あんまりなのです
「オスメっ、大丈夫っ⁉︎」
「ぐっ……この状態が生きてるって言えるなら……」
「生きてるっ、大丈夫っ……生きられるからっ」
「泣いて……んのか。昔からお前は……」
「仕方ないでしょ、オスメが生きていたんだから。見て、モエが、みんなが来てくれた」
「ああ……まったく……モエはいつもおせえんだよ、本当に……でもあいつらなら……」
「うん。きっと」
息も絶え絶えのオスメを抱き寄せてユズは心の底から安堵する。
彼女らならやってくれる。オスメもユズも、少し前に一緒に階層攻略していた時に、その実力の差に気づいていたからこそ、そう確信出来る。
魔法を使えない魔法使いが先へと進めないことに気付いてどう別れを切り出そうかと考えたのはもう遠い昔のことで、いまはその背中が頼もしく映る。
「じゃあちょっと……サボらせて、もらおうかな」
「ええ、ええ。終わったら起こしてあげるから、今は……休んでていいよ」
「はは。まったく……まったく、だな」
ユズのなけなしの魔力はオスメから痛みを取り去って眠れるだけの安心感を与えるくらいは出来たらしい。
「モエ、お願いね」
そのうえで、やはり祈るしか出来ない自分を申し訳なく思いつつ、魔力が切れるまでオスメの治療をしたあとはオスメと重なるようにして意識を失った。
「モエっ、ハルバードを叩き落として!」
「なので──すっ!」
「……その掛け声で力はいるのか?」
細かな傷も繰り返せば致命傷となる。
フィナの役割は堅い鎧を破壊する手間を避け僅かな隙間から刺し入れる剣で相手の生命力をじわじわと削り、モエはモエで武器の破壊に躍起になっている。
壊せないとされる塔の壁を打ち抜き、神と目される巨大な牛へも痛打を与えたモエの鉄球が壊れるところなど想像も出来ないが、階層主の武器も並外れた耐久力を持っているのだろう、武器を握る手に鉄球がクリーンヒットして痛みに悲鳴をあげてからは、武器を使って真正面から鉄球を受けるようにしている。
「──俺たちならやれる。フィナはサボるな、モエはさっさとその武器を壊せ」
「はあーっ? こいつの近くに寄ってないから分からないんでしょうけど、間違ってパンチのひとつでも受けたらこのフィナちゃんの柔肌じゃひとたまりもないのよっ」
「悔しかったら弓で同じ戦果をあげてみりゃあいい」
「……わたしの弓はシュシュが持ってるんだから仕方ないじゃないの」
「返そうか?」
「遠慮しておくわっ! なんだか今のシュシュはか弱い少女って感じがするし、わたしの弓で遠くからパシャパシャしてればいいわよ。あっ、か弱いおじさんなんだっけー?」
「よっしゃ、誤射しても恨むなよ」
「ちょっ、早速やってんじゃないわよっ!」
階層主を倒すためにはまず主な戦力である巨大な槍斧をどうにかするべきだろう。モエが攻めて攻めて攻めまくるためにも、フィナの嫌がらせのような細かな斬撃が絶えず圧力をかけていくようにと、シュシュが采配する。
嫌がらせの手数の足しにするためにもシュシュ自身も弓矢で参加しているが、さすがに動く的の全身鎧の隙間に突き刺すような真似など出来るはずもなく今のところ効果は薄い。
とはいえオスメたちの窮地を救い、階層主を引き受けてからモエたちにまともな被弾はない。
本当にこれだけの被害をもたらしたモンスターなのかと疑いたくなるくらいに、モエとフィナだけで抑え込めている。
(その理由があるにしても、油断はならねぇ)
モエたちが強すぎたか、はたまた階層主が案外それほどでもなかったか。あるいは──。
しかしまだ気を抜くことはできない。なにせ初手で通路出口を塞いだブロックの投擲をまだ見ていないのだから。
「私もやるわっ」
「ララちゃんなのですっ!」
硬いブロックを利用したのか、ララの魔法により岩から削り出したような槍が数本、弾丸のように撃ち出されると階層主の鎧に当たって砕けた。
元の素材が硬いためか、その威力は十分に鎧の内側へと伝わったらしい。よろめく階層主に追い打ちをかけるモエの鉄球が槍斧ごと階層主を押し倒した。
「もらったわっ!」
「ゲルッフの仇──っ」
チャンスと見たフィナが尻もちをついた階層主の首めがけて跳躍し、積年の恨みと言わんばかりの形相のララがありったけの弾丸を射出する。
重い槍斧では素早い動きのフィナを止めれないだろう。投げっぱなしの鉄球を引き寄せるモエは追撃に参加するのには一拍ほど遅れてしまう。
倒れた階層主の左手に魔力の高まりが感じられたと同時に広げた手のひらからシュシュの懸念していたブロックが撃ち出された。
大きく、硬く、重い岩を圧縮したようなブロックはうっすらと光を帯びており、その軌跡をまっすぐと残す。
階層主なりの優先度なのか、立ち位置として妥当だったのか、それともたまたまだったのか。
空中にうっすらと軌跡を残すブロックが突き刺さった床には、ララだったものの下半身を残して肉と血がすり潰されていた。
「ララちゃん──」
「うそ、うそよ……」
勝てる局面での犠牲。それは圧倒的優勢で押し切れそうだったモエとフィナが手を止めてしまうほどにショックなことだった。
「──あ、ああ」
軽口を叩いていたシュシュさえも、さすがに堪えた。
オスメたち“南風”を助けるのに間に合い、態勢を整えるための時間稼ぎが案外と無理なものではなかったことで、シュシュたちの心には余裕が出来ていた。
倒してしまっても構わないのだろうと、強者感たっぷりに階層主の相手をしているうちに、モエもフィナもユズたちの危機を目撃した時ほどの激情を忘れて、なかば楽しんでいた。
ララはララで、体力的にはまだ動けるのに回復しない魔力に歯痒い気持ちになっていたところを、釣り人が持ち込んだ食料の効果で補えたからこそ、早期の戦線復帰を果たしたのだが、敵の不意打ちに対応できるほどの冷静さはとうに失っていた。
モエたちはともかく、ララは見ていたというのに。助っ人の存在を許さないかのごとく、盾に隠れるユズやララの頭上を超スピードで横切ったブロックのことを。
ゲームにあるような蘇生なんてもののない、一度きりの命のやり取りに、後悔は時すでに遅しというほかない。
モエとフィナが半狂乱になり階層主に襲いかかるが、左手から生成され撃ち出されるブロックを止める術はなく、かわしながら果敢に攻めていくが、その結果はひどく残酷なものとなる。
「よくもっ、よくもララちゃんをおおっ」
「でもやっと、これで──」
モエの暴走も誰に止められるものではなかった。
武器どころか鎧の目につくところを手当たり次第に打ち続ける鉄球の嵐は、戦場を飛ぶブロックこそ阻止出来なかったが、階層主を仕留めることは出来そうだ。
モエの鉄球を避けながらという地獄難易度でフィナも階層主の関節も筋もズタズタに切り裂いて頭から足の先まで返り血に慣れていないところはないほどだ。
麗しき鬼がふたり、階層主の命を今まさに奪ってお終いに出来る、そんな場面で鬼の片割れはやっと外に目を向けて、絶望した。
いや、その絶望はモエとフィナの背中に突きつけられていたのだろう。
治療されていたはずのザーパフがララのように首から上を失い、すんでのところでブロックをかわしたリハスは助からない命を前に祈りを捧げている。
「あ、あ……ユズちゃんは、ユズちゃんは──?」
フィナが凍りついたように固まり息をするのも忘れたように動かなくなったのに気付いたモエは、大切な友達を探してその目を彷徨わせる。
「あっ、ユズちゃん無事で」
少し前に目を覚ましたのだろう。彼女にとってはほんの一瞬気を失っていたくらいの、そんな時間。
抱くように折り重なって眠っていたユズとオスメ。
起き上がったからこその、悲劇。
膝枕の形で一時の安らぎに目を閉じていたオスメは、その安らかな表情はそのままに、ユズの片脚とともに頭部以外のほとんどをブロックにより抉られて失っていた。




