ちょっとした日常
ウィリアムに襲われてから一夜が過ぎた。リクは死んだかのような表情で寝ていた。
だが窓から朝日が差し込み、体内時計の調整が始まることによってリクは目が覚めた。
目覚めは良くも悪くもといったところだ。昨日のことを考えるとあまり快適に起きれないだろうとなんとなく考えていただけに、良くも悪くもなんら変わらずに起きれたことに少しばかり自分でもそのハートに驚いていた。
「……良い天気だ」
リクが窓を開けて外の状況を確認すると、青空に漂う積雲が目に入ってくる。澄んだ空気を体内に取り込み耳をすませば小鳥の囀りが聞こえてくる。リクが一人思わずそのように口にするのも納得であった。
「水飲むか」
そう言ってリクは台所へと向かう。なかなか図太い生き方をしてきたせいか、すでに存外この屋敷を使いこなしていた。ほぼ遠慮というものがない。
「おはよう。リクさん。よく眠れた?」
「おはよう」
相変わらず元気のある声で挨拶をしたのはクレアである。
「昨日は災難に見舞われたけど。大丈夫?」
心配するような表情でクレアは問いかける。心から心配しているようだ。その心遣いは大変嬉しいものだ。
「大丈夫。レイラさんに助けられたから。何かお礼しないといけないぐらいだ」
「お礼なんてむしろこっちがしなくちゃいけないぐらい。レイラ様から聞きました。私たちのために戦ってくれるのですね」
「あぁ。そうだな。ただそれはあくまで自分で決めたことだ。自分がそのような行動に駆り立てられた。それに従っただけだ。だから礼なんて不要だ」
クレアの気遣いは全くもって無用であった。自分が外部からの情報を精査した上で、自分の心が惹かれたものを選んだに過ぎ無い。礼があろうと無かろうとその選択はしていると自信を持っていえる。
「それはそうと。喉が渇いているのでは?水を持ってきますよ?」
「いや。それぐらい自分で行く」
そう言ってリクは水を取りに台所へ向かおうとする。だがそれをクレアが妨害する。
「……」
「……」
相変わらず笑顔のまましかし、リクを決して通さぬ意思が感じ取られた。
「喉が渇いているのですが?」
「私がお持ちしますよ?」
リクは奥の方にあるキッチンへ視線を向ける。残念ながらここからではキッチンで何が行われているのか確認することができ無い。だが奥から音が聞こえる。具体的にいうとキッチンで料理をするときに出る生活音である。
「……奥で誰か料理でもしている?そして俺にバレるのは避けたいことという感じか?」
「察しが良いということは褒められることでしょうが、口にするのは評価できませんよ?」
どうやらリクが予想したことは大体あっているようだ。そしてこれ以上ここで立ち止まっていても仕方ない。ここは一つ大人な対応をすべきであろうことはリクも理解できた。
「クレア。申し訳ないが水をお願いでき無いか?」
「はい喜んで!」
そういうとクレアは素早くキッチンの方へ姿を消した。
「レイラ様早くなされたほうがよろしいかと。もうリクさん起きてしまってます」
「もう起きたの!あれほどの怪我。魔法で完治したとはいえ、体力はかなり削られたはずなのに……」
「仕方ありません。できる限り私もサポートしますので。レイラ様だけではキッチンが汚れて仕方がないですしね」
「あなた主人に対して、まるで遠慮がないわね」
「トロイほうが悪いです」
奥から話し声が聞こえてくるが、リクは聞か無いようにした。
程なくしてクレアから水を受け取り喉を潤わした後、まだキッチンで格闘している様子であったため、リクは空気を読んで部屋に戻った。
やることもなかったリクは適当に借りてた本に手を出しペラペラとめくっているとドアをノックする音がした。
「そろそろ朝食にしましょう」
「了解」
クレアの呼びかけに素直に応じて、ドアを開けて朝食のために移動を開始する。
すでにレイラが座っており、テーブルの上には料理が並べられていた。
「おっ、遅かったですね!リク」
顔に焦りの表情を見せながらそれでも笑顔を顔につけながらレイラはリクに話かける。
さてどう反応しようかとリクは一瞬考えたが、いつの間にか近くにいたクレアが腰を軽く突く。その目は『空気を読めよお前!』という意図がひしひしと感じ取られた。
『空気を読んでも従うな』をモットーとして生きるリクであるが、ここで要らぬ発言をして仕舞えば、おそらくレイラは悲しげな表情をするであろう。そのような表情をさせるのはリクが持つ少ない良心がNOを唱えているためにクレアに従うことに決めた。
「少し疲れていて、つい長く眠ってしまいました。いや〜俺としたことが!」
我ながらなんと誤魔化しが下手なのだろうと責め立てたいぐらいになるが、レイラは納得してくれたような表情であったためリクは若干安堵した。
「それではご飯にしましょう!」
クレアの掛け声に二人は素直に従う。
目の前に置かれたメニューは少々形の崩れたオムレツにベーコンとサラダそれにパンとスープ。なんとも王道な朝食だ。
この世界に来て気がついたことがある。それはあまり元いた世界と変わらないということだ。無論技術面に関してはこちらの方が遅れているように思えるが、それもすぐに追いつけるだろう。だが食に関して言えばまるで問題ない。鳥、豚、牛、野菜類もほとんど知っているものだ。もしかしたら探せば何かあるのかもしれないが、日常的に口にするもので抵抗感があるものはなかった。
「「「いただきます」」」
挨拶を済ませてリクは早速オムレツを口に運ぶ。
「ジー」
レイラの視線が今まで経験したことがないほどリクの方へ集中していた。
(心地悪!)
「今日の朝食はどうですか?」
すごい楽しそうな表情でクレアは問いかける。
(これは……)
リクは察した。これは前回と同様の展開であることを。クレアに食べさせてもらったクッキーに対して馬鹿正直に感想を伝えてそこそこレイラの心をへし折ってしまったのと同様なのだ。だがリクは戸惑う必要はなかった。もう一度同じミスをするほど、記憶力が悪いわけでもなく、そして今回の料理に関しては正直な感想を伝えても問題ない。
「美味しいですよ。このオムレツも中々。自分が作るよりは少なくともうまいです」
「本当!」
(おお…すごい喜びよう)
驚くほど嬉しそうな表情のレイラに若干驚きながらも、事実美味しかったためさらに一口食べる。
「ありがとうございますレイラさん。わざわざ朝早く用意してもらって」
「えっ!なんでわかったの?」
「えっ!なんでこの状況でわからないと思ったのです?言っときますが、俺はよくいる鈍感主人公でもないですよ。というかいくら鈍感でもこれに気がつかなければ日常生活が驚くほどハードモードになりますよ!」
「そうですよ。いつもよりキッチンが騒がしくて、いつもはキッチンの中にいる私がキッチンの前に立ってリクさんを阻止して、オムレツはいつもより若干形が崩れている。こんなに状況証拠が揃っていたらリクさんでなくとも気がついて当然です」
「ねぇ。クレア。君は主人に対して個人的な恨みでもあるのか?」
「まさか!レイラ様は私のご主人様。日頃からとても良くしていただいております。そんな不敬なこと思うはずないじゃないですか!」
「にしては、レイラさんに向ける言葉の棘がすごい。ほら若干君の主人が傷ついているぞ」
リクの指を差す先には涙目のレイラがいた。
「あっ。大丈夫です。すぐ戻りますので」
「うわあっさり」
「さっきから失礼じゃない!」
「確かにすぐ戻った」
初対面の時は中々にお淑やかな印象であったため、ここまで感情豊かだとは思はなかった。
「いちいち反応するから可愛いのですよ。これから長い付き合いになるのです。リクさんもキットからかうことが多くなるでしょう」
「私にとって困る予言をするのはやめてくれない」
「それは無理です」
「君たち仲が良いね」
その後もなんだかんだ騒ぎながらの食事が続いた。




