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飛べ!

 ももしお×ねぎまが戻ってきた。ねぎまは相変わらず頬を紅潮させている。ああ艶っぽ。



「お昼の休憩、終わったね。

 人いなくなったよ」


「重いの運んでくれて

 ありがと」



 ももしおは腕を捲り上げ、ねぎまは2リットルサイズの空のペットボトル差し出す。



「空じゃん」



 何?



「実験用。これで水流すの」



とねぎま。


 ねぎまはまず、2リットルのペットボトルに水を入れてきて、展望台の階段の下に流した。すると、小道がカーブする外側の角の部分よりも30センチ以上向こう側に背水を流さないと、排水は1周せず、そのまま工場側の側溝だけを通って下水方向へ流れてしまう。


 これには、土嚢で対応。中身を減らした土嚢を2つ作り、それを使って堰き止める形で、排水が落ちる地点に浅いプールを作る。そのプールから排水が溢れて、プールの両側に流れ出るようにする。プールの長さで高低差をカバー。


 その部分の作業中、ねぎまは2リットルのペットボトルの水を雨樋もどきに流し、水が希望通りに流れることを確認した。


 ももしおは作業現場が隠れるように「工事中」のガードフェンスを動かし、ミナトは一輪車で土嚢を運ぶ。

 幸い、温室の傍には、使っていない土嚢が積み上げてあり、それを運ぶ一輪車がある。オレたちには使えないが、小さなショベルカーも残されたまま。



 雨樋もどきは3枚あった。2枚は使用済み。あと1枚残っている。使えるなら使いたい。ビニールを敷いて土嚢を積むよりも作業が早い。地面の凹凸の影響を受けず、排水がスムーズに流れそう。


 ねぎまが残った雨樋もどきにペットボトルの水を流してみた。大穴が空いている。



「ムリか」



 オレは諦めたが、ももしおが考えた。



「傾ければ?」



 穴が空いているところを下にするのではなく、少し傾ければ、穴を避けて水を流すことができる。大きな雨樋もどきをかもめプラザホールの敷地内に移し傾けて置く。これで作業が約3メートル分軽減される。


 ももしお×ねぎまは、かもめプラザホールの海側の小道の側溝にカビのテープを貼った。3重に。


 土嚢を並べる。園芸用のシャベルで地面が平らになるように調整する。ゴミ袋を敷く。土嚢部分にペットボトルのテスト用の水を流す。ゴミ袋がめくれる。直す。再テスト。水が脇に溢れる。改善。再テスト。そんなことを繰り返す。


 途中、ミナトとオレはかもめプラザホールの横側の小道の側溝にカビのテープを貼った。3重に。その反対側にはももしお×ねぎまが。3重に。


 下水へ流れる部分を、中途半端に堰き止めた。少しは溜まったほうが温度が上がるような気がしたから。根拠はない。

 なんとか流れるようにできた。


 たった2リットルの水では特大の砂遊び的な水路のテストは不可能。一か八か。


 最後、4人で見張りをしながら道路に面した部分の側溝にカビのテープを貼った。4重に。ここは閉会の後、大勢の人が通るから。靴で踏んでカビが取れてしまう可能性がある。本当はその後に貼りたい。しかし、それでは京と環境大臣の談話が始まってしまう。


 トイレで泥だらけの手を洗い、ももしお×ねぎまと同じように、服の下に使い捨てカイロとカビのテープを仕込んだ。



「カイロが熱くなってきた」



 トイレの鏡には、苦笑いしたミナトも写る。



「オレも」



 10月中旬をすぎたころ。カイロを使うにはまだ早い。

 

 トイレを出たところでは、泥の匂いを落としたももしお×ねぎまが待っていた。



「行こ。京くんの発表、見よ」


「間に合ったね」



 京の発表は最後から3番目。時間通りに進まなかったらしく、15分遅れている。

 照明が落とされたホールの中に入る。後ろの方の通路側の席に座った。京の2人前の子が発表していた。


 京はスクリーンに映った資料で澱みなく説明する。順を追わず、伝えたいことが心に残るように。

 冊子のデータは改竄されていても、発表に使うデータは個人が用意する。京はやってくれた。計測地点を地図で示すだけでなく、写真を用意していた。スクリーンに映し出された写真は最初に4箇所、次に4箇所。最後の2箇所は電気畑の写真とアヤCの電柱横の喫煙所の椅子。

 冊子では9本になっていたグラフは10本表示され、考察は「ヒートアイランド現象」の部分をカット。発表からは、電気畑横の気温が高いという結果のみが伝わってくる。


 京、めっちゃ大人に抗ってっじゃん。


 ももしおは手が痛くなるんじゃないかってほど力一杯拍手をしていた。スタンディングしそうだったのをねぎまに止められた。



「シオリン、目立っちゃダメ」



 この発表の人に環境大臣賞、まずくね?

 皮肉たっぷりの発表。


 オレは初めて京を見たときを思い出す。肩のあたりで両Vサインの指をくいっくいっと曲げた。使い方は間違ってる。ただ、京はあーゆーやつなんだ。


『おあいにくさま。大人の思い通りになんかならないよ』


 そんな声が聞こえる気がした。




「行こ」



 出発の号令はももしお。


 オレたちは速やかに立ち上がった。走らず慌てず素知らぬ顔で会場を出る。受賞者は決まっている。多くの人は授賞式を見ずに帰るだろう。そうなると、ホールの外に人が多くなる。まだ発表者がいる今が最適。



「ももしおちゃん、正義のヒーローだもんね」



 ミナトの言葉にオレは加える。



「正義っつってもダークだよな」



 そんなオレにねぎまは熱った顔で垂れ目の視線。



「正義なんてうつろいやすいもン、気にしなくていーんじゃない?」






 ミナトは雨樋もどきと地面の連結部分に立ち、ねぎまは展望台への階段部分に立つ。

 ももしおとオレは制御装置の箱に向かった。


 予備の配管に取り付けられている鎖付きの蓋を外した。

 2箇所のバルブを手動で開栓。


 2つ目のバルブを回すごとにちょろちょろだった排水はじょろじょろになり、最終的にはどばばばばーっとなった。もうもうと立ち上る湯気。

 やばい。水の量が多すぎるかもしれない。このままでは土嚢で作った水路から排水が溢れてしまう。

 心配しながら先を見ると、壊れた雨樋もどきを通るときにいい感じに水量が溢れて調節され、土嚢で作った水路に流れていく。その先にはねぎまが立つ、側溝の1番高い地点。

 クリア。

 側溝に流れ込んだ排水は土嚢で少々堰き止めて作ったプールに溜まり、両側に溢れ、二手に分かれて進んで行く。Yes!

 まだだ。肝心なのはここから。排水が熱いまま最後まで流れてくれるのか。

 走って追いかけたい衝動をグッと堪える。不審な行動をとってはいけない。湯気を目で追うだけ。

 ゆっくりと歩いて正面玄関の方へ向かう。その部分は最初、排水は流れていても湯気はなかった。だんだんと湯気が多くなる。



 飛べ! 麦色の胞子。舞い上がってかもめプラザホールを覆うんだ。





「今更だけどさ、監視カメラってどこについてんの?」



 ねぎまに聞いてみた。



「外は正面玄関と展望台のとこだけだと思う。

 古いタイプのカメラ、大きくて目立つの」



 ねぎまはカメラを指差した。あ、れ? なんか、玄関の入り口ってより、道路の方を向いてる。



「まさか」


「昨日、一応、角度をちょーっとだけ変えておいたの。うふっ」



 得意だよな。

 

 4人で湯気を眺めていると、多くの人が出てきた。終わったらしい。意外にも、ほとんどの大人はカビのテープを跨いで歩く。日本人だなー。畳の縁を踏まない文化と何かあったら避ける文化の融合。



「百田さん、根岸さん」



 大勢の人の中、京の祖母がももしお×ねぎまに向かって走ってくる。

 京の祖母は、オレたち4人を見た。そして口を開く。



「あっち、途切れてますよ」



 最初、何にことか分からなかった。



「お祖母様、途切れてって」



 ねぎまが尋ねると、京の祖母は歩き出す。それについていくと、温室近くの側溝の上にある3本のテープを指差した。テープのカビの面に置かれていた透明のセロハンが5メートルくらいそのままになっている。指摘されてねぎまがその部分のセロハンをぺらーっと剥がす。



「見えるんですか?」



 ももしおが尋ねると、祖母は悲しそうな顔をした。



「たぶん、京におかしなものが見えてしまうのは

 私の遺伝なんです」


「見えるなら教えてくださいっ。

 ちゃんと、発生してますか?

 きらきらはたくさんですか?

 いっぱい飛んでますか?」



 オレの聞き方がまずかったらしい。京の祖母は固まってしまった。ミナトがチェンジ。



「僕たちには確かめられないんです。

 力を貸していただけますか?」


「はい」


「Ms.NARITA 一緒に歩いてください」



 ミナトは京の祖母の手を取った。これぞモテ技。

 ホールの周りを一周。



「何をなさっているかは

 存じ上げませんが、

 きっと大丈夫ですよ。

 いっぱい飛んでます。

 空が埋め尽くされてます」



 よかった。



「京くんは環境大臣と会ってるんですか?」



 ねぎまが尋ねる。



「はい。体中、光らせて。あなた方みたいに」



 京が服の下に仕込んでいるカビの胞子は最強。発生し続けてるんだから。 


 オレは告げた。



「京に、体光ってるって言ってやってください。きっと喜びます」



 京、1番の理解者は、ばーちゃんだぞ。


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