第5話
リアムは口角を限界まで釣り上げた歪な笑みのまま、バイロンを睨む。
「俺は、お前を殺さない……殺せない。それが、母さんとの約束だから。けど、勘違いするな」
金色の瞳が龍の死骸を映す。
リアムが思い出すのは先程会話をした女性やその付き人のことだ。
「それはお前を助けるという意味ではない。俺は俺のやり方で復讐を果たす」
無数の足音がリアムとバイロンへと近づく。
ドラゴン討伐の為に派遣された応援部隊だ。
「後悔し、絶望しろ。自分達の過ちと、それが招いた結末に。フィリースという味方になり得た存在を斬り捨てた事を悔やみ、俺が幸福を手にするところを絶望の淵で見上げ、そして――」
リアムは今度こそバイロンから背を向ける。
「――俺の知らないところで、死んでくれ」
そう吐き捨てた瞬間、リアムは地を強く踏みしめてその場から姿を消す。
凄まじい脚力による移動がバイロンや、その場に駆け付けた他の騎士たちの目に留まることはなかった。
ドラゴンの騒動により人の気配が消えた路地裏。
そこをリアムが進んでいると、背後から背を叩かれる。
「リアム」
「……エステル様」
リアムの肩を叩いたのは、先程別れた女性だ。その傍に控える男性の姿もある。
エステルはリアムの濡れた頬に触れると涙を拭う。
「泣いたんだね。可哀想に……苦しかっただろう」
「辛くは、ありますけど……わかっていた事なので」
リアムがぎこちなく微笑めば、エステルもまたはにかんだ。
「帰ろうか。明日は一日休むと良い」
「ありがとうございます」
エステルはリアムともう一人の付き人を先導するように歩き出す。
それに続こうとしたリアムはそこで、エステルの付き人から鋭い視線を向けられている事に気付く。
リアムはそれを気にも留めていないような人の好い笑みを返し、さっさとエステルの後を追った。
背後からは短い舌打ちが聞こえるのであった。
月の国、ルナプーラ。
大陸の最北にあるその国は国土自体は平均的であるが、秘めた武力ならば大陸内でも指折りの国であると噂されている。
ルナプーラの首都に存在する王宮。無数に存在する部屋の一つをあてがわれているリアムは、自室のベッドに寝転がったまま考え事をしていた。
思い出すのは昨日のドラゴン討伐の事やバイロンの顔、そして幼少の記憶だ。
「だ~めだぁ、起きよう」
体を休めようにもぐるぐると同じ事ばかり考えてしまい、気が滅入る。
別のことに意識を傾けようと考えたリアムは廊下へ出るべく部屋の戸を開ける。
すると目の前に一人の男性の姿が現れる。
昨日エステルと共にいた男性、サディアスだ。
「サディアスさん。どうかしました?」
「休みを言い渡したとてお前は休まないだろうと。稽古を始めそうになったら力づくで止めろとエステル様からのお達しだ」
「俺より弱いのに~? どうやって止めてくれるんですか」
「ギ……ッ、弱くなどないが……!?」
「はいはーい」
「あ、おい!」
冷ややかな眼差しを持つサディアスの無表情はリアムの揶揄うような言葉で簡単に崩される。
額に血管を浮き上がらせて苛立ちを見せたサディアスのわきを通り過ぎ、リアムは歩き出す。
「大丈夫ですよ~、体を動かすのはやめときますから」
呼び止められたリアムは、サディアスが懸念しているであろうことを否定しながら去って行く。
そして王宮の図書館へと向かうのだった。
リアムは魔法陣について記されている書物に目を通す。
「奴隷紋の解呪法か」
「……何でついて来るんですかぁ」
すぐ傍でさも当然というように立っているサディアス。彼に小言を零しつつリアムは頷いた。
「闘技場の戦闘奴隷になった時、俺の体には奴隷紋が刻まれました。これは、持ち主として認められた特定の人物の命令に必ず屈してしまうものです。バイロンはその権限を持っていなかったから俺も自由に動き回れましたが」
「今後の復讐でそいつらと遭遇し、且つお前の所有権を有しているという事実に相手が気付けば詰みという事か」
「そういう事ですね~。事前の情報収集を怠る気はありませんが、イレギュラーというのはどうしたって起こり得ますから」
サディアスが黙りこくる。
その反応が気になり、本から彼へと視線を移したリアムは、心なしかサディアスの表情が曇っている様な気がした。
「もしかして気遣ってくれてます? 俺の事嫌いなのに?」
「お前はつくづく可愛げのないクソガキだな」
「ありがとうございまーす」
本を粗方捲り、目当ての情報がない事を確認したリアムは本を閉じる。
そして元の場所へ本を戻した。
「気にしなくていいですよ、ほんと。母国における俺の立場とか人権とか、そーゆーのは興味ないんで。ほんとに」
(奴隷紋はそもそも解呪が厄介ってのもあるし、それに加えて、ソルディーヌの奴隷紋は特殊な加工が施されてるって事だから……他国の書籍なんかじゃ流石に情報は得られないか)
本を戻し終えると、リアムは再びサディアスと目が合う。
「今は、ルナプーラこそが俺の国ですから」
相手に微笑みながらリアムはそう話した。




