第6話
「「……はい?」」
翌日。
エステルの部屋へ呼び出されたリアムとサディアスは目を剥いて聞き返す。
「今から彷徨の森へ行ってきてくれ。二人で」
エステルは笑顔で同じ言葉を繰り返す。
それに異を唱えようとサディアスが口を開くも、すかさずエステルが話を続けた。
「奴隷紋を消す方法を探しているんだろう? 手掛かりとなるかもしれない書物がある」
「いや私は探していませんが?」
「君は私の騎士だろう? サディアス。私が探している物は君の探し物でもある。違うかな」
「…………いいえ。では私一人で」
「いいや、二人で行って来なさい」
「えぇ……」
サディアスが食い下がるも、エステルはそれを許可しない。
リアムもまた嫌そうな顔をしていたがそんな二人に決定権などないとでも言うように彼女は気迫のある笑みを浮かべて言った。
「第二王女命令だよ」
***
年中濃霧に包まれ、凶暴な魔物の巣窟と化している彷徨の森。
ここでは行方不明者や死者が頻発した結果、国が認めた実力者のみが足を踏み入れることを許される地となった。
そんな危険が潜む森の中――
――激しい轟音と共に、数十本という木々が直線状に薙ぎ倒される。
「ふぅ」
平らになった地面の手前にあるのは拳を突き出したリアムの姿。
彼は一仕事終えたとでも言うように息を吐く。
「この大馬鹿者がァァァアアッ!!」
その数十メートル後方から、サディアスの怒号が響き渡る。
遅れてリアムへ追いついた彼は相手の頭を拳で殴りつける。
「デッ」
「無暗に自然破壊をするな! ここも立派な国土だぞ!」
「だって~! どんだけ大きいと思ってるんですか! こんなとこから本一冊探し出すなんて……何年歩いたって見つからないですよ!」
彷徨の森は凡そ三百万ヘクタールある広大な森林地帯だ。
エステルの話した『書物』が何故このような場所に紛れているのかはわからないが、彼女が何の根拠もなく発言する人物ではないことをリアムもサディアスも理解している。
「そんなもの連発してみろ! 攻撃の範囲内に本があれば木っ端微塵だ! 出発前に言っただろう、この周囲には年季の入った人工物なんかを収集したがる珍獣ミア・ペレグがいて――」
「はいはい、覚えてますよ。猿っぽい見た目の奴ですよね? あんな感じの」
サディアスの話を聞き流すリアムはふと、傍の木を登る猿型の魔物を見つける。
赤い瞳に尖った牙、二つに割れた尾。特徴的な姿だ。
「そうだ。特徴的な瞳、牙、尾。まさにあんな――」
リアムが示した猿を見て頷きを返すサディアス。
その時だ。
二人はその猿が小脇に抱えている古書に気付く。
「……おい、クソガキ、まさかとは思うが」
「あれ……エステル様が言ってた本の特徴に似てません?」
二人は顔を見合わせる。
そして彼らの視線が本から逸れたその瞬間、猿――ミア・ペレグは木を渡って逃げ始めた。
「ああっ! 待て!」
「おい馬鹿!」
「イデェッ!?」
拳を構えたリアムの髪をサディアスが引っ掴む。
サディアスが髪を掴んだまま身を屈めたせいでリアムは尻餅をつくような形で転倒する。
その頭上を鋭い何かが通り過ぎた。
嘴だ。一メートル程の鳥型の魔物が鋭い口を突き出してリアムとサディアスへ襲い掛かったのだ。
「あっぶなぁ」
「この森には気配を消すのが上手い魔物が多いと言ったはずだ」
「すみませーん」
反省の色が見えないリアムの態度に苛立ちを見せながらもサディアスは立ち上がり、腰に携えた剣に触れる。
気が付けば周囲には同様の魔物が十羽、二人を囲むように飛んでいた。
「お前はスキルを使うな。下手をしたらミア・ペレグと本まで巻き込みかねん」
「わかりましたぁ」
頷くリアムの背中から魔物が飛び込む。
視線を一度も向けないまま、彼はその首を掴み、握りつぶした。
「……化け物が」
「ありがとうございますー」
純粋な反射神経と握力だけで敵を屠る姿にサディアスは苦い顔をする。
だが今はリアムの身体能力に驚いている場合ではない。
「あれは俺が回収する」
「はーい。お願いしまーす」
(――スキル【感覚集約】)
サディアスは目を閉じ深呼吸をする。
彼が再び目を開けた時、その顔からは感情が抜け落ちていた。
無表情で制止したまま視線を素早く動かした彼は思考を高速で回転させ、己の目的達成のための最適な道順を見出す。
そして彼は剣を静かに抜き――
(スキル【頻断閃剣】)
――次の瞬間、音もなく姿を消す。
サディアスが姿を消した数秒後。周囲の魔物達は細切れにされて地面へと落下する。
「えぇ……俺の手柄」
全滅した敵の死骸の中、リアムはミア・ペレグが逃げた方角を見やる。
霧の中へ姿を消す閃光が一瞬だけ彼の視界に映るのだった。
木々に飛び移って逃げるミア・ペレグは嘲笑めいた笑い声を上げながら先へ進む。
しかし突如、その背後から影が現れる。
自分に掛かる影に気付いたミア・ペレグが不思議そうに振り返ったその瞬間。
その小さな体は呆気なく両断されるのであった。
***
「お疲れ様」
書物を受け取りながらエステルは言う。
その視線の先では顔を背け合うリアムとサディアスがいた。
「喧嘩でもしたの?」
「私がこいつとウマが合わないのは今に始まった事ではないでしょう」
「サディアスさんが俺の手柄取らなければ怒ってませんー」
「何だと……!? お前、今回に関しては礼を言うべきだろう!」
「俺だってやれたし!」
「こいつ……ッ」
「仲が良いみたいでよかったよ」
「「どこが!」」
エステルは品の良い笑いを零しながら書物の中を確認する。
やがて捲られていた本が閉じられ、彼女は顔を上げる。
「でも、少し気を引き締めないとね。リアムはこれで動きやすくなるだろうし、ここからが本番のようなものだ」
睨み合っていたリアムとサディアスは子供らしい振る舞いを収め、エステルへ向き合う。
それを確認してから彼女は続けた。
「私の企ても、リアムの復讐も――まだ始まったばかりなのだから」
リアムはエステルの言葉に同意し、静かに目を伏せる。
バイロン、そしてまだ対面していない同志の敵――彼らへ、悪行への後悔と絶望を与えることが出来なければ、母との誓いはいつまでも叶わない。
憎しみという呪縛から解き放たれ、『幸せ』を掴む為、リアムはエステルと手を組み、手を打ち続ける。
――太陽が沈む、その時まで。




