モエが来たからには全部解決なのですっ
「モエっ、モエぇーっ!」
「敵から目を離さないでっ」
普段なら敵のヘイトをザーパフが買って盾で防いでいるあいだにオスメの剣とゲルッフの槍が敵を攻撃し、盾の後ろからララの攻撃魔法が放たれ、ユズの癒しと補助が彼らの戦いを有利に進めていくのが基本だった。
しかし階層主を逃がさないために先行したゲルッフが道中で物言わぬ屍になってしまっているのを見つけたところからチーム“南風”の連携に綻びが出来た。
敵の攻撃を受け続ける盾役は攻撃役のオスメに負担がいきすぎないようにといつもよりも配分を違うものにして階層主の攻撃を受け続けていたが、予想を上回る手数と威力に一気に消耗することになった。
もちろんユズはザーパフが倒れないように補助を多めにかけていったが、そのせいで魔力の減りが早まり、親切な釣り人に分けてもらったパンによる魔力回復では追いつかないほどに魔法を連発していき、連続で酷使したせいかひどい頭痛に立っていられなくなる。
最初の部屋で火の魔法を派手に使ったララは魔力不足から嫌がらせ程度の魔法しか使えずに、ユズを庇いながらザーパフの盾の陰に隠れるしかなかった。
唯一の物理アタッカーとなった剣士オスメは、剣が砕けて柄だけになっても握りしめて殴り続け、とうに痛みも分からなくなって拳は手の形を捨てていた。
そんな状況でユズが目にした友達の姿は、まさに窮地を脱する女神のようにも映ったが、それも一瞬のことで、階層主が投げつけたいくつものブロックが一縷の望みを砕いた。
その失意たるや、もう助からないとユズが諦めてしまうには十分なもので、必死に回してきた補助も回復も途切れたザーパフが膝をつくのは必然だった。
魔力切れ。
魔法をメインに戦う魔法使いや僧侶にとって、切っても切れない現象に、全員が終わりの時を肌で感じ取った。
「──魔法じゃなくて鉄球を使う魔法使いなら魔力切れもなかったか」
もはや見た目では肘から先がどうなっているかも分からないオスメはそう呟いて「いや、それはやっぱ魔法使いじゃねえんだよ」とひとり突っ込んだところで階層主の拳をまともに受け、再び壁へと叩きつけられた。
階層主のターゲットがひとつ消えたとなれば、ザーパフが潰されるのもすぐだろう。
ザーパフがあげた気合いの雄叫びに意識を引き戻されたユズが、壁際に落ちるボロ雑巾のようなオスメの姿を認めて悲鳴をあげている間にも階層主の執拗な攻撃が盾を破壊していく。
「──もう長くはない。ララはユズを連れて」
「だめだよ。私たちも一緒だから」
スキルだけで盾の硬度を維持しているザーパフが限界を感じてふたりに逃げるように言うつもりだったが、そもそも逃げ道が塞がれているのだからと、残りの魔力を振り絞ったララが魔法で最後まで足掻くのだと立ち上がる。
「どうして……みんな、どうして──」
もはや回復魔法すら発動しそうにないからっけつのユズには祈ることしか出来ない。
誰か、助けて──。
階層主が巨大なハルバードを大上段に振り上げるとザーパフはこれまでの経験から防ぎ切れないことを悟った。
それほどに次の攻撃に込められた力とスキルの強さは圧倒的なものだったからだ。
ララの渾身の魔法は階層主の足元から地面の土を槍のように伸ばして突き刺すものだったが、ゲルッフのことを思って創り出したであろう土槍の穂先は階層主の鎧を貫くことが出来ずにせいぜい武器を振りおろすのを一瞬遅らせるだけのものだった。
ただ、その一瞬がどれほど大事なものとなったか。
ザーパフを叩き潰すはずのハルバードは、歪な球体に横から撃ち抜かれて軌道をそらされたせいで地面を抉っただけに終わる。
それでも覚悟を決めたザーパフが至近距離で耳にした重い金属と金属が衝突する轟音は、彼に死んだと思わせるほどのものだった。
「ユズちゃんっ、ララちゃんっ、大丈夫なのですっ⁉︎」
「も、モエ……?」
「モエなのですララちゃん。ユズちゃんもぱくぱくしてるけど大丈夫そうなので……ああっ、ザーパフさんがっ!」
間一髪のところで階層主の攻撃を邪魔できたモエは、仲良し女子ふたりの無事を確認できたものの、盾を構えたまま気絶するザーパフを見て「立ったまま死んでるのですうっ」と悲鳴に似た叫びをあげた。
「バカモエっ! 階層主をもっとやっちゃいなさいよっ!」
「はっ、そうなのですっ。ふたりはフィナさんに任せるのですっ」
「ザーパフもギリギリ生きているようだ。とにかくパンを口に放り込んで……」
「そんなんじゃ生きてても喉に詰まらせて死んじまうだろうが、ったくよ」
猫のようなモエに引き続いてスレンダーなフィナが駆けつけて油断するなと叱咤し、やっと強敵と戦えるのだからと怪我人の手当てを丸投げしたモエがひとり突貫していくのを見送ったリハスが治療をはじめて、シュシュがパンに合う牛乳をザーパフの口に瓶ごと突っ込んだ。
「──オスメは?」
「オスメは……向こうに」
ゲルッフの脱落については口にせずオスメのことを聞き、嗚咽混じりに答えたユズの様子にリハスは全て聞くまでもなく察する。
「どいつもこいつも諦めるのが好きなこった。オスメはあそこで汚ねえボロ切れみたいになっちゃあいるが──ありゃあまだ間に合うだろうよ」
「──っ!」
とっくに切れたはずの糸がほんの少しの繊維だけで繋がっているような、わずかな希望の光。
ユズは自身の魔力切れも体力切れも構わず盾の庇護を離れて駆け出す。
繋がないと切れてしまう糸を、どうにかせずにはいられない。
無防備に一直線に走り出したユズを階層主が見逃すはずもなく、モエの鉄球に翻弄されつつもハルバードはユズ目掛けて振り下ろされる。
「てめぇの相手は──俺たちだろ?」
「ブフゥー……」
走るユズの背中を守るように立ちはだかったシュシュが手をかざせば、強風に煽られたようにしてハルバードの軌道がそらされ、シュシュの挑発に階層主は明確なまでの反応を見せた。
「モエの獲物なのですっ」
「わたしもいるんだからねっ」
地面に深々と突き刺さった武器を抜くのに階層主が手間取った隙に、モエの鉄球が右手を強打し、フィナの蟹双剣が鎧の隙間から腕を斬りつける。
「へっ、俺とモエとフィナ……こんな美女3人が相手だなんて、ここの階層主は幸せもんだよな」
「あら、珍しくシュシュも戦うの?」
「モエが全部もっていくのですっ!」
黒く艶めく鉄球はモエの心をあらわしているのか、いつもの滑らかな球体ではなく、荒削りのまさに鉄塊そのもので、心なしかいつもより大きい。
フィナが愛用する蟹双剣の斬れ味は階層主にとっても脅威に感じたのか、振るたびに帯を引くような刃の煌めきを階層主が目で追うのがわかる。
そしていつもなら大鎌を生成していそうなシュシュはまだ何も手に持ってはいないが、階層主からの熱烈な視線を先ほどから感じている。
モエよりも、フィナよりも、強く。
「幸せもんだよな、なあ──」
それは最後まで声にはならなかったが、不思議とその軽口を階層主が聞き取っていたように、シュシュにはそう思えた。




