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二話

 先ほど急いで出てしまった部屋を探し出し、中に入る。

 長く使われていないのか、クローゼットやベッドは古びているものの、綺麗に掃除された暮らしやすそうな部屋だ。

 外からの光が差し込み、明るく照らされた部屋は、ひと眠りするには最高の環境だろうなと思う。


 しかし、バタバタしてて突っ込み忘れてしまったが、何だかあの人にキス、されたような気がしたんだけど。

 魔女とか言ってたし、そういった儀式の一環なんだろうか?

 まぁ、いいや。機会があったら聞いてみよう。


 上からドタバタと足音が響き、何かが崩れ落ちたような鈍い音がした。

 それからすぐに、コンコン、とドアをノックされる。


「おるか~?」

「はーい」


 ドアが開くと、布の山を抱えたカイネがこちらによたよたと歩み寄ってきた。


「サイズ、合うといいんじゃが……っと」


 ベッドに布の山を下したカイネは、ふぅ、と息をつき、こちらに向き直る。

 金色の長くウェーブした髪、燃え滾る焔を思わせる澄んだ赤の瞳。長いまつげをぱちぱちと揺らしながら、黙り込んだ私を見つめるその女性は、先ほどの惨事を頭の隅に追いやって見れば、目を見張るほどの美人だ。

 背の丈は平均身長より少し高めの私より十センチから十五センチ低いくらいだろうか。言われなければ三千歳のおばあちゃんとは誰も思うまい。

 成人かどうかも怪しんだほど、若々しいその姿。肌のハリも、髪のツヤも、今年二十五を迎えた自分よりも年下に見える。


「どうした? 気に入らんか? もっと派手なほうが良かったか? まあそう言わず一回着てみてくれ」

「いえ、なんでもないです。お洋服、お借りしますね」

「もうその服を着るものもおらんからな、やるぞ」

「良いんですか?」

「うむ、その方が物も喜ぶじゃろ。着方が難しいのは避けてきたが、大丈夫そうか?」

「ええと……ワンピース系が多いんですかね? たぶん、大丈夫だと思います」

「そうか、適当に着替えて来ると良い、玄関で待ってるぞ」

「はい」


 部屋を出て行ったカイネは、何やら外でまたガチャガチャと何かを引っ掻き回しているようだ。

 ベッドに横たわる服の山から、生成り色の長袖ワンピースを手に取り、袖を通す。

 併せて着ろと言う事なのだろう、リボンで一緒に括り付けられていたオーバードレスを羽織り、ウエストの紐をしめる。

 ベッドの大部分を占領するばさばさと広がるスカートは、おそらくアンダースカートだろう、と少し短めのワンピースから出るように足を通した。


 鏡を探し、クローゼットの扉を開くと、丸い鏡が内側に取り付けられていた。

 服の良し悪しが解る自信はないが、ふわりと広がったスカートや締まって見える腰元を見るに、良いつくりのワンピースなのだろう。


 化粧の落ちてしまった顔にはいささか不釣り合いだな、と思いつつ、髪を手櫛で整える。

 まあこんなものか。クローゼットの扉を閉め、部屋を出ようとすると。


「開けてくれ~」

「はい?」


 ドアを開くと、今度は大きな木箱を抱えたカイネが中に入ってきた。

 部屋の床に箱を下すと、中を見ろ、と手招きされる。


「何ですか、これ」

「化粧品と筆と……化粧水の類じゃな。この間行商から買ったんじゃが、こんなに早く使うとはの。買ったのは気まぐれじゃったが、妾の気まぐれは当たるなぁ」

「ええと、私が使っていいんですか?」

「うむ。妾は大量に持っているからな。血でぬれていたから、寝かせる前に化粧落としてしまったし、すっぴんは心もとないじゃろ?」

「そうですね、ありがとうございます」

「まあ、それだけ魅力的な面をしていれば化粧なんぞ最低限で良いんじゃろうけどな! チッ、悔しい、悔しい」

「……は?」


 美人の言うあなたの方が可愛い、や綺麗、と言った言葉は、大体馬鹿にしたニュアンスを感じてしまうタチの私だが、目の前で舌打ちしながらそんな言葉を吐き出すこの人は、おそらく本気でその言葉を口にしている。

 男性から下心なく美人と言われる程ではなく、女性からは仲間としての確認として美人だよね、と言われる程度。すなわちザ・普通。

 その程度の容姿の自分が、道行く人の大半の視線を得るであろう、とびきりの美人に悔しがられている。

 謎の状況だ。


「いや……えぇ?」

「なんじゃ! どうせ妾は厚塗りじゃあ!」

「いや、どう考えてもあなたの方がよっぽどお綺麗ですけど……」

「……? 何言っとるんじゃ。まあまれうどのセンスはこの国とは違うんじゃろうし、ありがたく受け取っておくか」


 不思議そうに頭を首をひねり、あごに手を当てながらカイネは言葉を続ける。


「化粧を進めておくといい、髪をまとめてやるからの」

「あ、どうも」

「お団子でいいか?」

「大丈夫です」


 箱の中からブラシを取り出すと、ベッドに腰かけた私の後ろに回り込み、髪を弄りはじめる。

 箱の中から手持ちの鏡を探し出し、膝に乗せる。

 化粧品を漁り、中にあるものは粉類が多く、愛用のカバー力ばっちりなリキッドファンデーションに近しい物は無いようだ。

 顔に白すぎないおしろいをはたき、目元にブラウンのシャドーを入れる。ビューラーでまつげを上げ、頬に赤みを差す。

 パレット状の箱に収められた紅を筆に取り、リップに乗せる。

 見慣れた顔より心なしか明るく見える顔色は、思ったより悪くない仕上がりだ。

 後ろで鼻歌を歌いながら髪を弄っていたカイネが、出来たぞ、と肩をたたいた。


「えっ、すごい」

「ふふん、最近の流行りなんじゃ。妾のこの毛じゃうまく編めなくて、人にやる機会を探しておったのよ」


 鏡で横から見た髪の毛は、お団子を囲むように編み込みが巻かれ、パールのような白い石が飾られていた。


「はぁ、腹の減り具合が最高潮じゃ! 用意は終わったか? そろそろ行くぞ」

「街って結構遠いんですか?」

「遠い……まあ普通に歩いたら一時間程か? 山下りになるからな。転送石がまだ残っておるから、すぐじゃぞ」

「転送石」

「こんな物無くとも、妾とならすぐに移動できるんじゃけどな~、最近は法律が厳しい」

「そうなんですか」

「転移魔法は自分の敷地内でだけ、転送石は決められたポイントでしか使用できない、とか色々あ~細かい! じゃが、国に文句ばかり付けておるともっと面倒な事になるからのう、仕方ない」


 ほい、と手渡された石を持ち、急かす彼女を追って玄関に向かう。

 外に出ると、カイネは鍵を閉め、空中に何かのマークを指で描いた。


「何してるんですか?」

「結界……というか魔法使いの留守中マークみたいなもんじゃな。敷地に入ると自動的に敷地外まで送り返すんじゃ」

「へぇ、便利ですね」

「魔女の家は盗人の欲しがる物だらけじゃからなあ。そうだ、忘れておった、これを食べておいてくれ」


 キャンディーのような包みに入った丸いものを手渡される。包みを開くと、透明な中に虹色の光が反射する玉が入っていた。


「リーエン語の翻訳玉じゃ。ずっと昔になにかの報酬で貰ったんじゃが、そのまましまい込んでおった」

「え、大丈夫なんですかそんな昔のもの食べて」

「腐るものでもなし、いけるいける!」


 えぇ……と怪しむ視線を向けながら、その玉を口に含む。

 口を閉じた瞬間、ばしゃりと中でそれがはじけて、消えた。


「どうじゃ、効いたか?」

「わかんないです」

「妾の言葉、意味解るか?」

「わかります」

「なら効いておるな、いや、古い物だから効くか心配だったんじゃ」


 そんなもの食わすな。


「そんなもの食わすなって思ったか? はは、まあ許せ。転送石、持ってるな?」

「はい」

「よし。片手で握って、妾の手を握れ」


 差し出された手を握ると、いきなりカイネが叫びだす。


「ミゼリア! メルデン! アイデールド入口ッ!」


 身体がぐにゃり、と引っ張られて伸びるような、妙な感覚の後、バチ! とまばゆい光に視界を奪われる。

 瞬間的に腕で目を覆う。光が収まると同時に、あたりを包んでいた小鳥の囀りは消え、ざわざわとした人の声が流れ始める。


「これでこの転送石の残量もゼロか。高いんじゃよな、まったく。帰りに買っていくとするか……大丈夫か? 転送酔いしてないか?」

「ん……大丈夫です」

「ようこそ、酒と賭博の街、アイデールドへ」

「……そこの看板に空と光の街アイデールドって書いてありますけど」

「そんな物何の楽しみにもならん、競ドラ場がある方がよっぽど重要じゃ」


 あ、この人もしかしなくてもだめな大人だな、多分。

 今週のレースはもう勝ちの決まった貯金箱レースなんじゃ! 等と上機嫌な彼女は、嬉しそうに私の手を引いて歩き出した。

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