第13話 旅立ち
それから一晩経った。明日はいよいよ出発だ。
村には商人の一行が来ていて、賑わっている。みんなのお目当は羊皮紙だ。先日戦闘があった入り口付近に、商人たちがずらりと並び売買をしている。
多くの村人が魔法を扱えるため、外から羊皮紙を購入して、魔法の巻物として売ることで、このカーラ村は収入を得ている。
近年、魔法を使える者は減りつつあるが、カーラ村の人々はほとんどが魔法を使える。
だから、この羊皮紙に魔法を込め、魔法の巻物として売ることで、生計を立てている者も多い。
「おお、なんかお祭りの屋台みたいだ」
「お祭り——結構、共通しているところはあるんだね」
私たちにとっては日常の風景でも、彼にはお祭りに見えているらしい。二人で革袋、衣服など旅に必要な物を買っていく。
「これ、もう少し安くなりませんかね? ここ、ちょっとだけ変色してません?」
「これ二つ買うから、ちょっと安くなりませんか?」
なんと御影さんは少しでも安く買おうと商人と交渉を繰り返していた。
初めて見る光景、そして御影さんの粘り強さには驚くばかりだ。前のめりな姿勢に負けて、商人たちも渋々値引きをしていく。
「ちょっと見直した」
「それは嬉しい。けど、多分君のおかげ」
「え? それはどういう意味?」
彼は少しだけ微笑むと、浮いたお金で買った果物を頬張った。
「自覚が無いんだよな——」
彼は、私を見て溜息をつき少しだけ困った顔をした。そして、それ以上は何も教えてくれなかった。
少し歩くと、先生が商人の護衛たちと話をしている。
「お、レェナに御影さん、旅の準備はできたかな?」
「うん、完璧!」
「そうか。それで明日の出発だが、村から随行する者を出す必要は無さそうだ」
「えー、そうなんですか?」
会ったばかりで、魔法も使えない御影さんと二人で旅をするというのは、少し不安だ。
十分な戦力もあって、気心も知れてて、話し相手にもなってくれるリーサがいると心強かったのに。
「心配するな。護衛の皆は手練れの冒険者のようだ」
「分かりました」
「レェナも剣のことなど聞いてみるといい。それに道中は、野盗なども出なかったということだし問題無かろう。話は付けておいたので、予定通り明日出発で問題無いな?」
「…………はい」
何を言われても不安しかないけれど、駄々をこねてばかりではいられない。気持ちを切り替えて、村人への別れの挨拶や準備をしているうちに、その日はあっという間に過ぎていった。
夕暮れ時。
私は、村のはずれにある小高い丘に来ていた。御影さんは「挨拶をしたい」と言ったので、一緒に来てもらった。
丘の一番高い所にある白い大きな四角い石に、たくさんの名前が彫られている。その端の方に、私のお母さんの名前が刻まれている。これはお墓だ。
「メア・カーラ……さん。これがレェナさんのお母さんの名前なんだね」
「うん……。お母さん、紹介するね。この人は御影さんといって、私が異世界から召喚してしまった人なの。一緒に、お父さんを探しに行ってくれるって」
「はじめまして。娘さんを……娘さんの力になれればと思っています」
御影さんがお母さんの名前に向き、手を合わせた。その姿勢は、私が祈る時のものと同じだ。
「じゃあ、俺はあっちで待っているよ」
そう言って御影さんは、足早に去って行った。
「……さっきの御影さんと一緒に、これから旅に出るの。見守ってくれると、嬉しいな」
手を合わせ、目をつむり旅の無事を祈った。
「お母さんは、あの人どう思う? 私は悪い人じゃないとは思うんだけど…………どう思う?」
しつこい聞き方に、お母さんが笑っているような気がした。私は、「じゃあね」と言って、御影さんの元に歩いて行く。
「御影さん、お待たせ」
「ああ……あの……」
「うん…………ほとんど覚えていないんだけど、私が十歳の時に亡くなったの。病気だったんだって」
「覚えていない?」
「村の人が病気だったって教えてくれるけど、私は全然覚えていなくて」
「そっか…………ん?」
急に立ちくらみがして、倒れそうになった。頭がズキズキと痛む。ふらついたところを御影さんが支えてくれた。
「あれ……どうした? 涙が……」
「えっ?」
涙が頬を伝っていた。ハンカチで拭うものの、次々と流れる涙が止まらない。とても悲しいことがあったような、そうでないような……。胸が苦しい。
「……大丈夫?」
「あれ? あれ……? う、うん。平気……」
しばらくすると、涙は次第に収まっていった。あんまりみっともない顔は見せたくないな……。
「顔色が悪い。歩けそう?」
「大丈夫。歩けるよ」
「嫌じゃなかったら手、つなごうか?」
「…………うん……ありがとう」
私達は、次第に暗くなっていく中、手をつないで帰った。彼の手は、まるでお父さんの手を思い起こさせる。伝わってくる温かさに緊張する。そんな私を、御影さんが引っ張ってくれた。
フラつかないように、迷わないように、まっすぐ歩いて行けるように……。
そして、出発の日。太陽は既に真上に昇っている。村の入り口に見送りの人たちが並んでいた。
「リーサにカルメ。見送りに来てくれたんだ?」
そこに、リーサと、ちょっと不機嫌そうに見えるカルメがいた。カルメは同じ村に住んでいる四つ歳上の男の子。前はよく遊んでいたのだけど、一年前に、恋人として付き合って欲しいと言われ、断ってから少し疎遠になってしまっていた。
好きになるとか想われるとか、ピンとこない。
「ふーん、あなたが御影さんですか」
「あ、ああ。よろしく」
カルメは御影さんを上から下まで見た後、不機嫌そうに言った。
「ホントは自分が一緒に行きたかったんだけどな……」
「なんか悪いなあ」
「いいえ、気にしていただなくて結構です」
カルメは、御影さんのことが気に入らないのだろうか。若干不穏な雰囲気になっていた。そんな状況を変えるように、リーサが話し始める。
「お土産、よろしくね」
「分かった。一昨日はありがとうね」
「早く、お父さん見つけて、元気で帰ってきてね」
「ありがとう」
彼女につられて、私の目が潤む。
続いて先生と伯母さんからも「元気で」と声をかけられると、いよいよ寂しくなってきた。でも、感傷に浸ってもいられない。この旅は自分で決めたことなんだから。
馬車の荷台に乗り込むとすぐに出発した。馬車の荷台は結構空いている。予想していたより、快適な旅になりそうだ。
御影さんは、隣に座って何か真剣そうに考えているようだ。その隣に座り、少しずつ小さくなっていく村を見つめる。
これからどんな旅が始まるのだろう。そして、父を見つけられることは出来るのか。少しの不安と、わくわくする気持ちが私の心を包んでいた。
私は、旅がとてつもなく困難なものになることを、まだ知る由も無かった。
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