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第13話 今できること

 床も壁も木の板が張られていて、浴槽も木製。カーラ村とあまり変わらないかな。もっともカーラ村には、男女別になっていて、複数の浴槽が並んでいる。こんな個室はないんだよね。


「おふろ!」


 さっき御影さんから、教えてもらった言葉なんだと思う。

 ユノーナは楽しそうに、そう言いながら浴槽に溜めてあるお湯で体を流している。

 華奢な体だなぁ。私の同じくらいの身長の時って、もっとぽっちゃりしてたような。彼女は、食べる量も多くなかった。伝説に聞くエルフはみんな細いイメージだけど、本当なんだろうか。



 私は自分の体を軽く洗うと、湯船に浸かることにした。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、気持ちいい」


 私は、お風呂の湯船に浸かるとき、どうしても声に出ちゃうんだよね。リーサによく、おじさんっぽいって言われたっけ。

 足と手を伸ばすけど、足はそれほど浴槽が大きくなくてまっすぐ伸ばせなかった。

 その様子を見て、ユノーナはきょとんとしていた。ひょっとしたら、エルフには湯に浸かるという習慣がないのかもしれない。


 私はユノーナの手を引いて浴槽に入れてあげた。狭いお風呂に向かい合って座る。彼女は、最初こそ不思議そうな顔をしていたけど、やがて気持ちよさそうに、うっとりとした顔になった。


「あああぁぁぁ」


 ユノーナが私を真似して声を上げた。かわいくて、楽しくて笑ってしまった。温かいお風呂に入るって、気持ちいいよね。言葉はまだ通じないけど、気持ちが少し通じ合えたような気がした。


「…………これ」


 ユノーナが私の右胸の上の痣を指さした。そして急にユノーナの目がうつろになったかと思ったら、指先を私に触れた。その指先から体に、ビリッと何かが伝わる感覚があって、体がビクッと震える。


「んっ」


 思わず、声が出てしまったけど不快なわけでもないし、何か変化があったわけでもなかった。

 ユノーナは、また元の目に戻っていて、お湯の温かさを楽しんでいるようだ。

 今のは何だったのだろう?


 気にしてもしょうがないと思い、二人でお風呂を楽しんだ。

 そして、そろそろいいだろうという頃に、体を拭いて、服を着た。人に気を遣うことなく入れるのっていいなって思った。


 そして扉の内鍵を開け、外に出た瞬間。


眠りの魔法(スリープ)!」


 突然の魔法詠唱。街の中での攻撃魔法の使用は、禁じられていたはずだけど。

 不意打ちだ。ただ、前にセイランに襲われたときとは違い、抵抗ができた。食堂やお風呂に入る前に感じた視線はこれかなのかも……。気を張っててよかった。

 周囲を見ると、建物の外には受付の人などいなかった。大通りから離れてるだけあって人通りも少ない。


「こっちだ!」


 数人の人影に囲まれていと思ったが、私の横をすり抜けていく。

 狙いはユノーナ?


「ちょっと、何しているの!?」


 私はその者たちに問いかけるが、彼らは振り向こうとしない。そのうち一人が、眠ってしまったユノーナを肩に担いでいた。

 全員かぶり物をしていて顔が分からない。人数は4人。黒いマントに、内側は、普通の街の人が着るような服を着ている。


「御影さん!!」


 私は叫びながら、剣を抜いた。

 しかし剣を構えたところで、ユノーナを担いだ人に斬りかかれるわけもなく。

 担いだ人を先頭に、残りの人は、私を牽制して並んでいる。彼らとの距離を詰めるが、一定の距離を保たれながら、後退されてしまう。


 やがてユノーナを担いだ人が路地を曲がり視界から消えた。すると一斉に、その人達は振り向いて逃げ始めていく。もちろん私も追いかけるが、剣を持っているし、どうも彼らは全員男性なのだろうか、相当な速さで、距離を広げられていた。

 幾つか路地を曲がると、マントが脱ぎ捨ててある。そんなものを気にせずに走ると、ついに大通りに出てしまった。


 辺りを見渡すが、もう彼らを見つけることができない。完全に見失ってしまった。御影さんは何をしているんだ!

 私は、ユノーナがさらわれたお風呂の施設に戻ると、今さらながら、御影さんがきょろきょろしているのを見つけた。走って駆けつけると、つい彼を責める言葉が口をついて出た。


「なんで早く出て来てくれなかったの!? ユノーナがさらわれてしまったのに!!」

「なに? 誰が? どこに?」

「分からない、黒いマントを羽織っていたし、顔を全部覆うマスクをしていて分からないよ! 名前呼んだのに!」


 私は、自分の怒りを抑えられず、御影さんの胸に手の平を強めにぶつけた。いつの間にか、涙が出ていた。それを隠すように私は下を向く。


「あの声か……ごめん、風呂に浸かっていてすぐに出れなかった」

「そんなのすぐに出てくれば良かったのに。御影さんのせいで……!」

「…………」


 そこまで言ったとき、はっとした。御影さんのせい、なんかじゃない。私のせいだ。あの状況で御影さんが出てきても、ユノーナを助けられたかどうか。

 むしろ状況が悪くなっていたかもしれない。私一人だからと、彼らが手を抜いてくれたのだとしたら。

 ここは私の知らない街だ。カーラ村と違って、悪いことを考える人もいるだろう。なぜ、視線を感じたときに、誰かに相談しなかったの?

 

 こんなことなら、一つの部屋に入ることも考えておけば良かった。いや、そもそも出かけなければ良かったんだ……私がお風呂に入りたいなどと言わなければ。


「ううん、ごめんなさい、私のせいだ。御影さんを責められるわけがない……」


 彼はうつむいた私の肩に手を置いた。怒られても、責められても仕方ない。

 このまま叱ってくれた方が、いい。そう思ったけど、御影さんは優しい口調で、諭すように言った。


「顔を上げて。泣いたり悪かったことを反省するのは後だ。まず、今できることをしよう」

「!」


 そうだ。彼の言うとおりだ。私は涙を拭うと、さっきの状況を彼に説明した。

 魔法を使われ、一人が担ぎ、他の人に時間稼ぎをされたこと、脱いだローブが路地に落ちていたこと。

 大通りで、人混みに紛れてしまい、もう見つけられなかったこと。

 御影さんは、私の話を聞いて、顔を見て、なぜか少し驚いたみたい。そして少し微笑むと、真剣な顔になった。


「そのローブに何か、手がかりがあるのかもしれない」


 私たちは、ローブが落ちていた場所に早速行ってみた。まだ残っていたので、早速調べてみる。すると、ローブの内側のポケットから、見覚えのマークが描かれた、布の切れ端を見つけた。


「この模様、ハーデアリー商会のものに見える」

「一着だけローブを持って、あの露天商のところに行ってみよう」

「うん!」


 私たちは急ぎ足で市場に向かって歩き出した。




「……どういうこと?」


 露天商がいた場所には、あの時の商人さんはいなかった。というか、誰もいない。店じまいをしたのなら分かるけど、商品そのまま広げられている。

 店番がいないことをいいことに、置いてあるアクセサリを、そのまま持っていく人がいる。明らかに様子がおかしい。

 事情を聞こうにも、商人さんはいないし。手がかりが途絶えてしまった。


「これは、何かあったのかな……」

「お、お二人さん、奇遇だね」


 奥のテントから、モランディさんが出てきて、私たちに話しかけてきた。なぜここにいるのだろう?


「ユノーナちゃんは宿かな?」

「いや、実はさっき、何者かフードをかぶった者たちにさらわれてしまった」

「なんだって?」


 御影さんは、ユノーナをさらった者たちが、ハーデアリー商会と関わりがある可能性について伝えた。


「そう繋がるのか」


 モランディさんが納得いくようにつぶやいた。

 彼は、ここの商人というか商会に不信感があって、私たちと別れた後、独自に調べていたみたいだ。エルフの像のことも。


「とはいえ、たいしたことは分からんかった。分かったのは、ここで物を売っていた商人が加入していたハーデアリー商会は、奴隷を扱っているということだ。噂レベルではあるけど」


 あのとき、御影さんが商人さんに言ったとおりなんだろうか?


「つまり、嘘を付いていたと?」

「それは分からんね。暗黙の了解かもしれんが、一部のそれに関わる者しか知らない可能性もある」

「ふむ」

「この様子だと、どうもあの商人は知らなかったのかもしれないな。それと知らずにヤバい()()に手を出してしまった、と。あのエルフの彫像とかね」


 なんとなく、見えてきた気がするけど今は何より、ユノーナを見つけるのが先のような気がする。


「ユノーナは、じゃあ……?」

「この国は随分前に奴隷制が廃止されている。だからこの国の外、奴隷制が存在するところに、すぐに連れて行かれるだろう。エルフなんて珍しいものは相当高価で取引されるだろうし」

「そんな」

「ただ、もう夜だし、馬車が出入りできる大門は閉まっている。昨日の俺たちのように、例外的に開けてもらうことも出来るが、当然厳しくチェックされる。奴らは、あのエルフを衛兵に見せたりは、しないだろう。朝までに居場所を見つけることができれば、助けられるかも知れない。危険を伴うだろうが——」


 私はどうにかして、ユノーナを見つけたい。


「私は助けてあげたい。奴隷になるなんて、嫌だ」

「俺も同感だ。レェナさんと何らかの関係が必ずあると思うし、記憶を取り戻してあげたい。モランディさんはどうする?」

「あら、無茶するし甘いねぇ。どんな組織か分からないのに、俺はそこまでする義理はないかな。…………おっと、知らんふりするとレェナちゃんに殺されそうだ。しょうがない、行くか」


 そうモランディさんが私の顔を見ていった。すると、御影さんも、私の顔を見たんだけど、すぐに目をそらす。

 さも、自分は関係ないような言い方をしてるけど、モランディさんは最初から行く気だったように感じた。


「レェナちゃんって、怒ると怖いな」

「ノーコメントで」


 そこは御影さん、否定してよ、と思った。なんか私すごい顔をしていたのかもしれない。


「でも、どこにいるんだろう」

「そこは、白い狼サンが匂いを追ってくれるさ」

「あっ」


 私と御影さんが同時に声を上げた。この前も私の匂いを追って来たと言うことだし、確かに狼になれば追えるかも知れない。


「ユノーナちゃんの持ち物は、もう無いから、これでヨロシク!」


 モランディさんは、ユノーナをさらった人たちが着ていたローブを指差した。

 それを見て、御影さんは露骨にイヤな顔をする。

 私は、くんくんと軽く匂ってみたけど、何か独特の香りがする。人の匂いではなく、何か薬のような、苦そうな匂い。


 私たちは、人目につかないところに移動すると、すぐに御影さんが白い狼に化身した。そして、ちょっと嫌そうにローブの匂いを嗅ぐと、こっちだ、という感じで首を振り歩き出す。

 もうかなり夜は更け、人通りは少なくなってきている。

 街の中でも平気で攻撃魔法を使ってくる人たちだ。下手をすれば私たちも危険な目に遭うかもしれない。それでも、私の中では、今できることを精一杯やるという気持ちが、そして怒りが、恐怖心を上回っていた。

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