第2話 明確な意思
三日目。今日の夜には最初の経由地の街、ルセに到着予定だ。久々のベッドと、お風呂に期待が高まる。
「周囲問題なし、このまま進んで大丈夫。——レェナちゃん、すごく楽しそう。ルセがそんなに楽しみなのぉ?」
「そんなに顔に出てる?」
ユーユに指摘されてしまった。
「ふふっ。可愛いなぁ。ねっ、美味しいお店もあるし二人で行こうねぇ」
「そうなんですか? ぜひぜひ……あっ……」
ふと、私は御影さんの方を見た。彼は目をつぶって何か考え事をしている。
「ふふ、御影さんも一緒でもいいよぉ?」
「……ううん、二人で大丈夫」
「わかったぁ。彼のことも、また聞かせてね」
ユーユは何か意味ありげに視線を私に向けた。何を聞きたいのかよく分からないけど、かなり興味を持っているようだ。
私は、なぜか意地悪をしたくなって、彼女に聞く。
「ユーユは、クレフさんとモランディさんどっちが好きなの?」
喋りながら、この感じは、噂好きのリーサっぽいと思った。彼女の口調がうつったかもしれない。
「えっ……だからぁ、腐れ縁だって!」
「うーん、やっぱりモランディさん?」
「……! だからぁ、そう言うのじゃ……そういえば、着替えるときに少し見えたけど、胸の上の辺りに何か模様のようなものなかった?」
「あれは——」
私は生まれつき右胸の上にある痣の説明をした。
「生まれ……つき……」
「うん。そうなの。だから、袖のない服は苦手なの」
「……そうなんだ。ごめんね……変なこと聞いちゃって……」
ユーユの顔が曇る。
「ずっとあるから、もう私は気にしてないし大丈夫だよ」
「うん……わかった」
すぐに彼女は、元の調子に戻って、別の話を始めた。馬車の旅が一旦、もうすぐ終わる……そう思っていた。
しかし……ルセの街にもう一息というところで突然、後方から声が聞こえた。
「敵襲!」
周囲の人達が一気に緊張するのが分かる。
「大型の狼に何か乗っている!」
まさか——嫌な予感が脳裏をよぎる。
「コボルドですか?」
「ううん、違うみたい。多分、ゴブリン——」
「……そうですか」
ゴブリン。コボルトより一回り大きな体の種族であり、緑色の肌を持ち醜い風貌を持つ魔物だ。人間と敵対し、奪ったり殺したりすることを厭わない、悪しき者たち。
このまま振り切れるかもしれないということで、一旦走り続けることになったようだ。
しかし突然、以前にも感じたことのある殺気を感じた。
「前方からも! 何か来ているよぉ!」
「くっ、挟み撃ち? この地方にはゴブリンなどいなかったはず」
ユーユが前方を指さし、クレフさんが焦りの表情を見せた。前方を見たところ、ゴブリンが三匹見えた。緑色の肌に尖った鼻。まっすぐこちらに向かってきている。
「挟み撃ちだ。三匹なら私たちだけでなんとかしましょう」
「そうだな! 俺らの馬車がやつらに突っ込む。そんで、後続の商人たちは待機。追手がかかれば走り抜けてもらおうぜ。レェナちゃんと御影さんは降ろしてる余裕がねぇから、悪いけどこのまま乗っておいてくれ!」
「——分かりました!」
手綱をクレフさんが握り、馬車を道の左端に寄せた。ユーユがゴブリン達を誘導するように弓を放つ。すると、ゴブリン達は私たちの馬車の方向に僅かに方向を変えた! 後続の馬車は右にずれて距離を置くため、スピードを緩めた。
そのまま接近して馬車を止め、ユーユ達が飛び出す予定だったが——あと少し、と迫ったところで、なんとゴブリンの一匹が弓を構え、矢を放ってきた!
矢は命中しなかったものの、馬をかすめた。馬は驚いてヒヒーンと無き、足を止めてしまった。幸いスピードも出てなかったので、大きな揺れがあった後、馬車は止まった。
「レェナさんたちは、馬車で待機していてください!」
クレフさんはそう言って、モランディさん、ユーユと飛び出していった。私と御影さんは言葉通り、中で待機しつつ、戦いの様子を見ることにした。
しかし、すぐ先ほど感じた嫌な感覚が襲ってきた。殺気とは違う強い意思、しかもゴブリンたちのいる方からじゃない!
「!! 御影さんはここで待ってて!」
「どこ行く?」
「気になることがあって……」
馬車の外を覗くと、ガクン! と足下が揺れ、外に投げ出されてしまった。腰を強く打ち、息が出来ない。声も出せなかった。
馬車の方に首を傾けて見ると、とても大きい人がいた。いや、人じゃない! 巨人族の【オニ】—がいた。魔法が使え、知性があり、引き締まった体つきに青みがかかった肌。
オニの近くにはぼろぼろに壊れた荷台が見える。
「みつけた……我らの指導者を!」
オニがこちらに近づいてくる。カーラ村で見た狼やコボルドと同じだ。真っ黒な目をしていて瞳がどこにあるのか分からない。顔の造形はイメージしていた巨人族よりも、人に近い。
全身の激痛が走り起き上がることすら出来ない。襲われる! 反射的に目を瞑るが、何も起こらない。急に体がふわりと浮いた感覚がして、見上げるとオニの顔がそこにあった。
御影さん……助けて……
叫ぼうとするけど声が出ない。オニは、私の胸の辺りに手をかざすと、呪文を唱え始めた。
「ダークネス。…………スリープ!」
襲ってくる魔法の力に抵抗をするものの、周りの喧騒が次第に遠のいていく——
御影さんが、何か叫んでいるのが聞こえたような気がした。




