後ろにはわたしがいる
週末ということもあり、店は満卓だった。
佐和子も忙しなくドレスへ着替える。
ボーイからはやっと来たという安堵感と些か責め気味にこう言い放つ。
「佐和子さんはラウンジの時給で今から働いてもらいますが、ガールの仕事もしてもらいます。」
「氷を取って、お酒を作って、全体を見て、伝票をつけて、付け回しをして………。」
さすがに佐和子もイラッとした。
「ちょっと待って頂戴。席に着いたら見れて4~5人分よ。そのお酒を作る上にトークを盛り上げて、全体を見ろだなんて、無茶すぎるわ。」
「……でもガールとしての動きは……。」
視線は依然として花江に向かっている。
このボーイはお店のことなど何も考えていない。
嵌められたのだ。花江を守る代わりに面倒事を押し付けられる存在として、水商売歴が10年もある佐和子に押し付けたのだ。
とにかく出勤した以上はやるしかない。
空間があったので吸い寄せられるように佐和子はそこに座る。
「はじめまして。あいです。今日はもうだいぶのんでらしたの?」
「消防団の集まりでね、結構みんな、飲んでる。」
「あなたが一番冷静に見れるわ(笑)お幾つなの?」
「今年36になります。」
佐和子と同年代だった。
Aとの恋愛が忘れられ無いとはいえ、何名かとの恋を経験した佐和子は、浅黒い青年の左手薬指に光る指輪に、羨望と見たかった過去を重ね合わせた。勿論表情には出さずに。
そうこうしていると青年の奥の3人のお客が完全にシラケているのを見つける。
それもそうだ。
系列店からヘルプで入っている10代後半らしき子はドレスも着用せず、客用のお菓子、所謂チャームを舐めながら前のめりでぼーっとしている。
お酒を作る係は例の「給料泥棒」の一員だし、誰もが喋らない。
これはまずいと思いながらヘルプの子を裏に呼び出す。いまどきの子、と言えば急に自分にオバサン感が出てしまうが、強く言っても聞かないのであくまで優しく諭した。
「はじめまして。あいと申します。教育係になっているの、宜しくね。」
「あっはぁい。」
相変わらず飴は舐めている。この世の全てを舐めているような雰囲気だ。若さだけを武器にして。
「単刀直入に言うわね。まずチャームを勝手に食べたらいけないわよ。それとドレスが入るなら貸しドレスに着替えて、3番テーブルにいってご覧。あっちの方が勝手に話してくれるから、やりやすいはずよ。」
「わかりやした〜。」
心を少し開いてくれたのか、不貞腐れたのか知らないが、ここでようやくチャームの飴をゴミ箱へいれた。
「あなたはかわいいんだから魅了しちゃっておいで!」
佐和子は軽く背中を叩くとヘルプの子は喜んで着替えて席へ戻った。
もう一個改善しなくてはならない。
「給料泥棒」ちゃんだ。
チャームちゃんが空いた穴に座ると両サイド人見知り気味で顔は正直醜男であった。
端正な顔立ちだからといってテンションが上がる訳でもないが、その風貌からまずは緊張感を解きほぐす作業から始めなければならない。
そんなこんなで失敗談、星座の話、Mbtiの話などを繋ぐと徐々に緊張がほぐれ、笑みも見られるようのなったので、デンモクを持ってきて曲を進める。なんとB’zファンだそうだ。HとのS市LIVEが思い浮かび、
「いいわね!是非歌って!」
と、その時ばかりは佐和子に戻った。
つかの間全く上手くないB’zを聞きつつ(手拍子を取ることさえ難しかったのだが)「給料泥棒」ちゃんをみるやいなや、隠しもせず男前でアクビをしている。
適当な理由で裏に呼び出し、語りかける。
「あのね、お客様といて眠くなるのはわかるけど、カラオケで盛り上がりを見せてきた。ここで、キャストがアクビをしたら、どう思う?興ざめよね?」
「……でもわたし喋りが苦手で……。」
「何言ってんのよ、わたしにいつも変顔見せてくるくせに(笑)」
と佐和子は額を優しく小突いた。
「あなたにはあなたの武器がある。後ろにはわたしがいる。挑戦し続けるのよ。頑張りましょう!」
「…はい!!」
「お待たせお待たせ〜!お化粧直してきたわ。今日は特別な日だもの。」
「改めてわたしたちも1杯ずつ頂いていいかしら?皆で乾杯したいの。音頭はこの子にとらせるわ。」
「給料泥棒」ちゃんが「わたしですか?!」といった顔をするが、佐和子は大丈夫、大丈夫と微笑む。
団体客もさっきより盛り上がりを見せていた。
「一杯飲んでよ!」
と、追撃が飛ぶ?
すると「給料泥棒」ちゃんはテキーラを2杯もってきた。またしてもHと被る。不器用さそのものが。
「変顔しまーす!!ぶっ!!!」
「なにそれウケる(笑)」
「カンパーイ、ぶっ!!!!」
爆笑の中、自信を持ったのか、もはや給料泥棒ちゃんの顔はなかった。
結局団体は程なくして帰った。
しんとしていた状態からB’z大熱唱は頑張りがいがあったし、ヘルプちゃんも「給料泥棒」ちゃんも少なくても今夜わかってくれた。
そんな訳で精算をして貰い、わたしのことを妬むタトゥー姉さんに送ってもらうことになった。
自分で集客することはなく連日同伴を入れていた後輩の佐和子が嫌いなのは、誰がどう見ても明白だった。
黙った車内は気まずかったので、少しだけは反応があったのは「タバコ1本くれます?」だけだった。
最後に一言言われた。
「あんまり調子に乗らない方がいいですよ。」
微笑みながら助手席のドアをしめて、ベースを眺める。
帰宅後、ガジュマル達を眺めた。
「上手く生きるってなんだろうね。」
「少し、疲れちゃったや。」




