第22話 再び道具屋へ
その日、午後から非番だった私は、やや重い足取りである場所に向かっていた。
自分でもどうしてあの人に相談しようと思ったのか分からないし、あの人が話を聞いてくれる保証もない。
それに、あの人は一般人だ。騎士団の仕事に何度も付き合わせるのもどうかと思う。
そんなことを自問自答しながらも――
『また面白い話があれば店に持ってくるといい』
以前、そう彼が言ってくれた事を思い出し、私はオーランドさんのお店を訪ねることにしたのだった。
細い路地を抜け、古井戸を曲がり、三叉路を左へ……。
行き先が分かっている分、この前ほどの不安はないものの……昼間だというのに人の気配がほとんど感じられない通りは、やっぱりどこか不穏なな空気を感じる。この辺りだけが、まるで他の世界から切り離されたかのようだ。
(そういえば、連絡もせずに来ちゃったけど……オーランドさん、いるのかな)
そんな心配を抱えながら店の前に着くと、驚いたことにドアが開いていた。
何だか不用心な感じもするけれど、最近は暑くなってきたし、風通のために開けているのかもしれない。
「オーランドさん? いますか? 入りますよー」
そう声をかけながら、店内に入る。
反応はないけれど、留守ということはないだろう。
薄暗い店内は相変わらずの静けさ。
壁には何とも不思議な道具が所狭しと並んでいる。奥に進むほどひんやりとした空気が漂ってきて、外の暑さとはまるで別世界のようだ。売り物を眺めつつ奥まで進むと、カンターの奥からオーランドさんが姿を現した。
「あ、オーランドさ……」
「……はぁ」
私が挨拶をする間もなく、オーランドさんは私の顔を見てほんのわずかに眉をひそめ、小さくため息をついた。
「ちょ、ちょっと! 何ですか、人の顔を見るなり! 失礼ですよ!」
思わず突っかかるように言ってしまったけれど、オーランドさんは至って冷静だった。まるで、溜息そのものが会話の一部であるかのように。
「失礼なのはお前の方だ。ドアにかけておいた『close』の看板が見えなかったのか」
「え? そんなのありましたっけ? というか、ドアが開いてたんです!」
「……ドアが?」
オーランドさんはわずかに首をかしげ、まるで何かを思い出したように玄関に向かう。
「あぁ、さっき帰った最後の客だろう。大荷物を抱えていたから、ドアを閉め忘れたのかもしれん」
オーランドさんはそう言うと、店の入口まで歩き、大きく開けっ放しになっていたドアを静かに閉めた。
「――それで、何の用だ? ただの買い物という訳じゃないだろう」
オーランドさんは再びカウンターに戻り、冷静な視線で私を見つめる。どこか知的な冷たさを感じさせるその目は、全てを見透かしているような気がして、少し緊張する。
「あ、あの。実はですね……」
私は、何とか整理して昨日の出来事を簡潔に説明した。
しかし、案の定オーランドさんのお眼鏡には叶わなかったようで……
「主語を明確にしろ。誰が何をしたのかが不明確だ」
「推測と事実を混ぜるな」
「話が飛んでいる。もう一度整理して話せ」
オーランドさんから冷徹な指摘が入る度に、私の説明はどんどん乱れていく。もともと、私は話が上手ではないけれど、ここまで正確に指摘されると、さすがにへこむ。
まぁ、そんな私の説明でも、オーランドさんはすぐに話を理解してくれたようだったけれど。
「……で、ですからね。私、どうしてもおかしいと思うんです。あそこにキーピックが落ちていたのは」
なんとか話を終えると、オーランドさんはしばし考え込むように目を細めた。しばらくの間、彼の沈黙が店内に満ちる。
「……別に、騎士団のあの男――」
話し始めてすぐ言葉に詰まるオーランドさん。
「ラカンさんです」
「ラカンの言う通りだろう。ミミックから逃げ回るうちに落としたと考えるのが普通だろう」
「でも、私なんだか引っかかるんです。こう何ていうか、何か大切な事を見逃してるような……」
必死に訴える私をじっと見つめた後、オーランドさんは小さく息をついた。
「全く興味が沸かないな」
そういって、近くの椅子に腰掛けて本を手に取ってしまった。
「お願いします! そこをどうにか、力を貸してください!」
カウンターにぶつける程の勢いで、大きく頭を下げる。そんな私には見向きもせずに本のページをめくるオーランドさん。
こんな私にも、特技くらいはある。『根性と根気強さだけなら誰にも負けない』と以前ラカンさんが褒めてくれたことがあった。
まるで置物のごとく、じっと動かない私に呆れたのか、オーランドさんはゆっくりと本を閉じて私に目を向けてくれる。
「なぜそこまでこだわる。お前たちにとっては、山ほどある仕事のうちの一つだろ」
「そんなことありません! 確かに、騎士団にとっては山ほどある仕事の一つかもしれませんが、私にとっては大切な仕事なんです!」
我ながら、青い事を言っているのかもしれない。けれど、こんな新人の私にとって、大切じゃない仕事なんてまだ一つも無いんだから。
「……はぁ。名誉や財宝を求めてならまだしも、もう生きていないと分かっている人物の遺品を取りに行くのが、そんなに大切な事か? しかも自分の命をかけてまで」
オーランドさんは理解できないといった様子で首を振る。
「大切です! 私はどうしても、彼女のお母さんに形見の品を届けてあげたい。そして、もし娘さんが私欲ではなく、不慮の事故で命を落としたのなら、その事をきちんと知らせてあげたい!」
……そんな私の必死の訴えも虚しく、オーランドさんは黙って立ち上がり、そのままカウンターから離れていってしまった。
この人には人の心というのが無いのだろうか!?
「――も、もういいです! 私一人でも、どうにかしますから!」
思わず声を張り上げる私を見て、オーランドさんは、怪訝な顔を浮かべる。
「……何だ? 行くのか行かないのか、どっちなんだ」
その手には、出かけるときに来ている黒いマントが握られていた。
「え……行ってくれるんですか?」
「まったく興味が湧く話ではないが……こんな街の近くでシルバーミミックが出ているという情報は有用だな。丁度、素材が欲しかったところだ。案内しろ」
予想外の方面からの承諾に、思わず力が抜けて目元に涙が浮かんでしまった。
「え……オーランドさん、フィールドワークとか行くんですか?」
作り笑いで涙を誤魔化しながら問いかける。てっきり店にこもりっきりで、外の世界には関心がないのだと思ってたから。
「一流の道具屋とは、必要な素材は自らの手で集めるものだ。最高の状態の素材を使い、納得のいく道具に仕上げる。そのためには労力は惜しまない」
「じ、じゃあ! すぐに詰所に戻って人を集めてきますから――」
慌てて準備しようとした私の言葉を遮るように、オーランドさんは一言だけ答えた。
「不要だ。足手まといになるだけだ」
「え……」
そう言うと、オーランドさんはいくつかの道具を鞄に詰め込み、そのまま店を出て行く。その後ろ姿は、まるでちょっと近所まで買い物に出かける程の身軽さだ。




