第3話 黒目と魔知らず
ベッドに寝そべる私の横に、大人の女の人がいる。黒い長い髪、大きな瞳。すっと通った鼻筋に緩やかに上がった口角。お母さんだ。
お母さんは、おとぎ話を始める。
「異世界から来たその男は、イチと名乗っていました。イチは、白い馬に騎乗し、世界の争いを止めるため、あらゆる戦場を走り回ったのです。やがてイチはこの世界の指導者となり、平和を取り戻しました」
「その後は?」
「あとは、お嫁さん達と一緒にこの土地に来て、カーラ村と結婚の掟を作り、予言を残しました」
「予言?」
「再び、世が荒れる時、この村から英雄が生まれる、と」
「ふーん。イチのお嫁さんってどんな人だったの?」
そう私が尋ねるとお母さんは戸惑った顔をした。
「お嫁さんがたくさんいて、中にはエルフのお嫁さんもいたって話」
「へえ、モテモテだったんだね! 私もそういう人のお嫁さんになりたい!」
「あら、他にお嫁さんがいてもいいの?」
「うん! みんなで楽しそう。お母さんはいや?」
「もしお父さんにそんな人がいたら、イヤかな。きっとレェナも分かるときが来るかもね?」
そう言うと、お母さんは、ふふと少し笑った。この言葉の意味は、今でもふわふわとしていて、よくわからない。私も、いつか実感する日が来るのかな?
「さあ、もう遅いから寝なさい」
「はーい。おやすみなさい」
「おやすみ」
明かりが消えると同時にまぶたが重くなり、やがて意識を手放した。
★★★★★★
目が覚める。
私はベッドに寝かされていた。布団はふかふかで気持ちいい。清潔に保たれているみたい。ベッド以外は、古い家にあるようなデザインのタンス、テーブル、椅子。
一通りの家具があるけど、生活感は感じられない。ドアが一つ、対面の壁にある。
最後の記憶は、オニに睡眠の魔法をかけられたとこで切れている。体を一通り確認してみたが、拘束具どころか、傷一つ付いていない。
体を起こして、扉の近くに寄る。持ってきた装備が一揃い、壁際に立てかけてあるのを見つけて、早速それらを身につける。
すると、不意にドアが開いた。そして、大きなオニが、ぶつけないようにと頭を下げて入ってくる。
「気がついたか」
私は、剣を構え距離を取った。
白い長髪に、頭から生えている角。青みがかかった肌の色に、長く鋭い爪、筋肉質の体。そして巨体。上顎・下顎からは牙が生えているが、それ以外は人間らしい顔立ちで割と整っている。間違い無く、私を抱きかかえたオニだ。
「恐れる必要はない。未来の指導者よ」
「指導者? ここはどこ?」
「ルセの西にある、昔に人間が作った砦だ」
オニはセイランと名乗った。私も名前を告げる。
以前は西方の山奥に、オニが住む地があり、仲間達とそこにいたらしい。しかし、数年前、頭の中に声が聞こえ始めたのだという。彼はそれを「内なる声」と呼んだ。それから次第に目全体が黒色になり、牙も鋭くなり仲間達から異端として追放されたそうだ。
今はゴブリンや通常のゴブリンたちを配下に加え、この地で勢力を拡大しようとしているということだ。「いずれ来る指導者の為に準備せよ」という内なる声に従って。そして、放浪しているうちに廃墟となったこの砦に辿りついたという。
「私が指導者ってどういうこと?」
「指導者の証が感じられるし、見える。全ては魔の王の導きのままに」
オニは、私の右胸の辺りを指した。彼が指した先に、はっとする。最近色が濃くなった、あの痣。まさか、と思い、服の上部のボタンを外し、胸の上の痣を見せた。
「これ?」
「うおおお。おい、隠してくれないか? 直接見なくても十分感じられる」
「……狼やコボルドは襲ってきたのと、この痣はなにか関係があるの?」
「理性が足らぬ者は、内なる声によって理性を失うようだ、その証の輝きを恐れて攻撃したのかもしれない」
「もしこれが……指導者の証としても、私には他にやるべきことがあるの!」
私はきっぱりと言った。しかしオニは引き下がらない。
「いずれ、目覚める」
「ぜーったい無理! もう帰して!」
早く商人さん達の一行に戻らないと。旅に出て数日、こんなところで道草を食っているわけにもいかない。
「商隊は我の部下を倒すと、ルセの街に入った」
「あなたの部下だったんだ。強引すぎませんか? それに商隊が私を見捨てるわけない!」
「本当だ、あなたを見捨てたのだ」
「そんな……」
私は剣を収め、ベッドに座り込んだ。
本当に私を見捨てたの? いや、もしかしてオニが私を懐柔しようと嘘をついているのかもしれない。
気を強く持ち直す。
「お願い!私をここから出して!」
「それはできない」
何を言っても無駄そうだ。とりあえず素直に従うフリをすることにした。いつか必ず隙を見て逃げてやると心に誓う。
そう思っていると、部屋の外が騒がしくなっていることに気付いた。怒号と、金属のぶつかる音が聞こえる。
目の黒いゴブリンが二匹部屋に入ってきた。オニは入ってきたゴブリンを睨み付ける。
「何事だ!」
「魔知らずの奴らが反乱を始めタ! 不意を突かれ、我々は分断されタ!」
セイラン達のような目の黒い者たちを、【黒目】と呼び、そうでない者を【魔知らず】と呼ぶらしい。
「お前らはレェナ様を守れ。愚か者達を始末してくる」
「ハッ」
苛立った様子のオニが扉に向かうと目が黒くないゴブリンが四匹、下卑た笑い声を上げながら部屋に入ってきた。
「お前達、反乱とは、どういうことだ?」
「オ前ノ命令デ人間ニ仲間ガ殺サレタ。モウ、好キニヤラセナイ。ソノ女ヲ寄越セ」
三匹はその小さい体に見合った粗末な剣を構え、一匹は他とは違う雰囲気で、短い杖を持っている。
「なんだと! 我らを導く方に何を……!」
「タダノ人間の女ダ。捕ラエタ女ハ、オモチャトシテ扱ウ。ソノ女ハ具合ガヨサソウダ」
ゴブリンたちに鳥肌が立った。私は、両腕で自らを抱き締め胸を覆い隠す。
「クソ共が!」
私の怯えを感じたのか、オニが激昂する。
彼はゴブリンとの距離を一気に詰めると、一匹めがけて鋭い爪を振り下ろした。ゴブリンは胸の辺りを防具ごと切り裂かれ、緑の皮膚から赤の血肉が剥き出しになっていた。
もう一匹は体勢を崩し、攻撃できないでいたようだ。その隙を突き、セイランは、もう片方の手を振り下ろす。
「すごい……」
速いし、ものすごい力だ。あっという間に二匹のゴブリンを倒してしまった。オニは、私がまともにやって勝てる相手ではないっぽい。でも、今は、とても頼もしく感じる。
後二匹。私は、セイランを心の中で応援し始めていた。




