rain for rainbow
「急げ急げ!」
「間に合わなくなっちゃう!」
精神科病院勤務を終えてO市から約1時間かけて佐賀市の音楽スタジオへと車を飛ばす。
今日は心待ちにしていたバンドメンバーとの練習の日なのだ。
「イントロのスラップはキメておきたいな…。」
「練習動画、編集してあげようかな。」
「ああっ!もう赤信号がじれったい!」
BGMは前回練習していた時に撮ったもので、自分のベースの悪い癖を探したり、逆に映えてる所の理由付けをしたり、全体を通して聞いてみたりした。
オリジナルソング8割、コピー2割くらいの割合で「楽しく活動しよう」「仲間の意見は遮らず聞く」がモットーのポップバンドだ。神社の絵馬に「メジャーデビューできますように!」と仲間同士で書いたり「アニソンで使われないかな〜?」と話したりしていて、最高に楽しい活動だ。
「お待たせお待たせ!」
「お、佐和子今日珍しく遅いじゃん。」
「もう練習はじめちゃいましたよ。」
1個下のメンバー2人と合流して持ってきたベースとアンプを繋ぎ合わせる。足元は至ってシンプルにチューナーとプリアンプのみというのがこだわりであり、佐和子の生き様そのものだった。
「ごめんごめん。じゃあ、LIVEのセトリで通し練習しようか。」
「OKっす。いきます。」
ドラマーがカウントを取ってテーマソングを始める。これは佐和子が作ってきたものだ。疾走感に華やかさを出したくてLIVE前日にスラップをする指2箇所に血豆が出来たのをメンバーみんなで笑い合い、どうせなら潰して明日のLIVEに挑もうと笑った。楽しかった。例えベースの弦が血まみれでも不思議と痛みより快感が勝って、LIVEと大盛況だ。
「結構俺たち、イケてますね!」
「まぁ、俺が持ってくる曲がいいからな!」
「あはは、わたしの曲も負けてないわよ。」
そんな中新たにギターが一人欲しいという気持ちがして募集をかけたところ、案外あっさりと候補が見つかった。
スタジオ練習を見させて欲しいという彼の眼差しはまっすぐで汚れなきものだった。
実力においては他のふたりより数倍劣るし、気合いで乗り切るタイプのベーシストだったわたしはLIVEの数倍緊張しながらもすました表情を作って数曲を奏でる。ミスをしても気にせず弾き続けた。
数曲終わってタバコ休憩に入ったところで、唐突に彼はこう言った。
「俺、このバンドに入りたいです。」
技術も巧みなのにわざわざ知名度が低いバンドに入る理由となったのはきっとメンバー間の空気だったのだろう。優しいメンバーは、彼の加入を祝福して飲みいくか?と誘うが、
「いえ、ぼく、下戸なので。」
と、無表情にサラリと交わす。面白い奴が入ってきたぞとメンバー全員のギアがさらに高まる。
スタジオのホコリくささまでもが新たな道を祝福してくれるかのようだ。
「さっき一度聞いただけだけど、合わせられる?」
と、確認してみると、
「はい。大体覚えたので。ぼくなりにアレンジ入れてみます。」
「OK。じゃあ通しでいくわよ!」
演奏を始めるとはっと3人が新人君を見る。
自分たちが欲しかったギターの音を初めからわかっていたようなアレンジ。
キックの低音が床を震わせる。
ベースアンプの振動が脛を伝い、汗で湿った指が弦に吸い付く。
「これだ。」
まだ客もいないスタジオなのに、佐和子には歓声が聞こえていた。
これだ、これ!と喜びながら合わせていくと、音色をディストーションに変えて、存在感を出してくる。
一瞬みんなの演奏が止まりかけたところで、彼は首を傾げて「何かおかしいところ、ありました?直しますけど。」とサラッと言い退ける。度胸も座っている。現役大学生とは思えない。
「あんた、最高じゃない!」
「それはどうも。」
「でも、髪型がダサい。」
「親に切ってもらってるんで。」
「今すぐ美容院いくわよ!」
「えぇ…今から、ですか…。」
「わかってないわね、バンドは見た目も大事なのよ!」
「……はいはい。」
不服そうだが仲間のノリに悪い気はなさそうである。
スタジオの埃っぽい空気の中で、誰かが笑っていた。
ああ、この時間がずっと続けばいいのにと、佐和子は少しだけ思った。




