第2話 全裸の異世界人
「とりあえず……服があると……」
よかった、無茶なお願いじゃなくてと思いつつも、ちょっと笑ってしまった。
私は、できるだけ彼の方を見ないようにしながら、父が着ていた服を渡す。彼は「ありがとう……ありがとう」と、涙目で感謝をしてくれた。
「なるほど、お父さんの手紙に書いてあった通りにしたら、こうなったと」
服を着た男性には、椅子に座ってもらった。私は父のベッドに腰掛ける。
手は常に剣にかけておき、いつでも斬りかかれるようにしておく。申し訳ない気持ちもあるけど、警戒はしておきたい。
とはいえ、剣術の先生に習うだけで、虫すら斬ったことも無いのだけど。
男性は、御影一俊、三十五歳だと言った。やっぱり父と近い。彼のいた世界は、魔法は無いけど、科学技術が発達しているらしい。日本という国にいたそうだ。
背丈は父とほぼ同じで、体格は普通な感じ。黒い髪と、茶色の瞳。顔は整っていてシュッとしている。
急にこんな世界に来たのなら、行くあてもないと思う。どうしよう。考えていると、御影さんが質問をしてきた。
「そのお父さんの手紙には、他に何か書いてなかったんですか?」
「あっ」
そういえば途中までしか読んでなかった。手紙を机に広げ、続きを読んでみる。すると御影さんが、興味深そうに手紙を覗いてきた。
「読めない……」
どうも言葉が違うらしい。
「あれ? 文字は読めないのに、どうして私の言葉が分かるんですか?」
「実は召還されたとき、頭の中に情報が飛び込んできたんだ。言葉などこの世界のこと、そして二つの命令、誓約のこと」
「誓約?」
「どうもこれには逆らえないようです」
彼は、眉毛を下げ、困った顔をして言った。
「どういう命令なんですか?」
「召喚主である君を守る。もう一つは、召喚主の父親を探す」
「凧オヤジを探すって……知らない人になんて迷惑を…………」
この呪文は発動したら解除はほぼ不可能だったと思う。酷い話だ。私のせいで……。視線が下に落ちていく。
「何ですか? 凧オヤジって?」
彼が明るい声で聞いてきた。彼の声につられて、私は顔を上げる。
「手を離した凧のように、旅に出たきり帰ってこないから、そう呼んでるんですよ」
「ああ、なるほどフラフラとね。面白いね」
彼の顔が緩んだ。あれ? 私も……いつの間にか笑顔を向けていた。場を明るくしようと作ることもあったけど、今は自然に……。
「笑顔、可愛いね」
「えっ。いえ……あ、ありがとう」
面と向かって言われると悪い気はしないけど、すごく恥ずかしくなってくる。
「それに……いや、手紙の続きを読んでみよう」
手紙には、自分を探して欲しいという趣旨が記載されていた。
誓約の魔法。かけた人に対して行動の制限を行うことが出来る、かなり高位の魔法だ。異世界からの召喚術も同じくらい高位だ。父の仕業だろうけど……ここまでの魔法が使えたのだろうか?
「父を探しに出かけること、考えます」
何かあったみたいだ。心配になってくる。
「本当? 俺は探すしかないから……君が一緒なら助かる」
「うん、こうなったのは父の責任だし、私にも責任があるような気がする」
申し訳ない気持ちでいっぱいだ……。
気がつくと、御影さんは私の顔をじっと見つめていた。随分真剣な顔で、まっすぐ。よく分からないけど、懐かしいものを見るような表情?
ずっと見つめられてまた恥ずかしくなってきたので、声をかける。
「あの……どうかしましたか?」
「よく似ている……じゃなくて……」
彼はそう言って目をそらした。
そして、まるで見つめていたのを誤魔化すように、隠し部屋の方に歩いて行った。
「アレは何ですか?」
彼は、隠し部屋の天井、四隅の光っているところの一つを指している。私も御影さんの近くに歩いて行って、答えた。
「それは、灯火の魔法です」
「おおおおおお! 凄い! 魔法! 奇跡ですね」
なんだかすごく興奮している。彼の世界では、魔法がなく何も無いところから光が発せられること自体が驚きらしい。
灯火の魔法。生活魔法の一つで、魔術の心得があれば、覚えて使える初級の魔法だ。
通常は一定時間経つと消滅する。しかし、これはずっと起動しているのだろうし永続性を持つライトなのだろう。そうなると、少しだけ上位の魔法であり、使える人はぐっと少なくなる。
「奇跡……ううん、それほど珍しくないですよ。ここには四つもあります」
「すごい、この世界は奇跡で満ちてるなぁ」
無邪気に喜ぶ姿をかわいいと思った。私も笑顔になっていた。いつもしているように、それを彼に向ける。
「ふふ、そうですね」
すると、また彼は私の顔を見つめてきた。
「あの?」
そう問いかけると、彼は視線を外して、何事もなかったように話の続きをする。
「な、なるほど、これが魔法なんだ。魔法知識も頭に流れ込んできていました」
「じゃあ魔法が使えるの?」
「よく分かりません……しかし……目が…………目がぁ……」
「光を見つめすぎです!」
その大げさな様子がおかしくて、また私は笑ってしまう。
御影さんは、しばらく目を押さえていたけど、すぐ回復したみたい。
彼は隠し部屋から、私のいる父の部屋に戻ってきて、椅子に座った。
話していて不思議な感覚。父とはまた違う感じだと思う。さっきまであった警戒心が薄れ、気が緩むのを感じた。
……いやいや、油断してはいけない。まだ信用できると決まったわけではない。だいたい誓約にしたって、本当かどうかも分からない。
それに今晩どうしてもらうか決めないといけない。伯母さんの所に行って相談しよう、そう思った時、
ガタガタ…………ガッシャーン!!
隣の部屋でガラスが割れるような音が聞こえた。嫌な予感がする。私の表情につられて、御影さんも不安そうな顔を見せる。
剣を持ち、ドアを少しだけ開いて隣の部屋を見た。窓ガラスが割られている。
視線を下に落とすと、犬のような獣がいた。
「あっ」
驚いて、つい声が出た。しまった、気付かれた!
慌ててドアを閉める。しかし、足を差し込まれ力押ししてくる。そして……複数いた獣に、ドアに体当たりをされ、部屋に侵入されてしまった。
嘘でしょ!? 突然の侵入者に、背筋が凍るような恐怖を感じる。言葉が通じず、戦っても勝てるかどうか分からない。負ければ、喉を噛み切られて殺されるかもしれない。それに、誰かに助けを呼べる状況ではない。
剣を持つ手が、カタカタと震えていた。




