表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片恋~かたこい~  作者: 葉嶋ナノハ
続編 涼視点
91/91

30 桜の下で




 すごい音だな、これ。

 軋むペダルが、ぎーこぎーこ音を立てている。


 後ろに栞を乗せて、土手沿いから緩やかな坂道を自転車を漕いで上って行く。どうしても二人で桜が見たくて、高野に自転車を借りた。

 それにしてもこれ、油くらい差せよな。錆付いてるから、ペダルだけじゃなくてあちこちガチャガチャいってる。つーか未だにこのチャリンコ乗ってんのかよ、あいつは。


 別に、他の場所でも良かったんだけどさ。でもどうしても学校の傍にしたかったんだ。長い坂を勢い良くペダルを踏み込んで前に進む。風が少しだけ春の匂いを運んできた。


「涼、大丈夫?!」

 後ろから栞の心配そうな声が耳に届いた。

「ぜ、全然……へーき」

「もうあたし降りるよ」

「駄目! い、いいから……! 絶対上る!」


 あー汗だらだらだ。額からも背中からも流れてるよ。息も切れてるし。

 でも絶対に今日は栞を乗せて坂の上まで行くんだ。それは、前から決めていたことだから。車じゃなくて、自転車。助手席じゃなくて、後ろに栞を乗せる。


 な、長いな坂。もうちょっとだ、頑張れ涼!


 ようやく坂を上りきると、一本の大きな桜の樹があった。満開の桜が風に揺れている。

「綺麗! ここ? っていうか大丈夫?!」

 自転車を降りて桜を見上げた栞が、心配そうに声をかけてきた。

「……あ、うん……平気」

 もうぜーぜー言って苦しすぎ。歳か? 歳のせいなのか? でも、上ったぞ! やったじゃん俺!

「ここから学校の屋上が見えるよ、涼!」

 そう、それ。その為に来たんだよ。

「……よく見える?」

「うん。見えるよ」

 桜の下で肩で息をし、俯いて座り込んでいる俺の横に立って、栞が言った。額の汗を拭って顔を上げると、街の景色が眼下に広がり、学校の屋上が彼女の言う通り良く見えた。


 栞が俺の隣に膝を抱えて座り、桜を見上げる。

「気持ちいいね、ここ」

「うん」

「全然知らなかった」

「俺も」

「桜が綺麗」

 ちらちらと桜の花びらが落ちてきて、差し出した栞の掌に乗っかった。

「あ、かわいい。ほら」

 嬉しそうに笑って、花びらを見せてくれる。その手にそっと自分の手を重ねた。

「あのさ、栞」

「ん?」

 あ、俺の大好きな栞の表情だ。ずっと変わらないこの表情。

「これからもずっと……一緒にいて欲しいんだけど」

「あ、うん。ずっと一緒だよ」

「いや、そうなんだけどさ、そうじゃなくて」

「?」

 始まったよ、栞のいつものコレ。何年経ってもこれだけはどうにもならない。いつも思うけど、俺の説明の仕方が悪いのか?

「いや、その……だから、ずっと一緒にいたじゃん?」

「うん」

「それで、これからも一緒にいたいんだけど」

「うん……?」

 栞は首を傾げて俺の顔を覗きこんだ。これじゃ堂々巡りだよ。やっぱり絶対意味わかってない。


 もう一度手を強く握って栞に向き直り、息を吸い込み彼女の目を見つめる。やばい、手が震えてきた。しっかりしろ、涼。いいか、言うぞ?

「だから、その、ずっとっていうのは……一生一緒にいて欲しいってことなんだけど」

 俺、顔真っ赤だな。手だけじゃない、肩にも力が入って、全身が緊張して固まってる。

「え……」

 栞の表情が変わった。やっと、伝わったか?

「一生?」

「そ、そう……一生」

「一生って死ぬまで?」

「……もちろん」

 改めて聞かれると、恥ずかしいな。栞の手を握ったまま思わず俯いた。正直怖い。栞は何も言わない。

 意味、伝わったよな? それで何も言わないって事は、駄目……なのかな。今すぐは返事できないか。


 その時栞が俺に飛びついてきた。その勢いで、俺は後ろに仰向けでひっくり返った。

「いってええ!」

「わ、ごめん! 大丈夫?!」

 せ、背中と腰打った。

「へ、へーき」

 起き上がろうとする栞の腕を掴んで、自分に引き寄せる。

「……涼、いるよあたし」

「え?」

「ずっと、傍に」

「……え、ほんとに?」

 その言葉に、栞は俺の胸に顔をこすり付けて頷いた。や、やった……。聞き間違いじゃないよな? 今の。

「あの、ほんとに?」

「……うん。あたしでいいの?」

「栞じゃなきゃいやだ……!」

 顔を上げて俺を見つめる栞を胸に抱き締めた。上から花びらが落ちてきて、桜を見上げた栞がそのまま空に視線を移して言った。

「涼、見て!」

「あ……」

 空を見上げると、桜の間から飛行機雲が見えた。


 栞の手を取り、勢い良く起きて立ち上がる。いてて。痛いけど嬉しい方が先で、もうあんまり感じないや。

「行こ」

「え、どこ行くの?」

「飛行機雲、追いかけよう」


 栞を後ろに乗せて自転車を漕ぎ、今来た坂道を下りていく。土手沿いに出ると、視界が一気に開けた。


 青い空に、真っ白な飛行機雲が伸びていく。心地よい春風が二人の髪を撫でた。俺の腰に掴まっていた栞の手に片手を重ねると、彼女はそれに答えるように俺の背中に寄りかかり、自分の頬をあてた。

 土手沿いを自転車に乗って、二人で飛行機雲を追いかける。



 それは、真っ直ぐ真っ直ぐどこまでも伸びていき、俺たち二人の前を、あの時と同じ様に眩しく通り過ぎて行った。












最後までお付き合いくださいましてありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ