デリラ
「広くね?」
祠に入った瞬間に出た感想がそれであった。
「私は入ったことがないですが。そうなんですか?」
「前の屋敷なら、そのまま階段を降りたらよかった。しかし、今回は。なんというか___」
「ダンジョンですね」
その感想がもっともしっくりきた。
以前のような一本道ではなく、迷路のような構造であった。
「わざわざこんなややこしい作りにする必要あるのか?」
「どうでしょう。アウレア・アニムスを下手な人間に取られるのはまずいからですかね?」
「だが、聞いた話ではそもそも誰でも手に入れられるものではないのだろ?」
「万が一ということもあります」
「そうか?…うん?」
「どうしました?」
「いや何か紙が入ってた」
リクは何気なしに折り畳まれた紙を広げる。
そこには以下の事が記載されていた。
『この祠は、もともと簡素な作りだったが、暇だったので複雑に作り直したのさ。後複数の罠や魔力により生まれた敵も配備しといたさ⭐︎
追記、舐めてかかると死にますので二人で全力で攻略するように』
「「あのクソババァ―――!!!」」
二人して叫んだ声は祠を響かせるのに十分のものであった。
「なに、軽い感じで言ってやがる」
「そうですよ。これ完全に私たち大変な目に遭いますよ」
「まぁ。アウレア・アニムスを手に入れる過程で死にかけるのだけどな」
「マジですか…」
「マジだ。つまり今回は、2回死にかけると言うことになる」
「帰ったら、あのババァの好きなジャムを目の前で平らげてやる」
「やることが幼稚すぎる。だが、付き合うぜ」
「そう言うところ好きですよ」
「よせ。照れるだろ」
「さて、いきますか」
「…だな」
―――
「コーヒをもらえるかな?」
「あらコーラ。リクの修行はいいの?」
「ああ。クレアと共に、祠に向かっている」
「クレアにも稽古をつけると言うこと?」
「まぁ結果的にそうなるのかな?しかし、あくまでリク。あやつの稽古さ」
「なぜクレアを?」
「ちょうどよかったと言うだけさ」
レイラはそれ以上は訪ねなかった。
こういうときのコーラから聞き出すのは面倒なのだ。
黙っている理由も、『なんとなく』というものであり、ただただ気分的に話さないだけであり、いざ聞いてみたらくだらないことも多々あった。
こういう経験からレイラは諦めるという選択をしたのだ。ため息をつきながら。
(この先に必要なのは、『協力』。人という生き物は、人との関わりから逃れることはできない。どれほどの天才といえどもそれは変わらない。軍隊、企業、学校、ありとあらゆるコミュニティを形成してきたのが人間だ。我々がデストヒュヌスを倒すというのも一人では不可能。あやつはおそらく恐ろしい力を手に入れることができる。既に一般の人間などひねりつぶせる力をつけている。ならば、ここで人と協力することは大切。どう連携をとり、どう対処するのか。それを実践で学ぶことこそ人として力をつける近道さ。幸いクレアはあやつとは仲も悪くないし、敵を一人共に仕留めたとも聞いている。今回の難度を考えると御誂え向きなのさ)
コーヒーをうまそうに啜りながら、ホッと一息をつく。
「暇なら手伝ってくれないかしら?」
「書類に目を通すのは苦手なのさ」
「老眼が進んでしまったのかしら?」
「それ以上老人ネタはよすんだよ」
―――
デリラは、目を疑った。
この屋敷にやってきて、およそ1年。
もちろんグラディウスのスパイ的な役割も担っていた。
ただ、この屋敷は性質上相互監視という役割が強い。
この屋敷の主人も、当然雇われる中にはそういう人間がいることを想定しており、そのため、本当に信頼できるものにしか、重要な仕事を任せない。
それは自然であり、この屋敷にスパイとして入った人間もある意味それを理解している。
だから、情報収集よりも他国の人間に出し抜かれないように牽制することが重要なタスクなのである。自分達が有利になるように動くのではなく、不利にならないように動くことを優先されている。
そう不利にならないようにお互いに監視し、相手が出し抜かないようにする。それがこの屋敷に暗黙のルール。
これを守っておけば、基本的にはただメイド業を全うし、必要に応じて休暇を楽しめる。
もちろん祖国からは、さらに『ミッション』も与えられてはいたが、それについては基本的には、『できない』ことを前提での話であり、絶好の機会が生じたらの話である。そのため、そこを催促されることはない。
しかし、今回の殺人はまさにその均衡を崩すものである。
アンが来てからわずか数日の話である。
もちろんそれはあまりにも出来過ぎであり、むしろ罠ではないかという考えもあるが、デリラは逆のことを考えていたのだ。
(アン。彼女は非常に優秀な人間であったし、この屋敷の特殊性についても知っているはず。ならば、普通はこの事件は、アンを犯人に仕立て上げようとしたものと考えることができる。しかし、そのように私たちに考えさせている可能性もある。民主派は、近年の民主化の流れに乗るために、かなり強引になり始めている。民主化を第一に考え、そのためならば国力が低下することについては何ら考慮していない。アンもまた、そのような理想論だけを考え他を見ていない思考回路に陥っている可能性は高い。もともと、民主主義を至上としていた)
「おはよう」
「あら。マデリンおはよう」
デリラに声をかけてきたのは、マデリン。互いに顔ぐらいは知っているが交流はなかった。
「随分大変なことになったわね」
「あなたも疑われているのよ」
「そうかしら?重要参考人に止まるのではないかしら。被疑者だとは思われていないわ」
「なぜ?」
「アルボスが、ウァリエタースに害を加えることはしないわ」
「そうかしら?」
「下手なことをすれば外交問題。何もせずに静観が正しい行為なの。この屋敷において、何も起こらないように相互監視することこそ、正しい行為よ」
「…その点は、同意するわ。しかし、それはあなたがアルボスの政府の息がかかっていると自白しているようなものよ」
「名指しで疑われている時点で既にバレているわ。それに私の場合は政府だとすぐにわかる。あなた方の国と違って、その辺はわかりやすいのよ」
「それで用件は?」
「あなたもアンを疑っているわよね」
「ええ」
「今回の件。ウァリエタースに報告しないわけにはいかない。その際事実を突き止めて、少なくとも納得ができる形でまとめる必要がある。」
「…」
「今回、あまりにもグラディウスに非があると私は考える。正確にはあなたとアン」
「共謀と言いたいの?」
「トカゲの尻尾切りも含めるならね」
「彼女とはイデオロギーが違う。それに結局グラディウスが原因であれば、それをするメリットも少ない」
「グラディウスと全面的に戦うのならともかく、中の懐柔を考えるならばそうも言えない」
(こいつは、私とアンを同じだと考えている?私は民主主義から現政権派に鞍替えをした人間。しかし、表向きには民主派である。もしかしたらそのことを知らないからそういうミスリードが起こっている?ならばこのままミスリードをさせておきましょうか。下手にこちらから情報を渡す必要もない)
「丸く収めるため、アンをすぐさま逮捕した上で事態の解決にあたらないかしら」
「アンが犯人ではないかという点は同意するけど、その提案をされるとあなたを疑いたくなるわ」
「私が犯人だとして、証拠を提出もできないし、下手に私を逮捕するのはナンセンスよ。大切なのは、事を治める事。正直殺人なんて、皆少なからずやっている。殺人により、極悪非道の犯人を捕まえるなんてことは誰も考えていない。どうやって事を納めるか。違う?」
「そうね」
その点についてはデリラは大いに同意した。
殺人を非難することはない。
少なくとも、心からは。
自分達にも後ろ暗いことがあり、向こうも承知している。
それなのに、相手だけを非難するのは滑稽ではないか。
「どうするの?」
「彼女が魔法を使ったことを突き止める。業務上使用する必要性がないにも関わらず、使用している時点でさらに嫌疑がかかるわ」
「彼女がこの屋敷の特殊性を知らないわけがない」
「知らないかもしれないわよ?」
「?」
「あなたの主張は、互いの相互監視があり、下手な行動をすると相手に知られてしまい、均衡が崩れてしまうことを防ぐ。しかし、崩すことが目的ならわざわざ知らせない」
「知らされていないとしても、気がつくのでは?」
「こういう仕事をする為に訓練を受けたりしたならば、そういう発想も出てくる。だけど、そんなことなしにいきなり向かわされたら?」
「慣れない場で、一人で任務をこなす。その上で訓練もないならば、素人のような行動に出てもおかしくないわね」
「その通り」
「そして、私は彼女が魔法を使用したことを感知した」
「使ったの!」
「そうよ。そうなのよ。そうなると、やはり疑わざるを得ない」
「…」
「私はあなた方を疑っている。貴方も。でもいいの。私の立場が危うくならないなら、一人をトカゲの尻尾切りに使っても、貴方は秩序を守る。彼女は守らない。だから声をかけた。被疑者である貴方に声をかけたおわかり?」
自分の立場が危ういことをデリラは理解した。
「そうね。ならば真偽はともかくやはりアンを捕まえるべきね」
「理解してもらえたかしら」
(いい気になって…グラディウスの立場としてはまずいことになるわ。余計な人間のせいで。…いいわ。だったらこちらにも考えがある。勝ちに浸るあんたを出し抜いて見せる。最後に笑うのは私。いえ、私と新貴族派オーウェン様が笑う)




