第26話 塔の光
狼に騎乗して騎士と思われる二人を追いかける。だけど、ここに向かったときより足が遅い。次第に、二人の姿が遠くなっていた。
王都の方を見ると、壁の上に白い塔が一つ見えた。天高くそびえる、白い柱。その上に、巨大な魔法陣がいくつか、空中に浮かび始めている。
魔法陣の模様は、さすがに遠くてよく見えない。カーラ村の防衛機構を思い出す。白い塔の上に輝く光の塊が発生していて、その塊が次第に大きくなっている。
「あれは……」
空中に描かれていた魔方陣が全て消え、光の塊が動き出す。同じタイミングで、御影さんが足を止め、その行き先を見るように方向転換をした。
私も光の塊を目で追っていた。それは、とても早いスピードで移動して、あっという間にオーガの集団がいた辺りに落ちた。建物が邪魔で見えないけど、恐らく。
キィィィイイ。
遅れて、耳をつんざくかん高い音が聞こえてきた。
建物の隙間から、光の塊が落ちた辺りの様子が見えた。かなり遠くに地面を這うように煙が広がっている。そして上の方にも煙が登り始めている。暑い時期の雲のように、煙は不気味な形に成長しながら、空に向かって伸びていく。
「御影さん、王都に向かおう!」
そう言ったのだけど、狼から煙が出てきて——彼が化身を解いてしまった。すぐに人の姿になって、喋り始める。
「あれは……まずい。きのこ雲なんて、あんな物もこの世界にもあるのか……」
「御影さん、何? きの……?」
御影さんは私の声に答えず、きょろきょろと辺りを見渡した。小さな神殿のような建物を見つけると、じっとそれを見つめているようだ。額が少し、汗に濡れていて、顔色も悪くなっている。
「レェナ、あの建物の中に」
「ね、どうしたの? 大丈夫?」
もう一度聞いてみたけど、御影さんは返事をしてくれない。そればかりか、私の手を強く握り、有無を言わさずに走り出した。
「御影さん、痛い!」
手を強く握られた。私のことを気にして欲しくて、抗議するつもりで言った。でも、やっぱり私の声は届かない。相当焦っているみたいだ。きっと理由がある。私は手を引かれたまま走る事にした。
「よかった、入れそうだ」
神殿の前で立ち止まった。カーラ村の神殿と少し似ている。規模は随分小さいみたいだし信仰の対象を示す記号も少し違う。
建物に入った瞬間、外からドーンという、まるで雷でも落ちたような音が聞こえてきた。神殿の中、席が並ぶ広い空間から、隣の小さな部屋に入ると、御影さんが言った。
「窓から離れている、ここがいいかな。レェナ、ここに座ろう」
「…………うん」
私を半ば無理矢理座らせると、後ろから包み込むように後ろから抱き締められた。伝わってくる振動で、彼が少し震えているのが分かった。
「ほんとに、どうしたの?」
笑顔を取り繕い、振り向いて話しかける。その瞬間、
ゴォォォォオ……。
外から、地を這うような低い轟音が聞こえてきた。窓から入ってきていた太陽の光が弱まっていき、薄暗くなる。バタバタと窓ガラスが揺れていた。窓の外を見ると砂埃が舞っている。太陽の光を遮るほどに。
キィィィイイイイイイン!
また、さっきの音が聞こえた。随分音が大きい。しばらくじっとしていると、ドーンという音、そしてゴォォォォという風の音が順に聞こえた。それぞれ、間隔が短くなっている。
外の様子はもう灰色の埃なのか、煙なのか分からないものに覆われ、何も見えない。
追い打ちをかけるように地面が揺れ始めた。部屋の中の棚やタンスが倒れていき、騒がしい音がする。ドンと大きなものが落ちたり、ガシャーンとガラスが割れる音が続く。
「レェナさん、怖い?」
「怖い。でも、大丈夫」
御影さんが、やっと私のことを気にしてくれた。今は、彼の震えが収まっている。背中から伝わる御影さんの体温が、私の気持ちを落ち着かせてくれる。
「肩の怪我は大丈夫?」
「ちょっと痛い」
そういえば、肩が痛むことを今さら思い出した。腫れてきているのか熱を感じる。触れて癒やそうとも思ったけど、あの力はもう使い切っていた。
「買っておいて良かった」
御影さんは携行している鞄から、ポーションを取り出すと私に飲ませてくれた。もらったポーションを飲んで傷が癒えていくのが分かる。
「ありがとう」
「こんな状況だけど、生きていられたら、王都に向かおう」
「え? 生きていられたら?」
「あの遠くに見えたものは、きのこ雲と言って、とても大きなエネルギーが発生して爆発したときに現れる。俺がいた世界では、あれ一つで多くの……とても多くの命が奪われた。実物を見たのは初めてだけど……この辺りで外にいたら危なかった」
「御影さんは怖くないの?」
「さっきは怖かったけど、今は平気かな。多分、レェナさんと一緒だから」
どういう意味なんだろう?
「あの時、ユーユ達と逃げても良かったはずなのに、どうして私のワガママにつきあってくれたの? 誓約のせい?」
「それもあるけど、多分、レェナさんと同じ気持ちだったからかな。俺が住んでいた国は災害が多くてね、俺が住んでいたところが、被害を受けたとき、手を差し伸べてくれた人たちがいたんだ」
「サイガイ?」
「うん。地震に台風に水害に……俺が住んでいた国はしょっちゅう、そういう災害に襲われていた。そのことを、思い出した。災害とは違うと思うけど、助けられそうな命があれば、助けたいと思う」
ジシンとかタイフウというのは何だろう? 水害は分かるけど、それらも災害の一つなのかな。
「それに、君の様子が変だった。何か急に使命感に燃えるような、そんな違和感があった。どうしたの?」
「え? 多分必死だっただけだよ」
「そんなに必死になったのは……。 俺の思い過ごしかな?」
「うん、きっとそう」
「だといいけど……」
巻き込む形になって、今だって危険な状態になってしまっているのは、良くない事だと思う。このままじゃ、いつか……。私は、悪い予感を首を振って打ち消した。
一旦風が止まった後、再び風が吹き始めた。ごぉごぉと音がする。
「少し休もう。今は、身動きなんかできやしないし、君の事は俺が守る」
御影さんの言葉に従って、私は、ぎゅっと胸に回された腕を抱き締め、目を閉じた。この状況が落ち着くまで……じっとして……。




