これ、ぶーちゃんの電話番号。お願いだから出てあげて。」
もう怒りは通り越して、冷めた目線でこう告げる。
「甘ったれんのもいい加減にしな。」
通話を切った後も、しばらく携帯を眺めていた。
誰かの尻拭いばかりしている。うんざりだった。
第一既にオーナーに辞める旨を告げている。
皆を統率するリーダー人種がいなかったお店で佐和子のような人材はありがたいと思っていたらしく、裏切られたと思ったオーナーは罵詈雑言を浴びせてきた。
しかし、佐和子は夜職自体に辟易としていた。
嘘の中に溶ける氷。排尿されるお酒たち。暴れる臭い酔っ払い。タバコ代を稼ぐために飲む酒。うんざりだ、心底。
初めての水商売経験の時は灰皿にタバコが2本溜まったら即交換しろと言われた。
当時お酒を作ることやお喋りで精一杯だった20歳の佐和子は吸殻を3本残してしまった。
その瞬間テーブルの下でピンヒールがすねに刺さる。
ママがテーブル越しに蹴って来た挙句裏に呼び出され、タバコを咥えながら泣かされるまで説教された。
そして背中をど突かれ、「笑顔を買いに客は来てんだよ。笑え。」とテーブルに戻された。
そんな事ばかりではなかったが、だいたいの夜のお店なんてそんなものだ。
もう、うんざりなのだ。
猫たちの「大変そうですねぇ」と言った半目を撫でて湿気混じりの部屋でタバコを吸いながら、そっと花江をブロックした。




