第22話 資格
「……これは……神官長をさらった……」
見覚えのある、神官長を誘拐した人物が倒れていた。魔霊教の司教だ。セイランが近づいていく。
「既に死んでいるようだが」
「……いや、待ってください!」
私の後ろから神官長の声。泡を食ったような焦りの声が響く。
その瞬間、司教の体から黒いもやが湧き上がった。そのもやは、次第に人のような姿に変形していく。骸骨がローブをまとい、大きな鎌を背中に抱える……悪霊。
その姿を見ているだけで足がすくみ、鳥肌が立った。
「アンデッドでも高位の——リッチという魔物です!」
「フン!」
神官長の声を無視して、セイランが素早く長刀を構えた。すぐさま、振り上げリッチに向けて振り下ろす。
しかし、長刀は空を切り、がん! という音と共に地面にぶつかった。
「何!?」
セイランが声を上げる。
「魔力を帯びた武器でないと。下がってください!」
神官長が前に出ていく。しかし、セイランは引こうとしていなかった。再びグレイヴを構え、今度は突き刺すように前に繰り出している。
しかし、その切っ先は空を切るだけだ。
ようやくくっきりと姿が見えるようになったリッチが、セイランに向けてゆっくりと片手を伸ばすのが見えた。
「セイラン! 下がれ!」
御影さんの刺さるような声が聞こえた。
するとすぐに、セイランが頷いて下がった。代わるように前に出た神官長が、聖霊教のシンボルを模ったペンダントを天にかざし、唱えた。
「不死者威伏!!」
ペンダントから光の束が放たれ、リッチに衝突する。するとリッチの姿が煙を散らすように、音もなくかき消えていく。
「ふむ……」
あっけなく黒いもやは霧散し完全に消えてしまった。リッチがいたところには、身につけていた法衣らしき布と荷物が落ちているのが見える。
私達は司教の亡骸に近づいた。
「これほど高位の不死者威伏を見たのは初めてです。亡骸ごと消し去ってしまうとは……完全に消滅したのですね?」
「はい、滅びました。たまたま、相手が弱かっただけでしょう」
「そうでしょうか……?」
セアラさんが神官長と話しながら、残された法衣を探っていた。
「何も……無さそうだ」
彼女はとても落胆していた。私は声をかける。
「何も?」
「ああ……魔霊教のシンボルすら無い」
ふう、と言って彼女は立ち上がった。
「魔霊教を調べているの?」
「ああ。奴らは……敵だ。またそのうち、詳しく話しておきたい」
「う……うん」
セアラさんは、私にそう言ったあと唇を噛みしめていた。辛そうだ。一体何が……あったんだろう?
「アンデッドがこんなところに湧くなんて……信じられない。まあいいわ、ここの後始末は、トリエント達に任せて、私達は先を急ぎましょう」
マガリの声が聞こえた。
私達は「とにかく進もう」ということになり、マガリの指す方向へ歩き始めた。
大きな扉を越え、再び階段を下る。一つの下の階へは、幸いすぐ着いた。
あまり大きく無い部屋に一つだけ扉がある。それには……どこかで見たような魔方陣が描かれていた。私の右胸の上にある痣の形に似ているような……。
「ふう……ここからはレェナと御影さんと私しか行けないから。他の人はここで待ってて」
「なんだと?」
セイランがマガリに突っかかる。
「気持ちは分かるけど……。あなたには資格がないの」
「……フン」
私と御影さんは、マガリに指示されて扉に触れる。すると、前聞いたような声が頭に響いた。
「資格を確認。通過を許可します。そのまま進んでください」
これには慣れてきたけど、今だに少しぎょっとする。
すると、スッと扉が消えた。私と御影さんとマガリの三人で扉があったところを超えるとその先は、真っ黒な壁に囲われた小さな部屋だった。十人程度しか入れなさそうな、狭い空間。
「最下層……管理制御室まで降下します。しばらくお待ちください」
部屋の中は暗く、寒く感じた。
「あっ?」
すぐに、扉の外側に見えていたセイラン達が上に移動していく。いや、この部屋が下に向かっているのだろう。
壁にはやがて、真っ黒な壁に無数の光の点が現れていた。それぞれ違うスピードで上に登っていく。その様子は、まるで夜空の星が流れていくようで、とても綺麗だった。
足元にも光の点が見えていて、まるで宙に浮いているような気分になってくる。私は、右手を伸ばし、御影さんの服の裾をつまんだ。
「エレベーターか。今さら驚かないけど、こんなものまであるんだな」
「えれべーたー?」
「うん。部屋が上下に移動して人を運ぶ仕掛けだよ」
彼のいた世界は……いったいどんなところなのだろう? 彼の過去を知りたくなってくる。どんな人と過ごしたのか……。
「……大丈夫?」
御影さんが、黙ってしまった私に声を掛けてくれた。
彼の声は温かく、気持ちを落ち着かせてくれる。私は、御影さんを必要としている……。それが好きという感情かどうかは分からないけど、彼がいない時は心細かったし、不安になって会いたいと思った。
これからも、一緒にいたいと思う。これが、みんなが言っている好きという気持ちなの?
「御影さん……」
「うん?」
彼に見つめられ、かっと顔が熱くなるのを感じた。意識し始めると思いが止まらなくなる。不意に口が動きそうになる。「好きです」と……。
「…………ううん、なんでもない」
すんでのところで留まった。そんな感情と違うのかもしれないし、そもそも……今言うべきことじゃない。マガリもいるし。
この気持ちの正体が分かるまで、何も伝えてはいけない。曖昧なものをぶつけられても御影さんは困るだろう。
伝えていい資格など私にはない。ずっと頼りすぎだし甘えすぎだし……迷惑もいいところだ……。
そんな後ろめたい考えを抱き、私はうつむいた。
「そっか」
彼の声は、とても優しく甘い声だった。まるで「分かっている」と言っているような、私を包むような……。そんなはずはないと思いつつも、彼はいつも私の気持ちを先読みしているように感じる。
「…………うん」
囁くような声で私が頷くと、彼が頭を撫でてくれた。親が子を宥めるように。
相変わらずの子供扱いにむっとしつつも、髪の毛を通じてかすかに感じる手の温もりと、柔らかさにほっとする。触れられたところが心地いい。
顔を見上げると、御影さんは手を止め腕を組んで目を瞑った。私も気持ちを落ち着かせるためまぶたを閉じる。そのまましばらく、向かい合ったまま無言で過ごした。
いつもおしゃべりなマガリも、一言も発しなかった。しんとしたまま時が過ぎていく。
「間もなく到着します。——最下層、管理制御室です」
頭に響く声に目を開けると、壁に映る光の点の動きが少しづつゆっくりになっていき、動きを止めた。
いよいよ私達はこの塔の管理者と会うことになる。いったい、どんな人なのだろう? あれ? そもそも人なのかな……?




