第三章 再会
久しぶりに会う顔ぶれは、どこか懐かしくて、少しだけ他人行儀だった。
大学のサークルの同窓会。
卒業してから何年も経っているのに、集まれば不思議とあの頃の空気に戻る。
「お前、全然変わってへんな」
「え、どーゆ意味?」
「いや、悪い意味でや」
笑い声が重なる。
ビールのグラスがぶつかる音と、雑多な会話が店の中に広がっていた。
それぞれがそれぞれの人生を歩いていて、結婚したやつ、子どもができたやつ、仕事で忙しそうなやつ。
昔みたいに毎日顔を合わせることはなくなったが、こうして集まれば、それなりに話は尽きない。
としひろも、少し遅れてやってきた。
「ぽいぽいぽーーーい!みなさんお久しぶり!!!ふぉーーーっ!」
「お前、まだそれやってるん?!笑 うるさいし、遅すぎやろ」
「緊急オペやって、しゃあないやん」
「だまって、社畜営業マン!笑」
昔と変わらない調子で席に座る。
その様子に、どこか安心した。
二次会に流れ、三次会に行くやつもいたが、俺は途中で抜けた。
酔いが回る前に帰りたかったのと、明日も仕事があったからだ。
「先帰るわ」
「おう、またな」
そんな軽いやり取りで、店を出る。
数日後。
スマホに、としひろから連絡が入った。
『この前同窓会でお前帰ったあとに昔の写真整理してアルバム作ることなって、整理してたら懐かしいもん出てきたわ』
添付されていたのは、大学時代の写真だった。
馬鹿みたいな顔で笑っている自分と、としひろ。
思わず、笑った。
『今度渡すわ』
そう返して、やり取りは終わった。
その週末、としひろと軽く飯に行くことになった。
昔よく行っていた居酒屋に、なんとなく足が向く。
「ここ、まだあったんやな」
「潰れてへんのが逆にすごいわ」
くだらない話をしながら席に着く。
昔と同じような時間が、そこにはあった。
料理が一通り来た頃、としひろがカバンをごそごそと漁り始めた。
「あ、そうや」
何かを思い出したように、小さな袋を取り出す。
「ゼミのレポート提出助かったわ、はいっ」
テーブルの上に置かれたのは、黒いUSBメモリだった。
一瞬、何のことか分からなかった。
「……え?大学のときの?笑」
「覚えてへん?ゼミのレポートんときに借りたやつ」
言われて、少しだけ記憶が引っかかる。
「なんかあったな。どうでもいいけど、10年以上前の事を何ごとも無かったようにしゃべってくんな!笑」
「写真データとか探しに実家の引き出し整理してたら出てきてん」
としひろは、あっけらかんと言った。
「今さらやけど、返しとくわ」
そう言って、軽くこちらに押しやる。
その軽さが、妙に印象に残った。
「いや、今更いらんし!10年レンタルで10万よこせよ」
笑いながら軽口をたたく。
「中身確かめるまでわからんかったけど、おまえの稚拙なレポート集見て思い出したわ」
「うるさいわ!10万よこせ!笑」
いつものくだらないやり取り。
それ自体に、特別な意味はなかった。
ただの、過去の忘れ物。
俺はそれを手に取り、指先で転がした。
傷だらけの表面。
安っぽいプラスチックの感触。
確かに、どこか見覚えがある気がした。
「懐かしっ」
それだけ言って、ポケットに突っ込む。
それで終わるはずだった。
その日の帰り道。
夜風が少し冷たくて、酔いもほどよく抜けていた。
ポケットの中のUSBが、やけに存在感を主張してくる。
何度も、そこにあることを思い出させるように。
理由は分からない。
ただ、なんとなく気になった。
家に帰り、スーツを脱ぎ捨てて、ソファに沈み込む。
そのまま寝てしまいそうになって、ふとポケットに手を入れた。
指先に触れる、固い感触。
「……ああ、これか」
取り出して、しばらく眺める。
捨ててもいいはずだった。
実際、そう思っていた。
でも――
「……まあ、我が稚拙レポート集見てみるか」
誰に言うでもなく、そう呟く。
古いノートパソコンを引っ張り出す。
大学時代に使っていた、動くかどうかも怪しいやつだ。
電源を入れると、しばらくして鈍い音とともに画面が光った。
USBを差し込む。
カチ、という小さな音。
フォルダが開く。
中身は、いかにも大雑把な俺らしい内容だった。
人に貸すというのに、整理もされていないファイルの数々。
今では考えられないが、当時の俺はこんなものだったのだろう。
少しだけ苦笑しながら、懐かしさに任せてフォルダを開いていく。
記憶にないフォルダ名。
開いて中身を見て、ようやく思い出す。
ノート代わりの殴り書きエクセル。
レポート。
授業資料。
どうでもいいテキスト。
「よくこんなので単位とれたよな。」
苦笑しながら、適当にスクロールする。
その時だった。
一つだけ、明らかに異質なファイルが目に入った。
名前も意味も分からない、英数字の羅列。
「……なんやこれ」
カーソルが、その上で止まる。
見たことがあるような、ないような。
喉の奥が、少しだけ乾いた。
何かが引っかかっている。
記憶の奥底で、何かがゆっくりと動き出す。
――どこかで、見た。
そんなはずはないと、思いながらも。
指が、勝手に動いた。
クリック。
その瞬間、
止まっていた時間が、音を立てて動き出した。
——あの夏の続きが、いま、ここから始まる。




