第25話 城壁外の街の危機
私は狼状態の御影さんの背に乗って、城壁外の街を目指して走っていた。
街から逃げ出して王都に向かっている人々が見える。気付いている人がいるんだ。
さっきの場所は丘の上だったので遠くまで見通せた。だけど平原にある街では、気付くのに遅れた人や、そもそも気付いてない人もいるかもしれない。
「あそこ、街の西側に向かって!」
「オウッ」
私は手綱代わりにしている、狼の首の付け根の毛を強く握った。
それにしても御影さんの足が速い。私を乗せているのに、馬より早い気がする。
御影さんが喋られないので、それだけ不便に感じる。でも、それもあまり問題ないのかも。
何故か、彼の意図が伝わってくるような気がしていたから。
やがて街の西端の近くまでついた。
オーガの集団を見ると、地平線より少し手前にやっと姿が見え始めたくらい。黒い塊が草原を踏み荒らして近づいてくるのが分かる。
あと後半時くらいは、時間がありそう。
私は、周囲の建物に、人がいないかを確認していた。
すると、庭で洗濯物を取り込んでいる女性がいた。
「あの、ここから速く逃げてください!」
少し遠くから話しかけてみた。
「何?」
「魔物の集団がこっちに向かっています! 早く王都に避難した方が——」
「何言ってるんだい? そんなことあるわけないじゃない。それに貴方……その獣は何?」
確かに……そんなこと突然言われても、信じるのは難しいかもしれない。それに狼に乗る人なんて怪しく見えるのだろう。
「あの、二階とか少し高いところから、西の方角を見てください! 何か近づいているものが見えるはずです!」
そう必死に、ちょっと強めに伝える。でも、彼女は何も答えず、洗濯物を取り込むのを止めなかった。
「あんた誰?」
「……私は、カーラ村から来たレェナと言います」
突然、建物の方から、女性の旦那さんと思われる男性が現れて、話しかけてきた。
「カーラ村……どこだ? そこのお嬢ちゃんが、こんなところで、しかも狼に乗って何してる?」
「魔物の集団が向かっているので、避難して貰おうと思って」
「へっ。今までそんな事なかったんだ。そんなこと言って、何か盗もうとでもしてるんじゃないか?」
「そんな……」
どうしよう。このままじゃ、逃げるのに間に合わなくなる。その上、あとどれくらい、この辺りに人が残っているのか分からない。
そして、このままでは私も危なくなる。
「グォォォ」
突然、何者かの声がして、その方向を見る。そこには、まだ遠くにいるはずのオーガが二匹いて、土地の仕切りになっている木の板を破壊しはじめていた。動きが今まで見てきたオーガより速い。
よく見ると、二匹とも——黒目だった。
「きゃあああああ!!」
洗濯物を取り込んでいた女性が叫び、腰をついた。するとオーガ達は一斉に彼女の方を見た。
男性が、彼女の方に走り、立ち上がらせようとしている。
「な、なんでこんなやつが」
「早く!」
私は狼狽える男性に声をかけ、王都の方向を指差した。
「急いで、王都を目指してください!」
「わ、分かった……お嬢ちゃんは?」
「私は時間を稼ぎます」
「いや、無理だろ!」
「早く行ってください! できれば、周りの人に声をかけて!」
そう彼らをけしかけ、急がせた。
正直、二匹はキツいかもしれない。一匹ならともかく、もう一匹は彼らを追ってしまうのかも。
ふとある事を思い出して、私は、ユノーナから貰ったペンダントをはずし、腰のポケットにしまった。
「オオオオオ!」
オーガ二匹が私の方を向いた。やっぱり、黒目なら私を狙ってくる。
もうすぐオーガが木の壁を破壊し終わる。私は御影さんから下りて、剣を構えた。
先ほどの男女二人が逃げていくのを確認して、立ち塞がるようにオーガとの間に割り込んだ時、バキバキと嫌な音を立てて、木の板が破壊された。
すぐに庭にオーガが二匹侵入してきて、私を襲ってくる
オーガがブン、ブンと棍棒を振り回している。
私は、今度は受ける事をせずに、ひたすら避けた。棍棒が空気を切り裂く時の風を頬で感じた。
オーガ二匹は、御影さんを完全に無視しているみたいで、私だけを攻撃してくる。
剣で受け止めてしまうと、動きが止まってしまい、もう一匹から攻撃を受けてしまう。そのため、ひたすらかわすしかない。
御影さんは噛みついて攻撃しているようだけど、倒すのには時間がかかりそう。
攻撃は諦めていた。無理して倒す必要はない。さっきの二人が逃げられればいい。
少なくともこのオーガを見られる距離の人は、既に逃げ出しているに違いない。
私はひたすら、避けるのに専念した。
しかし——。
ガッ。
ついに避けきれず、オーガの棍棒が私の右肩に直撃した。熱いような、激しい痛みを感じる。
吹き飛ばされなかったけど、その衝撃によろめいた。地面が揺れて、足が重くなるような気がした。
多分、もう二、三回、攻撃を受けたら、私は倒れると思う。結構時間を稼げたと思うので、そろそろ逃げた方がいいのかもしれない。
「御影さん!」
私が叫ぶと、彼はすぐ私の隣にやってきた。考えている事は同じだと思う。
乗ろうとするけど、この瞬間だけ私は無防備になった。それを見逃さず、オーガの棍棒が私に振り下ろされるのを感じた。
「!!」
思わず目をつぶる。
しかし、予想していた衝撃は来なかった。
ガキィッ。
目を開けるとオーガの棍棒は、割り込んできた白い馬に乗った人の長剣によって受け止められていた。
すぐにその人は棍棒を押し返し、斬りかかる。
ザクッ。
剣は易々と命中して、オーガを傷つけていた。
もう一人、やってきていて、別の一匹を相手にしているのが見える。
「すごい」
私は突然現れた二人の剣術に見とれていた。長剣を軽々と振り回している。
よく見ると、私への攻撃を受け止めた人は、兜をかぶっていないし、少し豪華な鎧を装備している。全部が金属ではなさそうで、少し軽装だ。もう一人はフルプレートアーマーを装備し、兜をかぶっている。
ふと我に戻り、思い出したことがあった。そうだ、すっかり忘れていたけど——
「早く倒そう!」
声を上げた途端、私たち全員の体が淡く光った。
「なっ。なんだ?」
二人とも驚いていたみたいだけど、すぐ今の状況を把握した様子で、動きを止める事なく攻撃を続けている。
元々不要だったのかもしれないけど、攻撃に集中できるようになったのか、圧倒的な勢いでオーガ達を倒してしまった。
「大丈夫か? ……ほう」
兜をかぶっていない方が振り返り、私の方を見た。
髪留めを使って、長そうな髪を一つにまとめている。カッコいいというか綺麗というか。男女どちらでも通用するような顔だと思う。
その人は、私の顔をじっと見つめてきた。
「あの? 私の顔が何か?」
「いや、すまない。美しくて見とれてしまった」
「はぇっ?」
急に言われて、変な声が出た。びっくりして顔が赤くなるのを感じる。いやいや、こんな時に、この人は何を言ってるの。
すると、兜をかぶっている方の人が、かなり大げさな咳払いをしたのが聞こえた。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
「……助けて頂いて、ありがとうございます」
「負傷しているようだが」
「あ、これは……平気です。それより、住人を避難させないと」
「……。ふむ、心配ない。先ほど逃げてきた男女に聞いたが、君が避難させようとしてくれていたみたいだね。私の護衛が周囲に伝えて回っている」
「そうでしたか。ありがとうございます。なかなか信じて貰えなくて」
「うむ。狼に乗っている素性の知れない女の、しかも、にわかには信じられぬような話だ。無理もない」
ルセの街で見た衛兵さん達とは雰囲気が違う。王都の騎士なのかな。
「だが、先だって君が動いてくれたから我々も正しい行動ができた。感謝する」
「いえ、私は必死だっただけで」
「謙遜する事はない。一旦避難して、後に褒美を、いやその前に私の名は——」
言いかけたけど、急に何かに気付いたようで、言葉を止めて王都の方向を見た。すると、とても困ったなという表情になって、その人が、つぶやくのが聞こえた。
「あんのバカ……起動させるつもり?」
「バカ?」
「……いや、すまない。君の事ではない。ここをすぐ離れよう、ついて来るがいい」
「はい!」
その人は、馬を蹴り、移動を始めた。もう一人も後に続く。
私は痛む肩を手で押さえつつも、二人を追いかける事にした。




