討伐戦④
一方、水岡たちライラック班以外の班もまた、
それぞれ会敵していた。
互いを隔てる目には見えない一本の大きな境界線があり、
そこを超えることができないでいた。
(こんなところで足止めされてる場合じゃないね)
突破口を探るべく、ウェンは木の陰から鋭い視線で周囲を見回している。
ウェンたちがいるのは、雑草が生い茂った獣道が間に通っている薄暗い林だった。
「そうだ。坂城たちはその場で留まれ。
1人は逃がしてもかまわん。
その先は平尾が相性がいい。足止めしろ」
この戦いを盤上で操るように管理しているのは、
レッドコアズリーダーのアベルこと瀬戸道次だった。
彼は直接メンバーに意思を伝達することができる。
その真の目的はみなには知らされていない。
「何か妙ね」
ウェンは隣の木の陰で同じく様子を窺っている相棒の沢田に呟く。
「何がだよ」
片目を瞑り、細かく照準を合わせながら指で空をなぞり立方体を作る。
その立方体の中に前方に見える木を入れる。
すると、沢田の体が翡翠色の光に包まれ、
同時に囲んだ範囲を爆風が包んだ。
そこにあった木は木端微塵になり、
地面には爆発の残骸の炎だけが散り散りにメラメラと燃えている。
「ちっ外れか。
今のでこの場所はバレた。移るぞ」
「ちょっと待つね」
「なに言ってんだ、このままじゃ一斉攻撃を食らうぞ」
しかし、ウェンは指を口に当てて静かにするようジェスチャーした。
沢田は仕方なくそのままじっとしている。
サーチライトが現れる。
それは2人の方にゆらゆらと向かってくる。
「言わんこっちゃない、逃げるぞ!」
沢田はどこかに潜んでいる敵の死角になりそうな場所へと駆け出そうとする。
しかし、ウェンはそれに続かなかった。
「おい!ウェン!!!」
やや遅れてウェンも駆け出した。
間一髪でもといた場所がサーチライトに照らされ大きな炎が上がった。
敵の視界から外れるため木々の間を縫うように、
ジグザグに走りながら沢田が尋ねる。
「どうしたんだよ危ねーな」
「今の、相手はわざと攻撃を外した」
「本当か?」
沢田はようやく、
ウェンが先ほど呟いた違和感の正体を確かめようとしていたことに気付く。
サーチライトが消えている。
相手はこちらを見失ったようだ。
「間違いないね。
ほかのときもそうだったね」
「俺たちをここに留めてどうしたいんだ……?
時間稼ぎか?
何が目的なんだ?」
「ここを突破すればわかるよ」
「そうだな。
一度ほかの2人と合流しよう」
2人は先ほどの位置からは迂回してまた前線に戻る。
他の班もまた同様に足止めをされていた。
そして今、この戦いの台風の目に最も近いのは水岡と天花であった。
水岡たちは道なき道をただひたすら進んでいる。
鬱蒼と生い茂った草木とでこぼことした山の中、
いつ敵と遭遇するかわからない緊張が胸を締め付ける。
まだ夕方のためどうにか前に進めるが、
これが夜だったらと思うとぞっとした。
右後方から爆発音と微かな振動が伝わってきた。
方角からして華憐や犬養の戦闘ではなさそうだ。
この音の主が敵なのか味方なのかもわからなかったが、
やはりここは戦場なのだと改めて認識させられる。
スキルスティーラーがどこにいるか見当がつくわけではなかったが、
水岡は感知できる天花とはぐれないよう付いていく。
天花は元々、高校では陸上部だったらしく、
その走りにはどこか美しさがあった。
野球部出身の水岡に遅れることはない。
(たった2人であのスキルスティーラーと戦えるんだろうか……)
ここまで来れば攪乱役ではなく本命だ。
不安の中ちらりと横にいる天花の顔を見る。
まっすぐではあったがどこか儚げな表情をしている。
(天花だけでも守らないとな)
水岡は1人決意を固めるのだった。
そしてついに、今までの不安の元凶の前に辿り着く。
「あそこにいる。間違いない」
天花が指さした先に見えるのは、
こぎれいなログハウスだった。
山で雨風をしのげるところと言えばこういった山小屋くらいしかない。
天花が言うようにここに潜んでいるのだろう。
こちら側から見えない死角はあるが、
小屋の周りには誰もいそうにない。
目に見えない罠がある可能性も拭えない。
水岡は神経を張りつめさせながら近付いていく。
その少し前のこと、療養中の亘は小屋でこの戦いの余波を感じていた。
油井とミノムシも一緒にいる。
2人も何かを感じ取っているようで、神妙な顔をしている。
特に、ミノムシは至るところから汗が噴き出ている。
(いよいよ俺もリハビリのときが近付いているのかもしれんな。
幸いにして非常食は確保してある)
亘は椅子から立ち上がって窓の外を眺めてみる。
「おい、油井。やっこさんが迫って来てるみたいだぜ。
お前もわかってるんだろう?
今から迎撃してこい」
油井を差し向けることにした。
というより、亘以外で戦闘ができるのはこの場で油井しかいない。
「宮島さんは?」
ミノムシに目を向けると緊張か不安か、
とにかく怯えた表情をしている。
油井が初めて会ったときからいつもこんな表情をしていたことを思い出していた。
「しばらくしたら向かわせる。
こいつじゃ出会い頭での戦闘になったら不利だろうよ」
再びミノムシの顔を見る。
当の本人は、少しでも戦闘の可能性を免れたことの安堵が顔に浮かび上がっている。
「わかりました。宮島さんも来るときは気を付けて」
短く告げて油井は出ていった。
しかし、水岡たちに遭遇することはなく、5分ほどが過ぎた。
「わ、亘さん……!
いま窓の外を見たら人影が見えました」
緊張に耐えかねたミノムシがそわそわと窓の外に目をやっていると、
偶然水岡たちの姿を捉えたのだ。
亘は眉をひそめた。
しかし、すぐに不敵な笑みとともに立ち上がる。
「この付近で反応はなかった。
油井のやつすれ違ったな。
仕方ねえ、出るか」
うーんと伸びをして肩を回し、
指をポキポキと鳴らしながらドアに進んでいく。
それから思い出したように呟く。
「そうだ」
外に出ようとした体を翻し、
窓の近くで震えているミノムシの方へスタスタと寄ってきた。
なぜか黒い模様が浮かび上がっている。
気が付くと、ミノムシのコアを触手が貫いていた。
何が起こったのかわからなかったが、ポタポタと血を滴らせながら全身から力が抜ける。
へなへなと下半身が崩れ膝を落として座り込むような形になる。
必死に何かをしようとするも喉を貫かれたため、
ヒュウヒュウという声にもならない音が出るだけだ。
「お前のコア、もらっとくからな」
貫いた触手を引き抜くと、
ドタっという音が静かに響いた。
彼のコア能力は確かに戦闘向きではない。
だが、それにしても性格が臆病過ぎた。
傍観するだけなら亘自身で使ったほうが便利なのだ。
それに亘自身試したいこともあった。
ミノムシの意識は暗闇に落ちていく。
彼自身、この戦いは毎日が恐怖であり、
心が安らぐときはなかった。
ストレスで睡眠時に強烈な歯ぎしりをするようになり、
連続して1時間以上寝ることができないでいた。
限界はとうに超えていた。
コアを引き抜くときの反応か、
いつの間にかミノムシのコア能力であるヴェールが出現していた。
倒れている彼の顔の前にひらひらと落ちてきた。
今まで本人に見えなかったはずのヴェールが見える。
(そうか、こんな色をだったのか)
自ら生み出したヴェールを愛おしそうにひと撫ですると、
そのまま息絶えた。
そこには恐怖も苦しみもなく、
不思議と亘に対しての怒りもなかった。
ミノムシが息絶えたのを見ると、
亘はドアを蹴飛ばして出ていった。




