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選抜者

 水岡たちは街の上空を飛んでいる。


「こんな移動の仕方をしていたら目立ちませんか?」

 まず口に出てきたのはそんな疑問だったことに我ながら驚く。


「それは心配しなくて大丈夫よ」

 女はうふふと笑いながら答えた。


「そろそろ一度着地するぞ」

 公園に音もなく着地した。

 人気はなく静まり返っている。


「もう少し貯めればあと一回で帰れる。少し時間をくれ」

「わかったわ。じゃあその間に少しお話でもしましょうか」

 男はその場でバタバタと駆け足を始める。

 女は水岡に近寄ってきた。


「私は如月華憐よ。華憐でいいわ。

 あっちは滝沢兵馬。

 あなたの名前は?」


「ボクは水岡政人です……」

 問いかけてくる華憐の開いた胸元に目のやり場を困らせ、

 ややうろたえながら答えた。


「水岡くんね。ふふ」

 それを知ってか知らないか、

 華憐は淫靡な笑みを浮かべた。


「どうしたらいいかわからないって顔ね」

 華憐は近くのベンチに腰かけ、手招きする。


「じゃあ私から説明してあげるから、

 こっちに座りましょう」

 水岡は言われるがままに、

 恐る恐る華憐の隣にちょこんと腰かける。

「私たち翡翠のペンタスは、

 願いを叶えるために戦っているの」

 

「翡翠のペンタス……?願い……?」

 混乱している水岡を華憐はクスクスと笑いながら見ている。


「さっきみたいに突然、

 選定は行われる。

 それを生き抜いた選抜者は、2つの陣営に分かれているの。

 私たち翡翠のペンタスともう片方はレッドコアズよ」

 華憐は努めてゆっくりと説明した。

 水岡は彼女の言葉を必死に飲み込もうとする。


「敵を殲滅した方の陣営の人たちは、

 願いを叶えることができる。

 細かいことは色々あるけど、

 単純に言ってしまえばこれがすべてね」


「じゃあ、死んでしまった学校の人たちも助けられるんですか?」

 華憐は高笑いしながら答えた。

「あなたは優しいわね」


 水岡は先ほど目の当たりにしたような力を用いて、

 殺し合いをすることを想像し冷や汗が出てくる。


「敵はもちろん殺してもいいけど、

 コアさえ破壊すれば大丈夫よ」

「コア、ですか?」

「これよ」

 華憐は右手の甲を見せた。

 そこには翡翠色の小さな真珠のような玉があった。

 

「これと同じ物があなたの体のどこかにも埋まっているわ」


 水岡はどことなく違和感のあったみぞおちのやや下を確かめるように触る。

 すると、今まではなかった異物が埋まっているのがわかった。


「あなたのはそこにあるのね」

 水岡の方に向き直っていた華憐は、

 そっと彼のみぞおちのやや下を指でなぞった。

 水岡は思わず声を上げる。


「これが壊されればコア能力とこの戦いに関する記憶を失い、

 この戦いからは失格になるわ。

 大事にしないとダメよ?」

 水岡は黙ってこっくりと頷く。


「ちなみに、相手側のコアは赤色をしているわ。

 だからってレッドコアズっていう名前はちょっと安直すぎるわね」

「さっきの空を飛んだのは、そのコア能力ってやつですか?」

「その通りよ。

 選抜者にはコア能力が与えられる。

 あなたにもそろそろ発現するはずよ」


 突如水岡に悪寒に近いものが襲ってくる。

 何かがやってくることが直観的にわかった。

 華憐たちも何かを察している様子である。


「この感じは……」

「赤の連中が来ているッ!

 今の状態で戦うのは危険だ。

 華憐、まだチャージは終わっていないがすぐに離脱するぞ!!」

 そう言うと滝沢は、両手を広げてこちらに来るよう促す。

 華憐は水岡の手を引き滝沢の元へ向かい、

 すぐさま飛ぼうとしたときだった。

 同じ公園内に他の3人組が行く手を阻む位置に現れた。


 小柄の男と大柄の男に、フードを被っており顔は見えないが、

 服装からして水岡と同じくらいの年齢の男が立っていた。

 向こうもこちらに気付いたようで、

 その中の1人の小柄の男が言葉を発した。


「うおっ!!こんなタイミングで出会っちまったか。

 だからこの能力は使いづらいんだよ!

 どうするバベルさんよ?」

「坂東って呼べつってんだろ!

 あの2人のコア能力は知っている。

 もう1人は見たことはないがおそらく新しい奴だろう。

 俺のザ・タワーなら1人で完封できるだろうな」

 大柄の男はかなり体つきのよい屈強そうな強面だった。


 滝沢自身もこの坂東という男を知っており、

 それ故にうかつには動けないでいた。

 躊躇している滝沢を横目に、華憐が素早く前へ出て手を振り払う。


「先手必勝よ」


 体が翡翠色の光を帯びる。

 激しい暴風が3人組を襲い、

 周囲を土煙が包み込む。

 一瞬の出来事であったが、

 あまりの威力に水岡は、

 あの3人はおそらく死んだだろうと考えた。


「今のうちよ」

 固まっていた滝沢は我に返って両腕を平行に上げた。

 水岡は華憐に促されるままに滝沢の腕に掴まる。

 滝沢が地面を蹴ると3人の体が急上昇し始める。

 あっという間に、街はずれの小高い山へと降り立った。


「アジトまで戻るにはまだ足りない。

 一旦ここで貯める。

 もう少し死角の多いところに隠れるんだ」

「さっきので生きてるんですか?」

「あの3人も私たちと同じようにコア能力を持っているの。

 そう簡単に死ぬなら苦労しないわ」


 3人は草木が生い茂った急な斜面を進んで行った。

 振り返ると眺めがよく、この街を一望することができた。

 だが、今の水岡たちにその景色を楽しむ余裕はない。

 滝沢は焦燥感の中でこの山を登っている。


(どうする……?

 もう1人は戦ったことはないが、

 おそらく俺と同じ移動に向いているコア能力だろう。

 あの場を離脱できても、また見つかればジリ貧だ。

 なんとかここで身を潜めてやり過ごすべきか)


 ちょうどこの小さな山の頂上が見えたときだった。

 再び先ほどの3人組が頂上に現れる。

「おっ、今度はちょうどいいとこに来れましたねえ。

 坂東さん、ここでやっちまうんですかい?」

 坂東はニヤリと笑った後、

 ゆっくりと前に出てしゃがみ込んだ。

 指をポキポキと鳴らした後、右手を地面につけた。

 右腕に黒い模様が浮かび上がる。


 その瞬間、華憐は有無を言わさず、

 先ほどと同じように右手を振り激しい風を放った。

 辺りに枯れ葉や土煙が舞う。


 しかし、3人の姿を隠すように舞っていた土煙が晴れると、

 みな無傷だった。

 水岡たちの足元に、小さな地響きのような何かが迫って来る音がする。


「ここから離れて!急いで!!」

 華憐は水岡の手を引き走り出す。


 滝沢も2人とは違う方向に走り出した。

(二手に分かれればどちらかは攻撃を受けないだろ)


 数秒後、先ほど水岡たちがいた場所に、

 黒い金属の柱が突き刺すように地面から伸びていた。

 それらは滝沢の方に向かって、

 次々に地面から突出し波打ちながら移動を始めた。

 滝沢は斜面の下に向かう。


「ちっ、そこまで行かれちゃ当たらねえなあ」

 坂東は一度立ち上がった。

 すると、先ほどまで滝沢を追っていた黒い柱が消える。


「矢岡ァ!あっちの太いのをやれ!」

「デリバーって呼んでくだせぇ」

 デリバーは滝沢の方を向くと、地面を蹴った。

 すると、一瞬で加速して滝沢へと迫る。


 滝沢は対応できず、

 そのまま蹴り飛ばされる。

 うめき声を上げながら飛ばされ斜面を転がり落ちた。

 いくつもの枝が折れる音がしたが、

 何とか途中の木に引っかかって10メートルほどの落下で留まった。


 デリバーはぼやく。

「やっぱりピーキーで使いづれえなこの能力。

 もっと出力上げてれば腹に穴開けれたのになあ」


 華憐は腰に差したうちわを取り出すと、

 それを坂東に向かって扇ぐ。

 先ほどとは比べ物にならないほど激しい風が、

 木々を折りながら坂東を襲った。


「無駄だ。お前のコア能力じゃ俺に傷はつけられねえよ」

 坂東は黒い柱を目の前に盾のように出現させる。

 その盾は堅牢で、華憐の暴風ではビクともしなかった。

 坂東はスタスタと2人の方へ近付いてくる。


「次は俺の番だ。この距離なら逃がさねえ」

 もう一度地面に右手をついた。

 やはり右腕には黒い模様が浮かび上がっていた。

 先ほど滝沢を襲ったような黒い柱の束が、

 2人へと猛スピードで向かってくる。


 華憐は再び水岡の手を引き後ろを向いて走り出した。

 しかし、逃げられないと悟り、

 再び坂東の方へ振り返り、

 地面の方へうちわを扇いだ。


 先ほどと同じような激しい風が巻き起こる。

 水岡たちはその風を放った反動で、

 10メートルほど後ろへと吹き飛ばされる。

 その方向は斜面ではなかったため、

 転がり落ちることはなかった。


 華憐は水岡に覆いかぶさるように倒れていた。

 水岡が目を開けると、

 目に入ったのは足から出血している華憐の姿だった。


「華憐さん!」

 水岡は華憐を介抱しながら体を起こした。

「大丈夫よ……

 まだ諦めるわけにはいかない」

 どうにかして片足で立ち上がったが、

 水岡の介抱がなければ動くことは難しい。


 華憐は力のない眼でじっと水岡の顔を見つめた。

(どうして庇ってしまったのかしら……)


 坂東は警戒しながらもゆっくりと迫って来る。

 

 水岡は華憐を連れてもう一度逃げることは無理だと悟る。

(痛い……怖い……もう嫌だ)

 昨晩徹夜したことによる眠気か、

 はたまた先ほどの衝撃か、

 視界がぼんやりとしてくる。

 そのまま華憐とともにその場に倒れる。


(このまま気を失ったら楽になれるかな……)


 遠くに見える坂東はこちらに近付いてきている。

 その時間がやけにゆっくりと感じられる。

 ふと脳裏に選定によって頭部を失ったクラスメイトの姿が浮ぶ。

 水岡のぼんやりしていた意識が元に戻った。


(ダメだ。

 みんなを救わなくっちゃいけない。

 もはや俺の命は俺一人のものじゃなくなってるんだ。

 こんなところで死ぬことは許されない)


 立ち上がった水岡は、華憐を近くの木に寄り掛からせ座らせる。

 そして、前へ出た。


「あああああああ!!!」


 無我夢中で叫ぶ。

 すると、水岡の体が淡い緑色に光る。

 みぞおちの下のコアから、

 タールのような黒くてやや粘り気のある物体が球状で出てきた。


(体が、能力の使い方を知っているッ!!)

 それを手で掴み、坂東の出した攻撃へと投げつける。

 水岡の出した物体は球体から液状に変化し、

 黒い柱に降り注いだ。

 液体に触れた瞬間、黒い柱がサラサラと砂のようになって無力化される。


「何!?」

 坂東は地面に手をつき、

 もう一度水岡へと黒い柱を向ける。

 しかし、同様にして無力化された。


(よし、いけるッ!!)

 今度は水岡が攻撃に回ろうと三度目のコア能力発動をする。

 それを見ていたデリバーが猛スピードで水岡へと突っ込む。

 後方から迫りくるそれに水岡は気付かない。


「今度はとびっきりの出力だぜェ!!!!」

 水岡まで10メートルほど迫ったところだった。


「貯めてたの全部だ。受け取れ」

 先ほどの攻撃で土と葉っぱと血まみれになりながらも、

 滝沢は飛びながら追いつきデリバーを真上から蹴り飛ばした。

 デリバーは悲鳴を上げながら、

 3人目のフードを被った男の方へと飛ばされる。


「うおおおおお!!!!」

 水岡は坂東の方へと飛び込んだ。

 坂東はコア能力を再び使おうとするが、

 それより速く水岡の拳が顔面へ打ち付けられる。

 坂東はそのまま数メートル後方へと吹っ飛ばされる。


「が……あ……」

 なんとか立ち上がって口元の血を手で拭う。


「ちくしょう!あのクソガキが!!」

 坂東とデリバーはよろよろになりながら対峙するも、

 そのコア能力では彼を倒せないと直感していた。


(なるほど、似てるのね)

 華憐は水岡の姿にかつて自分が大切にしていたものを重ね合わせていた。


「坂東さん、逃げましょう」

「バカ言ってんじゃねえ!」


 坂東はもう一度コア能力を発動する。

 黒い柱が水岡を襲う。

 水岡もコア能力を発動して、

 緑色の光を放ちながら黒い液体をそれに投げつける。

 坂東の出した黒い柱はやはり無力化される。


 水岡はゆっくりと2人に近付き再びコア能力を発動した。

 コアから出てきた球体のそれは、

 今度は槍のような形に変化した。

 それを投げつけようとしたときであった。


 激しい閃光が辺りを包み、

 その場にいるみなが眩しさに顔を覆った。


「坂東さん、ここはひとまず逃げましょう」


 その声は水岡の聞き慣れた声だった。

 フードを被っていた男は坂東たちの元に駆け寄り、デリバーに離脱を促した。


「その声は、油井か!?」


 まだ視界がおぼつかない中、

 その姿をぼんやりと見た。

 油井はこちらを一瞥した後、

 デリバーのコア能力でその場から立ち去っていった。


「どういうことだよ……」

 敵が去った瞬間、

 足の力が抜けていきその場にへたり込んだ。


(夢中だったけど、かなりやばいことをしていたんだな……)

 水岡の意識はそこで途切れた。


 

次回は来週の金曜の夜9時ごろに投稿します。

今後は毎週金曜の9時ごろの定期投稿とします。

よければお付き合いください。

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