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ルディアと王都防衛隊~海の国の入れ替わり姫~  作者: けっき
ルディアと王都防衛隊 終章
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終章

 起床したルディアの双眸に映ったのは岩塩窟の暗く硬い天井だった。

 (かざ)した小さな手を見やり、柔らかな指を結んで開く。どうやら己はきちんと指定した肉体に収められているようだ。

 起き上がってすぐ隣の男に礼を告げるべく振り向いた。そしてにわかに目を瞠る。なぜならそこに懐かしい恩師の姿があったからだ。


「やあ、ルディア姫。お久しぶりです」


 なるほどこの子は視える人間だったのか。即座に理解して挨拶に応じる。


「コナー先生。ご無沙汰しておりました」


 幼い声には見合わないしっかりとした返事をすると師は恭しく半透明の身を屈めた。にこやかな笑みが向けられる。透き通る巨石の横で。


「五十年ぶりくらいでしょうか? まああなたは時々アークの様子を見にきてくださっていたので、私のほうはそこまで久しい感覚はないのですがね」


 飄々(ひょうひょう)とした師の物言いは変わらない。死者である彼に言うのも変だが元気なようで安心した。人と話すのは半世紀ぶりらしいのにあまり退屈そうでもない。


「ついにその肉体をお使いになるときが来ましたか」


 コナーはどこか感慨深げにルディアの全身を眺めた。

 生まれて一度も切ったことのない豊かな髪は波の色。小作りな顔には同じ色の瞳が収まる。白く瑞々しい肌を包むのは長旅用の革ワンピースと短いケープ。どちらも子供の背に合わせて丁寧に仕立てられている。


「アウローラが、自分はもうこの身体は使わないと言ってくれましたので」


 マルゴー人の器のまま育った娘に譲られたと打ち明ければ師は「なるほど」と頷いた。


「アクアレイア王家の血がひっそり続いていたことにして再興を狙うわけではないのですね?」

「聖王の血縁だと持ち上げても今更意味などないでしょう。すっかりジーアンの天下なのに」


 この器はただ新しい次の自分として貰い受ける、それだけだと言い添える。アークの中で眠らせているよりは誰かが使って歴史の中に埋もれさせたほうがきっといい、と。


「今とても、世界的に見ても落ち着いていますしね。視察の旅に出てみたいと思ったのです。仲間が皆頼りになるので五年くらい出かけていてもさして問題なさそうですし」

「ああ、旅をなさるのはいいですねえ。一番世界の現状がわかる。その器ではご苦労が多いかもしれませんが、なあに、すぐに成長なさりますよ。今までは月に二、三日出してみて身体機能の確認をする程度でしたがね」


 超健康優良児なので安心してご出立をと微笑まれる。と、そのときアークの陰からにゅっと男が顔を出した。


「管理人と話しているのか?」


 尋ねてきたのは目の下や口元に深いしわを刻んだ白髪の老騎士だ。「ああ」と答えて腕甲越しに手を掴む。すると彼にも複製(コピー)の姿を捉えられたようだった。


「どうも。お変わりなさそうで」

「そりゃそうさ。君のほうは随分老けたね」


 テンポのずれた妙な会話が繰り広げられる。だが当人は己の天然ぶりに気がついていないらしく、挨拶を終えると満足して口を閉じた。

 ふうと小さく嘆息する。変わりないのはお前もだよと秘かに肩をすくめつつ。


「我々はそろそろ行きます。子供と老人だけの旅でもそう危なくはないですが、日のあるうちに下の里には着きたいので」

「おや、ならば長くは引き留めますまい。ところでせっかくここまで来たならデータの保存をしていきませんか? ほら、五秒とかかりませんし」


 唐突な、しかし彼ならそうして当然だろう誘いにルディアは進みかけていた足を止めた。振り向けば師はにこにこと上機嫌に笑っている。


「準備はできておりますよ。後はアークに触れるだけです」


 いつの間にやら石柱は仄かに青い光を纏い始めていた。「……個人的な記憶が山ほどあるのですが」躊躇を示すとコナーの微笑に圧が加わる。


「ご安心を。プライベートな情報には触りません。これはまあ、知りはしても口には出さないという意味ですが」


 大人しく従ったほうがいいのだろう。アークの管理人として彼が求めることならば。久しぶりだし、戦時でもないし、抵抗感もあるにはあったが。


「俺が代わるか? 構わないぞ」


 アルフレッドの申し出にルディアは首を横に振った。さすがに他人任せにはできない。意を決し、小さな右手を冷たいクリスタルに押しつける。


「本当に、あなたほど私を知る人はいませんよ」

「あっはっは」


 思わず口にした文句にコナーが笑い声を上げた。「ではこれで」と渋面のまま踵を返せば後ろで別れの言葉が響く。


「ご多幸を! またお会いしましょう!」


 暗い坑道を老騎士と二人、出口に向かって引き返した。「危ないから」と本物の幼子のように手を引かれて。

 しばらく歩くと細い光を漏らしている重い扉が近づいてくる。老いを感じぬ逞しい腕が力強く押し開けば明るい空が目を眩ませた。

 澄んだ青。どこまでも飛んでいけそうな。

 眼下には緑が広がる。風に枝葉を波打たせて。


「ここから旅を始めるなんて騎士物語みたいだな」


 なんの気もなく騎士がぽつりと呟いた。彼の台詞にルディアは「そうか?」と首を傾げる。すると今度はきょとんとした顔に見下ろされた。


「騎士物語みたいだろう? 山国を出て世界を回る姫と騎士だし」

「年寄りと幼女じゃないか。ちぐはぐさならグローリアとユスティティアにも劣らないかもしれないが」

「うーん。確かに俺が新人騎士を名乗るのは厳しいか……」


 眩しさにも慣れてきたので老騎士から手を離す。

 アルフレッドはやかましく食い下がってくるでもなく、自然体でルディアの言動を受け止めた。

 火山というのは次第に熱を吐くのをやめ、揺らがぬ大地になるらしい。彼を見ているとどうしてかそんなことを思い出す。

 傍らにある炎は常に穏やかだった。孤独を埋めるのではなくて孤独を感じる心そのものをずっと支えていてくれた。

 やはり騎士物語とは違っているよ。胸の中で囁きかける。

 未熟な姫と未熟な騎士の冒険譚は幕を閉じた。これからはまた新しい物語を始めるのだ。千年先まで続く話を。


「どうしたんだ? ほら、行こう」


 林の手前で騎士がこちらを振り返る。

 小さな足で歩き出す。

 次の道へと。





 ルディアと王都防衛隊【完】

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