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天の杯~神の掌で踊れ~  作者: 雪ノ幸人
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第十話 王と聖女

 ガルトレイブ城。

 アルメダ王国中央に位置する城であり、設立から五百年以上の時を超えてなおその壮大さに陰りは見られない。

 白を基調とした外観に匠の技を思わせる複雑な意匠が施され初めて国を訪れる者たちはその美しさに息を飲むと言われている。

 また芸術品のような外観に反してその防御力は高い。

 白の壁面には防護魔法が施され、加えて城全体を覆うように結界が展開されている。

 常時複数の魔法士級の魔法使いが配備され、大国の中でも有数の堅牢さと美しさを誇るその城は国民の自慢であり国の象徴と言ってもよかった。

 そんな城の一室でとある会議が行われていた。

 出席者は全員がある程度の身分の者たちであり、その顔には政治の世界を生き抜いてきたもの特有の傲慢さと自信があった。

 そして、男たちが集まる部屋の中に紅一点(実際は白一点とも言える)、エーデル公爵家当主――ミリアリア・エーデルの姿もあった。



「例の魔物が討たれたそうですな」

「全くどこの者かは知らないが余計な事をしてくれたものだ」

「大体警備隊は何をやっていたのかね」

「だから、早くに討伐隊を出そうといったのだ。それを……」



 男達は会議が始まる前の空いた時間に討伐された魔物の話をしていた。

 彼らの話を纏めると手柄を横取りした者への侮蔑が殆どだった。

 何を隠そう彼らはこの魔物を討伐することで功を得ようと考えていた者たちであり、最後まで自領の兵の出兵に拘っていた者たちなのだ。



(彼の言った言葉も確かに的を得ていますね)



 そんな中、公爵家当主であるミリアリアは姿勢を正し静かに会議の始まりを待っていた。

 誰もが目を奪われるであろうその美貌。

 大の男たちが時にどなりながら話し合う中、彼女の周囲にだけ涼やかな風が吹いているような錯覚にさえ陥りそうになる。



「……国王陛下がいらっしゃいます……」



 入口の扉付近に控えていた文官がそう告げると今までの騒々しさが嘘のように静まり返り、会議室の中が静寂に包まれる。

 それを確認し、文官が扉を開けると数人の役人たちを引き連れて一人の男が入ってきた。

 男は自分の席に着くと全体を見回して話し始めた。



「では、定例会議を始める」



 見た目は五十~六十歳ほどだが所々に金が刺繍された衣服を纏うその肉体は十分鍛え抜かれたものであり、年齢以上に若さを感じさせる。

 髪にはやや白いものが混じっているもののその眼光は鋭く、書類を持つよりも戦場を剣を片手に駆けている方が似合いそうな強面である。



 彼の名前は―――ガルセウス・ヒノメニア・アルメダ九世―――



 このアルメダ王国、二百三十七代国王にしてこの国の最高権力者である。



「まずは先日議題に上がった、国内に入り込んだ魔物についてだ。……報告を……」

「……では守衛隊長であるカナード騎士よりお願いします……」

「ハッ!」



 壁際に控えていた騎士は貴族たちの前に進み出ると膝を突き放し始めた。



「実は…………」






「……では、お主の話をまとめると結界を解除して中に入った時には魔物はすでに倒された後で現場には誰も残っていなかった、というわけだな」

「ハッ!その通りでございます」

「そして現場の痕跡から魔物を倒した者は上級魔術師以上の実力を持つ可能性があると……」

「……はい……」



 静かに報告を聞き入っていた貴族達だったが彼が話し終えると途端に騎士を責め始めた。



「現場に居ながらまるで状況が分からんとは使えん騎士じゃ!」

「そもそも魔物の様子を監視するのがそなたの役目であろうが。監視対象を倒された挙句、犯人の姿すら確認できんとはどういう事だ!」

「お主ら現場で寝ていたのではあるまいな!」



 端的に言うとこれは功を手に入れる機会を失った貴族たちの八つ当たりである。

 しかし相手は貴族。

 下手に逆らうと自分の家族にも害が及ぶ可能性があるためカナード騎士は悔しげに俯いたまま唇をかみしめる。



「お待ち下さい。現場の騎士たちは十分仕事を果たしています。『鬼蜘蛛』を封じ込めていた結界は制御が難しく、解除にも相応の時間がかかるもの。現場にいた騎士たちだけでは対処出来なかったとしても仕方がないかと」


「甘いのではないかミリアリア殿。どちらにしてもこの者の失態は間違いない」


「そうだ。相応の処分が必要だ。誇り高き王国の騎士が他者に出し抜かれるなどあってはならんと言うのに。それをこの者は」


「止めよ」



 貴族たちの罵声も長くは続かなかった。国王が言い放つとすぐに声を上げていた貴族たちが黙り込む。

 静かになったのを確認すると、王は報告を終えた騎士に向き直りゆっくりと口を開いた。



「相手は宮廷魔術師に存在を気づかれずに結界内に侵入出来る程の手練れだ。エーデル公爵が言ったように現場の騎士達だけでは対処しきれなくともしょうがあるまい。それよりもどういった意図かはわからんが国が確認しておらん強力な魔術師が国内に居る可能性の方が脅威だ」


「……他国からのスパイでしょうか?」


「それにしては今回の行動は迂闊だ。わざわざ自分から正体が露見する危険を犯しておる。儂ならここは動かずに状況を見守るだろう」


「では戦闘を行わなければいけない理由があったと……」


「そう考えるのが妥当であろうな」



 王はそう言葉を区切ると腕を組んで考え込んでしまう。

 他の貴族たちは隣と話し合う者、王と同じく考え込む者と分かれている。

 五分ほど経ったところで王の隣に座っていた大臣が口を開いた。



「陛下、現在は情報が少のうございます。もう少し調査が進んでから話し合ってもよいのでは?」

「確かにな。……では次は魔物の侵入ルートに関してだ。情報や目撃者に聞きこんでもはっきりせん。防護結界にも……とくに不備は見つかっておらん」



 一旦言葉を切ったところで大臣に目を向けると彼は静かに頷いていた。

 その言葉に一人の貴族が立ち上がった。



「では、陛下。魔物は結界を越えてやって来たのではないという事でしょうか?」

「おそらくな。港のある北で発見されたという事は海路で運ばれてきた荷物に混じっていたというのが一番しっくりくるのだが……」



 今さっき王に話しかけたのとは別の貴族が慌てたように立ち上がると捲し立てるように言った。



「へ、陛下!。陛下は我ら貿易担当の者をお疑いですか?我らは貿易の荷物には細心の注意を払っておりまする!魔物が秘密裏に持ち込まれたとしても気づかぬ筈がございません!」

「お主を疑って等おらぬよ。我が国の貴族たちが魔物を国内に引き入れるなどありえんからのう。勘違いさせたようであれば謝ろう」

「い、いえ。こちらこそ早とちりでした。申し訳ありませぬ」



 そう言って男は恥ずかしそうに頭を下げると椅子に座りなおした。



「陛下、少々よろしいでしょうか?」



 場が静まるのとほぼ同時に六十前後の男性が手を上げた。

 国王は手を上げた男の顔を確認すると悟られないように心の中で大きくため息をついた。



「―――申してみよ。ラリニース侯爵」



 ラリニース侯爵と呼ばれた男は静かに一礼すると話し始めた。



「陛下、私が提出した報告書についての結論をいただきたく」

「……前も申した通りだ、侯爵。現在わが国に戦争参加の意思はない。現在の社会情勢を見れば主ならこの程度の事、言わなくても分かるであろう」

「今だからこそだと申し上げさせていただきます。魔族討伐は神の意志。ならば我らアルメダ王国が後れを取るわけにはいきますまい」



 激しい火花を散らす王と侯爵。しかし本人たちの様子に反して周りの者たちからはそれ程の緊張感は感じない。

 このやり取りはすでに毎回の事であり、いつも同じパターンで終わるであろうことが予想できているからだった。



「何度も言わせるな侯爵。王である儂が認めんと言っておるのだ。貴殿は儂の言う事に従えぬという事か?」

「……」

「以上で会議は終わりじゃ。」



 強引に話を終わらせると、進行役の者に目くばせする。

 それを合図に進行役は会議の終了を宣言し、貴族たちに退出を促した。



「……公爵だけはすまないが後で余の所に来てくれるか?」

「はい。要件を伺ってもよろしいでしょうか?」



 次々と退出していく貴族たちの中で王はミリアリアを呼び止めると、先程の堂々とした態度が嘘のように決まり悪げに頭をかいた。



「実は娘のレダがそなたに会いたがっておってな。出来れば相手をしてやってほしいのだ」



 ミリアリアは微笑ましい王の様子に口元を緩めると、ゆっくりと頭を下げた。



「私などでよけれは幾らでもお会い手させていただきます」



 自分娘に頭が上がらないというのはどこの世界でも同じようだった。

 しかしミリアリアは表情を引き締めると王を真っすぐ見据えた。



「その前に件の魔物の事で私からもご報告があるのです。少々時間を頂けないでしょうか?」

「……分かった。後で余の部屋に来てくれ。人払いは済ませておこう」

「ありがとうございます」



 彼女の様子から他言無用だと判断した王。

 ある程度話の中身は予想がつくものの詳しいことは聞かずに頭を下げ、退出していく彼女を静かに見送っていた。





「お待ちいただけるかな、ミリアリア殿」



 部屋を後にしたミリアリアが一人廊下を歩いていると背後から呼び止められた。

 その声から相手が誰なのか分かったものの彼女は珍しいことに無視してあるき去ってしまいたい衝動に駆られた。



「何か御用でしょうか?コルニエール殿?」



 そこに立っていたのは礼服に身を包んだ金髪の男性だった。165センチのミリアリアより頭一個分大きな身長。だが突き出した腹が礼服の上着を押し上げ、なまじ身長があるために余計に醜い印象を見る者に抱かせる。腰に差した華麗な装飾の施された剣が醜く太った体に合っていないため、全体的に浮いた印象を与えている。



「そう邪険に扱わないでください。この間の返事を聞きに来ただけですよ」



 男性は終始にこやかに答えているがミリアリアからしてみるとその笑みは胡散臭いとしか思えず、また上手く誤魔化してはいるが自分の胸や腰に時折感じる視線は欲に濡れたものであり、生理的な嫌悪しか抱かせない。



「……結婚の申し込みなら何度もお断りしたはずです」

「侯爵家の嫡男で次期当主の私に何の不満があるというのです?」



 男の名前はコルニエール・ラリニース。

 アルメダ王国侯爵家の次期当主であり、ラリニース家騎士団団長でもある。ただし、剣の腕はそこまでとは言えず、嫡男であるために団長になることが出来ているのである。

 貴族の地位では公爵家の方が侯爵家より上ではあるが彼の父親は他の貴族たちに大きな影響力を持っているため、年が若く、なお且つ女性といったハンデを背負っているミリアリアは彼を邪険に扱うことが出来ないでいる。



「……不満があるわけではありません。私は侯爵家の当主です。他の貴族に嫁入りするわけにはいかないとご存じのはずでは?」

「弟君が居るのでしょう?政治的に見ても男が当主であるほうが良いに決まっている。それでいて私の妻になれば貴族たちに影響力のある我が家と懇意になれる。家のためを思うならこれ以上の選択肢はないと思いますが?」



 ミリアリアは反射的に唇をかみしめる。

 この男の嫌なところは頭が愚鈍に見えて無駄に回る事である。

 確かに一見有意義な提案に思えるが弟はまだ成人前であり、その弟を当主に据えるというのは傀儡として弟が操られ、公爵家が乗っ取られることを意味している。



「……弟はまだ成人前です。それに……先日領内の女性を妾として迎えたとお聞きしましたが?」



 ラリニース家の男は非常に女癖が悪いので有名である。

 領内で美しいと噂を聞けば次々と手を出していく。

 今日も話しかけられるのを予想していたために鼠印の情報屋から情報を集めていた。



「……よく御存じで…ですが彼らは平民。私のような選ばれた人間である貴族の種をその身に宿すことが出来たのです。これ以上の名誉はないでしょう?」

「……」



 女であるミリアリアからすればこの言葉には嫌悪感を禁じ得ない。

 物事を自分の都合の良いようにしか解釈しないのも彼を嫌悪をする要因の一つだ。

 彼の家が持つ影響力とは一言で言えば財力である。

 ラリニース家の領内の税金はこの国で一番高い。

 そして領民数もこの国で一番多いため、自然と彼の家には多くのお金が集まるのである。

 領民の事をお金を生み出す道具位にしか考えておらず、領民のために少しでも税を軽くしようと努力しているエーデル家とは真逆と言ってもいい。



「私たち貴族が裕福な暮らしができるのは領民のおかげです。ならば、私たちはそれに答える義務があるはずです。いかにコル二エール殿の提案が魅力的だったとしても領民の事を考えられない家に嫁ぐ気はありません」

「……妻になる気はないと?」

「はい」

「……後々、後悔することになりますよ……」



 コルにエールはそう言い残すとミリアリアが言葉を発するよりも先に踵を返して去って行った。

 彼の言葉には呪詛のように暗く、憎しみの篭った感情が感じ取れた。

 これほどの憎しみの篭った言葉は初めてであり、やや不可解に思ったものの王との約束を守るため部屋へと急いだ。




 ♦♦♦♦♦♦♦




「むっ、来たか」



 執務室の扉を叩き中に入ると王が書類から顔を上げこちらをみた。

 ミリアリアは軽く頭を下げると勧められるままにソファに腰を下ろす。



「人払いはしておいたが大臣であるクルスの同席は許してもらいたい」

「よろしくお願いしますぞ」

「クルス殿もお久しぶりです」



 互いに簡単な挨拶を済ませた後、本題に入る。



「陛下、昨夜魔物を討伐したのは私の手の者です」

「……」

「ほう……」



 ミリアリアの発言に王は腕を組んで黙り込み、大臣は面白そうに顔を歪めると顎に手を当てた。



「勝手な行動を取りまして申し訳ありません。如何なる罰も受ける所存です」

「いや、罰するつもりはない。むしろ礼を言おう。近衛が少ない今、儂は自由に兵を動かせなかったからの」



 感謝の意を伝える王と気にしないで欲しいと頼むミリアリア。

 大臣であるクルスは自分の好奇心に勝てなかったようで二人の間の割って入った。



「しかし、ミリアリア殿、誰が蜘蛛を倒したのですか?ガイラ殿ですかな?彼なら実力は申し分ないと思いますが」

「いえ、騎士団を動かせば他の貴族の方に気付かれますから。内密に冒険者を雇いました」

「冒険者ですか!?」



 この反応は無理もない。

 単独で『鬼蜘蛛』を討伐出来る者は近衛騎士団にもそうはおらず、もし本当であるなら国に仕えさせたいと考えるのが自然である。



「はい……ただ本人との契約で名前を出すことは出来ませんので……」

「むぅ、蜘蛛を倒せる程の実力者ならば騎士団にスカウトしたいが……ダメか?」

「本人があまり目立つのを望んでいませんので……」

「そうか。残念ではあるが仕方あるまい」



 王はやや残念そうな声音ではあったが本気で勧誘するつもりはなかったようですぐに表情を改めた。



「それで、話はそれだけか?」

「いえ…こちらが本題です」 



 そう言ってミリアリアは白い布に包まれた黒い短剣を机の上に置いた。



「これは?」

「冒険者が現場から持ち帰って来たものです」

「見たところ、マジックアイテムのようだが……」

「はい。マジックアイテムなのは間違いないと思いますが、具体的な効果が分からず……。国王直属の魔法研究機関なら何か分かるのではないかと……」

「なるほど。クルス」 

「ハッ!すぐに調べさせます」



 クルスは慎重な手つきで短剣を持つとそのまま部屋を出て行った。

 扉が閉まったのを確認すると王は椅子に体を預けた。



「今回は助かったぞ。ミリアリア殿」

「陛下、普段通りでよろしいですよ」



 王は苦笑いを浮かべ、意識して作っていた口調を元に戻した。



「そうか……ミリー助かった。見事だ」

「ありがとうございます」

「しかし僅か五年で立派になった。お主の両親も鼻が高かろう」

「陛下が相談役にクルス殿を派遣してくださったおかげです」

「何のお主の実力だ。クルスも自分は必要なかったと笑っておったからな」



 その時の様子を思い出したのか苦笑を浮かべる王。だがその表情はすぐに悲痛混じりの痛々しいものに変わった。



「……我が親友(とも)が子供を残してこの世を去ったと知らされた時は己の無力を思い知ったものだ」

「……陛下」

「……だが立派になった。不幸にもめげず、真っすぐ美しく育った。あの世のそなたの父も喜んでおるだろう」

「……私の力だけではありません。騎士団に、使用人たち、領民の協力がなければここまでは来れませんでしたから」



 二人の間に悲しい空気が漂う。

 王は場の雰囲気を帰るためかニンマリと笑みを作った。



「だがそなたの父が生きていたら気が気ではないかもしれんな。今国内のどれだけの貴族がお主に熱をあげておることか」



 いたずらを考える子供のような表情を作る王に彼女も笑顔で返す。



「私など。ジャンヌ殿の方が余程人気が有りましょう」

「くく、謙遜しなくともよい。ジャンヌは何故か同性にも人気があるからの。本人は悩んでおったが……」



 異性以上に同性に人気があって困ると悩んでいた友人を思い出し、彼女は笑みを作った。

 普段は下手な男よりも凛々しい彼女が餌を貰えなかった犬のように肩を落とす姿がすぐに想像出来、思わず笑みがこぼれる。



「ジャンヌ殿は格好いいですからね。私も男であったら、彼女に恋していたかもしれません」

「くくく、二人で結ばれてしまったら国内の男たちが反乱を起こすぞ。王としては絶対に避けたいものだ」



 大きな体をくの字に折り曲げて笑いを耐える王であったがすぐにその表情は、国の統治者に相応しい張り詰めたものに変わった。



「ミリーよ。この先余は何としてでも解決しなければならん問題がある」

「亜人ですね?」

「うむ。これから話すことは大臣のクルスと息子のフィリップしか知らん。貴族で話すのはお主が初めてだ」

「はい」



 彼女の背も王の言葉につられるようにスッと伸びる。



「儂はこれまで亜人との関係を改善しようと努めてきた」

「……」

「亜人を労働階級や労働奴隷として組み込んだのもその一環だ」

「労働力として彼らをこの国組み込むことで、亜人なしでは国が成り立たなくなるようにしたのですね」



 王は無言で頷いた。

 この世界の常識に照らせばその考えは異端と言っていい。だがその表情に冗談の色は見えない。

 ミリアリアも彼が本気であることを感じとった。


「儂はこのままでは人の世界が滅びると考えておる」

「……」

「今はまだ魔族という共通の敵を持つがゆえに人は団結し、協力しておる。だが魔族を滅ぼし、亜人をすべて支配下に置いたのなら、おそらく次に起こるのは人同士の戦争だろう」

「人同士で殺しあうと?」



 王は悲しげな表情で大きく頷いた。



「我ら人という種族は欲望に際限がない。いくらうまい物を食べようと欲しい物を手にしようと、更に上を求める。確かにそれは向上心と呼べるであろう。だが行き過ぎればそれは毒となって人を蝕む。いや、滅ぼす」



 ドレスの上に置かれた手に力が入るのが分かった。ミリアリアは王が何を念頭に置いて話しているのかを感じ取った。



「……近隣諸国の情勢ですか?」

「うむ。当初は魔族から国を守るはずの戦争であった。が、最近では亜人達が持つ技術・宝物・土地、それらを奪いあう侵略戦争に変わってきておる。特に神国はその傾向が顕著じゃ。急ぎ亜人と友を結ばなければ両者の関係は取り返しのつかない事になりかねん」

「……陛下は人の世界を守るために魔族とも手を結ぶと?」



 顔が横に振られる。



「無理であろう。我らは互いを殺しすぎた。憎しみの連鎖をどこかで断ち切らない限り、魔族と手を結ぶなど不可能であるよ。儂が和を築きたいのは人に対して友好的な亜人だ」

「……」

「理想論であることは十分承知している。だが出来なければ人という種が殺し合うことになるかもしれぬのだ。後の代の子供たちにそのような人の醜い部分を見せたくはない」



 話を聞き終えたミリアリアはそっと目を閉じた。

 王の話は理想論だ。

 述べるだけなら子供出来る耳障りの良い言葉。

 だが実現させるならどれほどの犠牲と労力を覚悟すればいいのか想像もつかない。

 間違いなく国の外側だけでなく内側にも敵を作ることになる。

 だが不思議と彼女に迷いはなかった。


「……陛下。私には陛下のお考え全ては理解できません。ですが……私、ミリアリア・エーデルはエーデル公爵家当主として陛下に賛同いたしましょう」

「おお。協力してくれるか」

「はい。今は理想論かもしれませんが人と亜人の共存、私も目指してみたいと思います。それに……これは亡き父の意志でもあります」

「……そうか」

「私は一人の臣下として陛下に忠誠を誓いましょう」



 ドレスの裾を軽く持ち上げて頭を下げる。



 城の一室で行われた誓いと宣誓。

 それは後にこの世界に大きな変革をもたらす花の芽。


 二人はまだ知らない。

 その理想論を誰よりも現実にしようとした黒髪の青年がいると。


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